二人の文学賞
ここに共に小説家を目指している二人の少年がいた。二人は共に愛読する芥川龍之介や太宰治のような純文学作家になりたいと思って日々小説を書いていた。この二人はそれぞれ馬井宗作と下田杉雄という名前だった。
二人は大学に入るとそれぞれ自分の書き上げた小説を文学賞の公募に送るようになったが、その小説への熱意が届いたのか馬井の方が有名な文学賞を受賞して小説家としてデビューした。彼の小説は巧みで内容も深かったため、純文学に新星現ると話題になり一躍注目の的になった。一方下田は応募した文学賞に悉く落選した。ある文学賞では一次選考で弾かれた事もあったという。
馬井は受賞以降も純文学作家として着実にキャリアを積んでとうとう文学賞の審査員にまでなった。馬井はその審査員の就任挨拶で若い人ばかりじゃなくて、日の当たらないところで小説を書き続けている人たちにも注目していきたいと切々と語った。彼がその挨拶の時、いつまでも目が出ずにいるかつての親友であり、共に小説家を目指した同士である下田の事を考えたかはわからない。下田とは馬井が文学賞を受賞して以降疎遠となっていたので、もしかしたら下田の事などとっくに忘れているのかもしれない。
さて、本日はその馬井が審査員となっている文学賞の最終選考が行われる日だった。馬井も含めた選考委員は、最終選考会の会場である銀座の料亭で各自応募作品の原稿を渡された。審査員はそれぞれに渡された小説の原稿を読み始めたが、皆とある原稿に目を止めて何故か馬井の方をチラリと見た。馬井も原稿を見て驚き何度も読んで確かめたが、急にブチ切れて原稿を持ってきた編集者を呼んで怒鳴りつけた。
「なにこの酷い小説!なんでこんな酷いのが最終選考に残ってるんだよ!こんなの一次選考でゴミ箱行きだろうが!お前ら下読みもっとしっかりしろよ!あ〜ぁやってらんねえ!」
そう言うなり馬井は原稿を床に投げ捨てた。他の審査員は馬井のこの態度にびっくりしたが、馬井のこの評価は完全に正しいと思って複雑な気分で彼を見ていた。馬井はそれからも散々原稿用紙を叩きつけたりバツと勝手に書き込みを入れたりしながらこの小説を腐していたが、この原稿の小説の作者は、彼のかつての親友であり、同じ小説家を目指した同士でもある下田杉雄であった。