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昭和の時代を回顧する 〜大物スター~

 昭和時代のとある居酒屋の話である。今、とある大スターが大勢の人間を連れて古びた居酒屋に入ってきた。スターはカウンターに座るとすぐに右手の人差し指と中指を立て後ろの壁にいたマネージャーに向かって「タバコ」と呟いた。するとマネージャーは隣の付き人に同じようにタバコと呟いた。するとその付き人も隣の付き人にタバコと呟き。するとその付き人も居酒屋の戸を開けて外で待っている付き人に同じ事を呟いた。

「タバコ」
「タバコ」
「タバコ」
「タバコ」
「タバコ」
「タバコ」
「タバコ」
「タバコ」
「タバコ」
「タバコ」
「タバコ」
「タバコ」
「タバコ」

 それからしばらくすると「車から持ってきました」のやまびこが遠くから聞こえてきた。そのやまびこはだんだん大きくなり、やかてタバコを持った付き人何号かわからないやつがタバコを持って居酒屋の戸を開けた。中にいた付き人はそれを受け取って隣りの付き人に渡した。そうして付き人からタバコを受け取るとマネージャーは金ピカのシガレットケースから葉巻タバコを取り出して恭しくスターの指の間に差し出した。スターは指でタバコを挟むとそれをマネージャーの方に突き出して「火」と呟いた。マネージャーはスターの言葉に慌てふためいて「申し訳ありません!忘れていました!」と謝るとスターは挟んだタバコをマネージャーに突きつけて怒鳴った。

「バカヤロウ!ライターがなかったらタバコ吸えねえだろうが!早く持ってこい!」

 マネージャーはスターに平身低頭で謝ると付き人に向かってタバコの代わりに人差し指を突き出して同じように「バカヤロウ!ライターがなかったらタバコ吸えねえだろうが!早く持ってこい!」と怒鳴りつけた。するとその付き人も同じように隣りの付き人に向かって怒鳴りつけた。その付き人も居酒屋の戸を開けて外の付き人に同じ事を言った。

「バカヤロウ!ライターがなかったらタバコ吸えねえだろうが!早く持ってこい!」
「バカヤロウ!ライターがなかったらタバコ吸えねえだろうが!早く持ってこい!」
「バカヤロウ!ライターがなかったらタバコ吸えねえだろうが!早く持ってこい!」
「バカヤロウ!ライターがなかったらタバコ吸えねえだろうが!早く持ってこい!」
「バカヤロウ!ライターがなかったらタバコ吸えねえだろうが!早く持ってこい!」
「バカヤロウ!ライターがなかったらタバコ吸えねえだろうが!早く持ってこい!」
「バカヤロウ!ライターがなかったらタバコ吸えねえだろうが!早く持ってこい!」
「バカヤロウ!ライターがなかったらタバコ吸えねえだろうが!早く持ってこい!」
「バカヤロウ!ライターがなかったらタバコ吸えねえだろうが!早く持ってこい!」
「バカヤロウ!ライターがなかったらタバコ吸えねえだろうが!早く持ってこい!」
「バカヤロウ!ライターがなかったらタバコ吸えねえだろうが!早く持ってこい!」
「バカヤロウ!ライターがなかったらタバコ吸えねえだろうが!早く持ってこい!」
「バカヤロウ!ライターがなかったらタバコ吸えねえだろうが!早く持ってこい!」

 またしばらくすると「ライター車の中から持ってきました」のやまびことともに居酒屋の戸が開いた。付き人は付き人にギンギラギンのライターを渡し最終的にマネージャーに手渡されると、マネージャーは早速先程から同じポーズで待っていたスターのタバコに火をつけた。スターは火のついた一服して令和の現代だったらあり得ないほどニコチンの煙を撒き散らすとカウンターの向かいの店主にスターのオーラ輝く爽やかスマイルでに話しかけた。

「いや、騒々しくて申し訳ありません。全く段取りをわきまえない連中で」

 このスターの言葉に店主は恐縮していいえ、とんでもないと冷や汗をかきながら言った。

「コイツらは全員最近俺についたんですが、いつまで経ってもなんも覚えなくて。出来る連中なら俺が右手の二本指を出した瞬間にタバコを指に差し出してライターの準備をするじゃないですか。それがコイツらときたらいまだに俺がタバコって言わないとタバコ出さないし、しかも時々今日みたいにタバコとライター車ん中に忘れてくるんだから。全く大御所たちだったら即指詰めですよ。なんか俺若いから舐められてんですかね」

 店主はにっこり顔のスターの言葉に冷や汗が止まらなくなった。彼は大変ですね、とかそうですねとあからさまにその場しのぎの相槌しか打てなかった。

「いやぁ、だけどいい店だなぁ。僕は一度こういう庶民的な店で飲んでみたかったんですよ。僕は十代の頃からずっと芸能界にいてテレビや映画の連中やレコード会社からずっと派手なキャバレーとかバーに連れて行かれてたんでこういう一般の居酒屋って丸で知らないんですよ。いいですねぇ。このこじんまりしたとこ。さぁ、何から飲もうかな」

 スターがこう口にした途端壁際に控えていたマネージャーや付き人は一斉に唾を飲んだ。

「やっぱりあれだな。定番のやつにしよう。いやぁ、楽しみだなぁ。俺おつまみって一回も食べた事ないんだよなぁ」

 スターは店をぐるりと見回してからこう言った。

「ビールと枝豆」

 それを聞いたマネージャーはすぐさま隣りの付き人に伝えた。マネージャーの表情から全てを察した付き人は超高速で隣りの付き人に伝えた。それを聞いた付き人は同じことを隣の付き人に伝えた。それを聞いた付き人は店を飛び出して店の外の付き人に伝えた。付き人達ははもう新幹線を越えるぐらいの速度で次から次へと伝言しまくった。

「ビールと枝豆!」
「ビールと枝豆!」
「ビールと枝豆!」
「ビールと枝豆!」
「ビールと枝豆!」
「ビールと枝豆!」
「ビールと枝豆!」
「ビールと枝豆!」
「ビールと枝豆!」
「ビールと枝豆!」
「ビールと枝豆!」
「ビールと枝豆!」
「ビールと枝豆!」

 最後にそれを聞いた車の近くで待っていた付き人は全速力で居酒屋に駆けつけた。そして戸を開けて思いっきり叫んだ。

「ビールと枝豆ください!」

 だが無情にも彼の注文は届かなかった。すでにスターの前にビールと枝豆が置かれていたからである。スターはマネージャーに向かって顎をしゃくってこの付き人を追い出すように指示した。マネージャーは付き人を引き釣りながら「お前遅いんだよ!お前がトロトロしてるから親父さんスターに注文出しちまっただろうが!」と怒鳴りつけた。引きづられている付き人は居酒屋の戸の柱を掴みながらあまりにトッピングな出来事に驚いて固まっている居酒屋の主人に向かってこう言った。

「あの、次からスターの注文を受ける時は僕を待ってから持ってきて下さい。スターの注文を頼むのは僕なので……」

「コラ!テメエの責任全て親父さんに押し付けるつもりか?こいオラ!その腐った性根を拳と刃物で引き裂いて叩き直してやる!」

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