感染リスク下げる買い物三原則

 久しぶりに買い物かごを握りしめる。
 東京や大阪では“三密”を避けるために、スーパーなどの小売店で様々な対策が取られ始めていると報道で見聞きするが、地元の奈良のスーパーは感染拡大地域と比べるとまだまだ手薄らしい。
 注意して買い物せなあかんな。コーヒー豆と鶏ガラスープの素と……
 私は極力早く買い物を終わらせるために、購入リストを頭の中で反芻し、売り場をスタスタと歩き始めた――

 一時帰国生活も2ヶ月目に入った。
 3月24日、成田に到着した足で、そのまま奈良へ帰った私は、JICAの指示による2週間の自宅待機生活を終えた後も、不要不急の外出をかなり意識的に避けている。
 無論、感染しない、させないためである。
 行きたいところの風景や会いたい人の顔が、毎日のように脳裏に浮かぶが、そんな時は、我慢することでドミニカ共和国に帰る日を手繰り寄せるのだと、自分に言い聞かせている。
 とは言え、やはり食料品や日用品の買い物に出る必要はある。
 母から指定されたコーヒー豆、鶏ガラスープの素に加え、最近私がハマっている料理に使う材料などをスマホにメモし、家を出たのだった。

 ――おっ、コーヒーが並んでるな。
 私も両親もコーヒーが好きで、豆や淹れ方に特別なこだわりがあるわけではないが、一日数杯、量はけっこう飲む。
 目の前に陳列されている商品は、いつも我が家で飲んでいるコーヒーではないが、お徳用パックで、なおかつ値引きされているらしい。
 お得やな……
 感染リスクを下げるためにも滞在時間は短い方が良い。迷っている暇はないのだ。
 私は黒いパッケージをパッと掴み、かごに放り込んだ。
 調味料売り場に向かうと先客がいた。
 主婦と思しき若い女性が、ちょうど目当ての商品である鶏ガラスープの素が並ぶ棚の前で、商品を吟味している。
 普段の私なら横から手を伸ばし、商品を取るところだが、このご時世“三密”を避けねばならない。
 鶏ガラスープに手が届きそうで届かない歯痒い距離――ソーシャルディスタンス――を確保しながら、女性が立ち退くのをじっと見つめて待つ私の姿は、誰の目にも怪しい男に映ったに違いない。
 女性が移動した後、鶏ガラスープの素を無事かごに入れる。目的の商品は揃った。
 さあレジへ!無駄な買い物はせず、できるだけ早くスーパーを出ることで、感染リスクを下げるのだ!
 そんな意気込みとは裏腹に、私の脚は思い通りに動かない。謎の引力に吸い寄せられていく。
 な、なんでや!?うわぁあああー!!

 気が付くと私はお菓子売り場の前に立っていた。
 私はたっぷり時間をかけて、チョコレート菓子と煎餅を選んだ後、ビニールで仕切られたレジの店員さんにかごを差し出した。
 思わぬところで時間を食ったが、それでもスピード感を意識して買い物を済ませられたと思う。
 ところで、帰宅後コーヒーを淹れようと例のお徳用パックを開けてみると、コーヒー豆ではなく、インスタント(190杯分!)だった。
 なるほど。予め何を買うか決めておき、ソーシャルディスタンスを意識して“三密”を避け、お得感に惑わされずに商品をきっちり確認する。
 これが、感染リスク下げる買い物三原則だ。