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#3-4 北海道名寄市あったかICT物語【シーズン3(運用編)】

エピソード4「薬剤師だから創り出せる、在宅でのあたたかい連携のカタチ~前編」

執筆・インタビューを担当するのは・・・
こんにちは!
「名寄市医療介護連携ICT導入・運用アドバイザー(令和2&3年度)」の大曽根 衛(地域包括ケア研究所)です。

シーズン3では、2021年7月の本格導入から1年が経った名寄市医療介護連携ICTの運用状況について、引き続き、ICTを活用している専門職の目線で追っていきたいと思います。

エピソード4では、名寄で先がけて在宅患者さんに訪問薬剤サービスを行ってきた名寄調剤薬局の町田忠相さん(副薬局長)に、全3編に渡ってお話を伺っていきます。
 

名寄調剤薬局の町田忠相さん(副薬局長)

―大曽根衛(インタビュアー/地域包括ケア研究所)
町田先生、今日はどうぞよろしくお願いします。
町田先生とは、ゆっくりお話しをお伺いするのは初めてなので楽しみです!
 
―町田薬剤師(以下敬称略)
はい、よろしくお願いします。
大した事はしてませんよ(笑)
 
―大曽根
いやいや(笑)
信念を持ちながら活動されていることが伝わってきます。
 
本題に入っていく前に、よろしかったら、町田先生のご経歴などを簡単に教えてもらえますか? 

★運命だった薬剤師への道

―町田
出身は名寄市で、名寄高校を卒業し、北海道薬科大学(現:北海道科学大学)に入学しました。
 
―大曽根
薬剤師という職業は、いつころから目指されていたのですか?
 
―町田
母親が名寄市立総合病院の看護師だったんですよね。
その影響もあって、物心ついたころには病院ってけっこう身近に存在していたんです。
ちなみに昔の名寄市立総合病院は、今と違って古い建物でしたし、医者の数も60人も70人もいない時代でした。
 
―大曽根
今とは道北はもちろん名寄市内における機能や役割、規模も違う感じですね。
 
―町田
そうですね。
今よりもっと身近にあった印象です。
小さい頃は学校終わっては病院にお母さんを迎えに行ったりしたり、夏休みは、外来に遊びに行ったりとか。
お昼過ぎに行くと、もう患者さんはほとんどいなかったりと、そういう時代でした。
和気あいあいとして、ある知り合いのドクターからはお小遣いもらって、お菓子買ったりしていました(笑)
 
―大曽根
そんな時代もあったのですね。
 
―町田
はい。
そして、その先生に母親が息子の進学のことを相談し、「薬剤師という道も良いのではないか」と言ってくれたのがキッカケだったかと思います。
 
さらには、現名寄調剤の社長の深井康邦先生(薬剤師)も当時名寄市立総合病院にいらして、父親と将棋仲間だったこともあって、よく家にも遊びに来られていました(笑)
父親が「こいつ薬剤師なんだぞ」って言っていたのを覚えています。
 
身近に薬剤師さんの存在があったのは大きかったのかもしれません。
 
―大曽根
なるほど面白いですね。
その後、薬剤師なってからはどのような感じだったのですか?
 
―町田
卒業して、名寄市立総合病院に入職したのですが、そんな環境だったので知り合いも多く、当時は深井先生も病棟でバリバリやっていました。
 
―大曽根
町田先生は、トータルでどのくらい名寄市立総合病院にいらしたんですか?
 
―町田
ちょうど20年いたんですよ。
22歳から42歳まで名寄市立総合病院にいました。
 
今50歳なので、名寄調剤に移ってからは8年くらいです。 

病院の60周年記念誌(平成10年)を開く町田忠相さん


★時代の流れにアンテナを張るという教え


―大曽根
ちなみに、町田先生の薬剤師としてのキャリアの中で節目となったタイミングはありますか?
 
―町田
そうですね。
上司でもあった深井先生が、新しいことをするのが好きな方なので、病院のシステムが変わる時など積極的に動かれていました。
 
例えば、今でこそ電子カルテのシステムは普通に動いてますが、一番最初はオーダリングシステムの導入でした。
当時、深井先生が薬剤部門のトップで、その下で僕は実働部隊として動いてましたが、導入プロジェクトに関わらせてもらうことで、薬剤師としての考え方なども変わっていったように思います。
 
―大曽根
どう変わっていかれたのですか?
 
