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《連載小説》BE MY BABY 第十三話:伝説の武道館ライブ その2

第十二話 目次 第十四話

「みんなぁ〜!待たせてごめんねぇ〜!」

 ステージにライトが点いたと同時に照山の絶叫が響き渡った。会場の観客が一斉にステージを見ると、なんといつの間にか照山と他のRain dropsのメンバーが立っているではないか。会場は阿鼻叫喚となり観客は悲鳴をあげたり、照山の名前を連呼したり、感じやすいファンはショックのあまりその場に倒れ込んだ。

 美月もまた照山のいきなりの登場に我を失い思わず号泣してしまった。あ、ああ確かに照山くんがステージにいる。いつも以上に少年らしく頭を輝かせて!ずっと会いたかったよ照山くん。涙のせいでステージが歪む。泣いてちゃ遠くてハッキリ見えない照山くんがもっと見えなくなっちゃう。ダメ涙を拭いて照山くんのライブをはしっかり見るんだ。美月はハンカチで涙を拭いてギターをかき鳴らしている照山を見た。今夜のライブは私と照山くんの記念すべき夜。照山くんは私のためだけに歌い、私はそのお礼に照山くんに全てをあげる。照山くん私ここにいるんだよ!こっちを見て!

 照山は無言で軽くギターをかき鳴らすといきなり「僕らのデビュー曲を演奏します。セブンティーン!」と叫んでギターを弾き始めた。いささか突っ走り気味の照山に観客は今日の照山が異様に上機嫌だと気付いた。Rain dropsのライブでよくトップに演奏される『セブンティーン』だが、今日はいつにも増してハイテンションだった。しかし何という演奏ぶりか。バンドのこの急成長は異様だった。このデビュー曲が発売された時、確かに絶賛されたものの、その一方でJPOPとあまり変わらない。ボーカルはいいけど曲が甘すぎるとの批判が結構あった。だが今演奏されている『セブンティーン』にはその甘さがなくなり逞しさがそれに代わっていた。「あの子は毎日がエイプリルフール!裏切られ、裏切られ尽くされた僕。花売り娘花売り娘、君は残酷な花売り娘!」と少年丸出しで叫ぶ照山のボーカルとヤスリのようなギターのカッティング。太いストロークをかます有神のギター。草生と家山の地響きのようなベースとドラム。Rain dropsはたった4ピースでこれほど厚みのある音を出していたのだ。

 Rain dropsのいきなりの襲撃に会場はどよめいていた。あれほど泣いていた美月でさえ涙を完全に吹き飛ばしてしまった。彼女は興奮のあまり震える体を両肩を掴んで必死に押さえた。ちゃんと私のところまで届いたよ。照山くん凄いよ、いつの間にかこんなに逞しくなって。もうデビューの頃とは全然違う。

 一曲目を終えた照山はゆっくりと会場内を見渡した。自分を見つめるRain dropsファンたち。最前列のファンはすっかり顔馴染みだ。彼女たちはどっからプレミアチケットを手に入れたのかわからないが、とにかく西日本のライブで毎回最前列にいる。その他オーディエンスたち。だが美月玲奈の姿が見当たらない。照山は奥の方を目を凝らしてみたが、しかしそこは肉眼で見れる場所ではなかった。彼は一瞬不安になったが、自分を呼ぶ声たちの中に美月の声が一際済んで聞こえたのに耳を止めた。彼女はここにちゃんときている。照山はニッコリと微笑むと大声で観客に呼びかけた。

「みんなぁ!聞こえてるぅ〜!」

 観客は照山に負けないぐらいの大声で照山に返す。

「聞こえてるよぉ!照山くん!」

 観客の絶叫に照山は激しくギターをかき鳴らして応えた。そして声を震わせながら観客に語り始めた。

「正直に言って僕は今すっごく緊張している。だって僕たちRain dropsは今立っているんだよ。ずっと憧れだったこの武道館にぃ〜!」

 照山の再びの絶叫に観客は大歓声で応える。観客が静ったのを見て照山はどこかにいるであろう美月を思い浮かべて再び語り始めた。

「僕たちRain dropsはメジャーデビューしてからひたすらがむしゃらに駆けてきた。ホントに勢いだけでやってきた。あの頃は演奏だって全然下手っぴでとてもライブなんかできるようななかった」

「全然下手じゃなかったよぉ〜!最初から超上手かったじゃん!」

 美月玲奈をはじめとする観客は一斉にこう叫んだ。嘘じゃないよ照山くん。Rain dropsは最初から上手かったじゃない。初めてRain dropsを聴いた少年みたいなルックスなのにどうしてこんなに上手いの?って思ったもの。

「ありがとう!とにかくそれでも僕らは一生懸命やってきた。そしてみんなが応援してくれた。その結果今僕らは武道館に立っている!今夜はそんな僕たちRain dropsが君たちのために最高のライブを送るよ!」

 そう叫ぶと怒涛のような歓声の中照山はまっすぐ前を見つめてギターをつま弾いた。客は照山のギターを聞いた瞬間黙って耳を澄ました。そして二曲目の『窓ガラスの悲劇』が始まった。Rain dropsはそれから一枚目と二枚目の曲を立て続けに演奏した。ファーストから『太陽は僕らの背中を照らす』『少年ランボー』。セカンドから『大人はわかってくれない』『みんな孤独さ』。さらにアルバム未収録曲でいまだ録音すらされていない幻の名曲『ズボンをはいた雲』も演奏された。照山がこの曲のサビの「ぼくの髪には一筋の白髪もないのさぁ~!」のフレーズを絶叫すると客はみんな大合唱した。曲の歌詞のとおり照山の髪は細く艶やかで白髪などあるはずがなかった。そしてとどめはファーストのエンディング曲『サンシャイン・マウンテン』であった。この曲はRain dropsにしては珍しく、陽気なスカビートの曲でファンからの人気の高い曲だった。歌詞は『ほらご覧、山の頂上は、草木も生えないほど光っているよ。さあ僕らも道を塞ぐ心の草木を刈り取って、あの山の頂上で光り輝くんだ!』というデビュー当時のバンドへの思いが素直に反映されたもので、初期ライブでは必ず演奏されていた。この曲をライブの最終に演奏することも多く、観客はいつの頃からかこの曲のサビの「サンシャイン!サンシャイン!サンシャイン!サンシャイン!サンシャイン!サンシャイン!マウンテン!」というフレーズを照山コールに変えて合唱するようになった。今日も観客はステージに向かって「て~るやま!て~るやま!て~るやま!照山っ!」と合唱していた。

 美月も同じようにて~るやま!と大声で歌った。ああ!最高だよ照山くん!ホントにRain dropsに出会えてよかったよ!演奏されたRain dropsの初期の曲はもうダイヤモンドの原石ではなかった。それは完璧に磨かれたダイヤモンドとなっていた。美月はこのRain dropsの急成長を目の当たりにして一抹の寂しさを覚えた。今ここにいるのは、たしかにテクニックはあったものの、いささかバランスがおかしかったり、照山が突っ走りすぎて他のメンバーを置いてけぼりにしてしまったりしていた、デビュー当時の愛すべき未完成なバンドではなく、堂々とした演奏で名実ともに日本最高のロックバンドになろうとしているRain dropsだった。

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