【書評】増田俊也『北海タイムス物語』

 新聞社でどんな人がどんな想いで働いているか、考えたことはありますか――

 マスコミ業界が「マスゴミ」と揶揄されるようになって久しい。元新聞社員の私ですら、その蔑称も止む無しと思うぐらい、新聞はじめ従来のマスコミは信頼を失っている。
 本書は、新聞がまだ蔑まれることなく一定の評価を保っていた平成初期、新聞がまだまだ元気だった時代の話が描かれた長編小説だ。
 物語の舞台は北海道の地方新聞社、北海タイムス社。社員は業界でも最低レベルの低賃金に加えて、長時間労働を強いられている。
 主人公の新卒社員、野々村巡洋は"取材記者"志望だったが、配属されたのは、取材記者が出稿した記事に見出しを付し、紙面に配置する"整理記者"。
 仕事を始めたその日から、取材記者の階段を駆け上がる同期社員と自身を比べて卑屈になり、上司からは現代ならパワハラ確定の理不尽な指導を受ける。そんな日々が続き、いつしか酒を飲まねば眠れないような、身も心も疲弊した状態になっていく。プライベートではサラ金の借金を重ね、学生時代からの恋人とは、野々村の「社会部記者だ」という嘘がきっかけで破局してしまう。
 毎日、会社を辞めることばかりを考える野々村。しかし、新聞社に似つかわしくない武闘派の同期や、人間関係に不器用な上司とのコミュニケーションの中で、野々村は徐々に自身の仕事や会社との向き合い方に変化が起きていることに気付いていく。

 著者の増田氏、実は大学中退後に本書に登場する「北海タイムス社」と同名の新聞社に入社しているのだ。
 本書には「新聞社ってそんなに酷い世界なの!?」と思わずにはいられないエピソードが詰まっているが、地方新聞社で3年半ほど働いた私に言わせれば「事実は小説より奇なり、とまでは言わずとも」といった印象。
 描写のリアリティは、増田氏が実際に新聞社内で見聞きしてきた出来事を書き綴っているからこそであろう。
 事あるごとに叱咤が飛び交う北海タイムス社だが、それらのセリフは近年イマイチ活気がない新聞業界に、増田氏が発破を掛ける言葉のようにも思えてくる。例えば入社式で、整理部長が放った一言――日本のジャーナリズムを引っ張ていく気概はあるのか!

 本書には、新聞発行に命を懸け、報道の担い手としての矜持を大切にする新聞社員たちが登場する。
 マスゴミ批判は本書を読んで、新聞制作の"人"に思いを馳せてからでも遅くはない。