―町田
「やっていかなければならん!」という必要性を強く感じましたね。
時代の流れに常にアンテナを立てていなければならないという意識付けがされたと思います。
 
病院にオーダリングシステムが入り、電子カルテシステムが入り、今で言うところのDXの取っ掛かりだったと思いますが、身近で関われたのは大きかったです。
 
とにかく深井先生は、とても先見性がある方ですし、なんでも実行する人なので、今回の医療介護連携ICTも一番最初に認めてくれた人なんですよね。
そういう背中を見てきているので、うちの親父がうちに連れて来て、そこからの繋がりとして、運命を感じています。
 
―大曽根
いやぁ、まさに運命ですよね。
将棋やってたお兄さん時代からですものね。
 

平成10年当時の町田さん(後列右から2人目)

★患者さんのベッドサイドが私を育ててくれた


―町田
そうなんですよ。
 
あと、薬剤師として早い段階で病棟に行きだしたことも大きいですね。
マンパワーが慢性的に足りない地方の病院ならではなのかもしれませんが、病院に入ってすぐ、大した知識もないし経験もないのに「現場に飛び込んで行け」というような感じでした。
入職して確か2年目とかで病棟に行ったと思います。
 
当時、既に病棟に薬剤師がいるというのが比較的当たり前の状態になっていたんですが、そのような状態があったのも、やはり深井先生が早くから環境づくりを実践し始めていたからなんです。
「なぜ薬剤師が病棟にいるの?」という風に思われてしまう時代だったのですが、先人たちが構築してくれていたんです。
 
―大曽根
既に入りやすくなっていたんですね。
 
―町田
そう、入りやすかったですね。
おかげで、患者さんのベッドサイドでドクターたちに揉まれながら、勉強できました。
ドクターの方々と飲みにもよく行きましたね。
そのような環境だからこそ、さまざまなケースをリアルに覚えることができ、病気そのものを本で読むよりも実際の患者さんから診て覚えることができたという感じでしょうかね。
 
どうしても僕ら薬剤師って、本から入る傾向があるんですね。
病気の名前など教科書に出てますが、実際どういう病気なのか、どんな症状が出るのかというのってなかなか分からないじゃないですか。
だけど僕らは若い時からそれを生で見て肌で感じることができたのは大きかったです。
 
―大曽根
なるほど、そのような体験が早くからできることは大きそうですね。
 
―町田
そうですね、なんていうんだろう。
一般的には大きな病院に入ると、何年もの間、薬剤師というよりも「調剤師」的な業務が中心なんですよ。
「まだ若いのに病棟に行って何ができるの?」って言われてしまうこともあるんです。
 
当時、同級生と会って話をすると、私の話を聞いて「そうか、実際にはそうなんだね」といろいろと尋ねられることも多かったです。
そういう意味では名寄市立総合病院くらいの規模の病院っていうのは薬剤師にとって非常に勉強になるのではないかと思います。
 
―大曽根
初めての環境に飛び込む、初めてのことをやってみるという時には、町田先生はどのような心境で向き合うんですか?
 
―町田
やっぱり不安ですよね。
何も知らないですから。
 
―大曽根
え、町田先生でもそうなのですね(笑)
今でも不安などありますか?
 
―町田
今はもうそのようなことは減りましたが、現場ってピリピリしてる感じがあるじゃないですか。
大学の授業で、病棟での薬剤師の業務については勉強していたとしても、実際やるとなるとかなりの不安でした。
 

★死生観と向き合うことが在宅への道へ


―大曽根
病棟で印象的な患者さんなどはいらしたんですか?
 
―町田
そうですね。
最初は整形外科にずっと居て、10年くらい経ってから内科の混合病棟に移ったんですけど、癌の患者さんと接してから、「死生観」というものを強く意識するようになりました。
 
その時に緩和ケアというものも自分なりに少し勉強もしました。
 
―大曽根
お薬以外の付随する学びという感じでしょうか。
 
―町田
そうですね。
お薬はお薬なんですが、医療者としての学びという感じでしょうか。
それは今もベースにもなっていると思います。
 
「死生観」や「その方の人生」というのを感じるようになりました
なんだか医療者としての実感や充実感のような不思議な感覚がありましたね。
 
―大曽根
そうだったのですね。
 
―町田
そして、名寄市立総合病院時代の最後の10年くらいが、循環器の担当だったんです。
混合病棟だったんですが、高齢心不全の患者さんも診ていました。
 
高齢心不全というのは、入退院を繰り返しては徐々に徐々に症状が悪化していく病気なんですね。
入院中にベッドサイドでお話して、お薬をきちんと飲めるようにトレーニングもし、「では、帰っても大丈夫だね」って、「お薬もきちんと飲めますね」って確認してご自宅に帰られても、2週間くらいでまた再入院されることが多いんです。
 
「え?なんでなの?」って思いますよね。
ご家族にも説明し、きちんと整理してから退院されたのに、再入院時に確認すると、お薬などぐちゃぐちゃな状態になってるんです。
それをリアルに見て本当にがっかりで。
 
―大曽根
たしかに、それはがっかりですね。
 
―町田
「自分が今まで関わった時間は何だったのだろう?」と思うわけです。
 
そういうことを経て、
「自分が病院の外に出ていかないといけないのではないか?」、
「外でサポートする人が誰かいないといつまで経ってもこの状態は変わらないのではないか?」と。
 
入院してくる方が毎回同じだったりするので先に起こることの予想もついてしまうんです。
 
これが、病院の外に目が向いたキッカケだったかと思います。
 
―大曽根
その気持ちや感覚をご自身の中で流し切れない感じだったんですね。
 
―町田
そう、流し切れなかったですね。
でも病院の中でできる範囲では、そこまで関わり切れなかったんです。
そういう意味でも、名寄調剤に移る最後の5年間くらいが葛藤の期間でした。
 
当時、深井先生も循環器にいらしたのですが、私の先に退職して名寄調剤薬局の方に移ったんです。
移られる少し前くらいに深井先生にも相談したことあったのですが、「私が先に外にいくので、待ちなさい」とお話がありました。
 
―大曽根
「私が先に行くから」ってすごいですね。
なんだか脚本を書いてるみたいな感じですね。
 
―町田
そのくらいの頃から、外に目を向けながら、病院の外でサポートする薬剤師のイメージを見据えながら働きましたよね。
とはいえ、外に出ていくその時がいつなのか、はっきりは分かっていませんでした。
 
―大曽根
その時はいつどのようにやってきたんですか?
 
―町田
私の家庭の環境の変化のタイミングでした。
両親を早く亡くしていることもあり、おじいちゃんとおばあちゃんの面倒を僕がみていましたが、そのおばあちゃんの状態が悪くなってきたんです。
ちょうど子育てのタイミングなども重なり、これまでの勤務を同じように続けることがむずかしくなってきた時期に、深井先生に相談したんです。
 
「そうか、そしたら来るかい?」って。
 
―大曽根
そうだったのですね。
それが8年前ですね。

現在の名寄市立総合病院と名寄調剤薬局(写真左下の角)

★当事者としての体験がさらに私を育ててくれた


―町田
本当に、いろいろな意味で不思議なタイミングでした。
 
僕が病院を辞めて在宅をやろうとしているタイミングに、おばあちゃんの調子も悪くなって認知症になった。
今思えば、ある意味で認知症になってくれたのではないかとも思います。
 
そのお陰というか、地域包括ケアの実際を「当事者」として垣間見ることができたわけですよ。
 
―大曽根
なるほど、そういうことですね
 
―町田
もちろん、調査員が来られて、介護保険の認定調査もしました。
 
そして、おばあちゃんはお薬を自分で飲めなかったので、僕がセットしてあげていたんですね。
当然、病院のベッドサイドで実施していたことを同じように家でもやってみてたんですが、それが飲めないわけですよ。
それはショックでした。
 
介護保険や地域包括ケアシステムの中における薬剤師の関わり方というのは、そういうリアルな実体験もしながら、少しずつ勉強していきました。
 
―大曽根
なるほど、そういったタイミングと重なりつつも、起きたことをひとつひとつ糧にしていく町田先生のプロフェッショナルとしての姿勢を感じます。
 
 
シーズン3エピソード4は町田先生が在宅の訪問薬剤師として活躍する前までの背景・ハイライトについてひも解いてきました。
 
町田先生の中編はエピソード5をご覧ください。
 ※内容はインタビュー実施時点(2022年11月17日)のものになります。

名寄調剤薬局の町田忠相さん(副薬局長)

 ★★名寄市あったかICT物語の構成★★

【シーズン1(導入前夜編)】

·        エピソード0:「名寄ICT物語、始めるにあたって」

·        エピソード1:「つながったら動いてみる」

·        エピソード2:「焦りとICT」

 【シーズン2(導入編)】

·        エピソード1:「想いをカタチへ①」

·        エピソード2:「想いをカタチへ②」

·        エピソード3:「名寄医療介護連携ICTの概要」

·        エピソード4:「ケアマネジャーから見たICT①」

·        エピソード5:「ケアマネジャーから見たICT②」

·        エピソード6:「医師としての紆余曲折の全てが今につながる」

·        エピソード7:「孤独に陥らないあたたかいシステム」

 【シーズン3(運用編)】

·        エピソード1:「名寄ならではの訪問看護を探究し続ける」

·        エピソード2:「訪問歯科がある安心感と連携のこれから」

·        エピソード3:「利用者さんの笑顔のために」

·        エピソード4「前編:薬剤師だから創り出せる、在宅でのあたたかい連携のカタチ」

·        エピソード5「中編:薬剤師だから創り出せる、在宅でのあたたかい連携のカタチ」

·        エピソード6「後編:薬剤師だから創り出せる、在宅でのあたたかい連携のカタチ」

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