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《連載小説》おじいちゃんはパンクロッカー 第三十四回:サーチ&デストロイ復活ライブ!

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 その時突然あちこちから歓声がなった。とうとうサーチ&デストロイが現れたのである。客席から口々に「垂蔵、復活おめでとう!」「ずっとお前らを待ってたんだぞ!」「早く演ってくれ!もう待ちきれねえよ!」の絶叫がステージに飛んだ。殆どが年季の入ったファンの老人の声だ。しかしそれに混じって若い連中の声援も聞こえた。ステージの端からサーチ&デストロイのメンバー四人がそろって登場した。露都はステージの垂蔵が家時のメールの写真よりもずっと健康そうに見えることに驚いた。まるで末期がんの病人であるとは見えなかった。勿論これは先週の弱りはてた垂蔵からのギャップからそう見えるのかもしれない。だが、それでも先週よりはるかに体調がよくなっているのは確実に見えた。

「うわぁ、おじいちゃんだぁ~!おじいちゃぁ~ん!こっちむいてぇ!」

 若い連中のなかでも一番若いのが垂蔵に向かって呼び掛けた。垂蔵はその声を聞いたのか一瞬顔を上げて客席の後方を見た。しかしすぐに正面を向きステージにあったマイクを手に取って叫んだ。

「地獄から帰ってきたぞオラぁ~!」

 この垂蔵の叫びに観客は喚声で答えた。昔と全然変わってねえというエールがそこら中から出てきた。その観客の喚声に興奮したのか垂蔵はさらに声を上げて客席に向かって呼び掛けた。

「もっと声上げろオラぁ~!お前らの力そんなもんじゃねえだろぉ!

 それを聞いた観客は再び声を張り上げて垂蔵に応えた。すると垂蔵はいきなり絶叫をはじめそれとともにバンドが一斉に楽器をかき鳴らした。観客はこのいきなりの始まりに興奮し垂蔵とともに声を張り上げた。露都はいきなり飛んできたこの騒音に驚いて思わず指で耳を塞いだ。小学生ぶりに聴くサーチ&デストロイの演奏だったが、やはり今聴いてもクズのようなものにしか聞こえなかった。こんなうるさいものを聴いたらさすがの絵里だって耳を塞ぐに違いない。ましてやサトルは子供だ。小学校時代の俺みたいに泣き出してしまうかもしれない。彼はもしサトルが泣き叫んでいたらライブどころではないと恐る恐る二人の方を向いた。だがその二人は耳を塞いだり、泣き叫んだりするどころか他の観客たちと一緒になって叫んでいた。自分の周りの連中もまた同じように声を張り上げている。全くばかばかしい。こんなものにここまで熱狂するなんて!だが会場は露都を無視して完全に一体化しひたすらステージの垂蔵に向かって喚声を浴びせていた。

 何曲か演奏した後サーチ&デストロイは楽器から手を離して垂蔵の方を向いた。客は垂蔵に向かって一斉に歓声を上げた。垂蔵は喚声を聞きながら深い息を吐きどうにか息を落ち着かせたところで話し始めた。

 垂蔵は昨今の国際情勢や日本の政治腐敗について熱っぽく語った。露都はそのあまりにばかばかしい陰謀論じみた戯言に笑う事さえできなかった。垂蔵はウクライナやパレスチナに関するまともな学者なら鼻で笑って相手にもしないような事を自慢気に開陳し、あれもこれもアメリカの陰謀とのたまい、そして昨今の政治腐敗はすべて政治家と官僚が既得権益を全て牛耳っているせいだと罵った。露都はこの幼稚な官僚批判に鼻白み、アンタもその官僚の息子で、しかもアンタの子供は現役官僚なんだぜと呆れた。

「俺たちはそんな世界と日本をぶち壊してやりてえ、だから歌うぜ!デストロイ!」

 この垂蔵の煽りに一斉に観客は喚声を上げた。もう誰もかれもがまともではなかった。ライブは中盤を迎えて盛り上がりのピークの寸前までいった。


 露都は一人熱狂の外にいた。そこで彼は熱狂する人々をただ見つめていた。前の観客席で絶叫しながら大暴れしている馬鹿ども。こいつらの中の年寄りはきっと自分が小学生の時にもライブに来ていたに違いない。知性はあの頃のまま、いやあの頃よりはるかに衰えてもう猿並みだ。その周りにいる自分か、自分より年下の連中は惨めったらしい過去を美化する老人どもの情報に踊らされていることに気づかないこれも猿並みの知性しかない奴らだ。ステージでそいつらを煽っているサーチ&デストロイの連中に至ってはもう猿以下だ。世間の踊らされるなとか喚いているお前らこそ一番世間に踊らされているんだ!周りに過剰に持ち上げられた挙句、家族さえも捨てるようなクズへと成り下がっていったんだ!おい、聞いているのか!アンタだよ!大口垂蔵さん、そこで調子に乗ってがなり声を立てているアンタだよ!だがこの露都の心の叫びも大歓声の中に飲まれていった。彼は再び絵里とサトルを見た。見た瞬間二人がまるで母と幼い頃の自分のように見えてきた。母はまるであのビデオそのままにここにて子供の自分と一緒にライブに熱狂している。今目の前にいる母あの自分の前では絶対に見せなかった姿で大暴れして絶叫している。そして自分は母に着せられた革ジャンを振り乱しながら懸命に父に向かって叫んでいる。それは勿論忘れていた過去の記憶でなく、ただの妄想に過ぎない。だけどこういう過去はありえたかもしれないんだ。

 今彼の目に遠く離れたステージでがなり声をあげている垂蔵がくっきりと浮かんできた。垂蔵は昔からずっとこんなくだらない事をやってきたんだ。その幼稚な知性で自分のやっていることが正しいものであることと信じ込んでやってきたんだ。全くバカバカしいよ。こんな事よくもやってこれたな。アンタも親のいう事聞いていたらもっとまともな人生歩めたんじゃないのか。なんのためにこんなバカバカしいことを延々とやってきたんだ。最後の最期まで、もう残り時間なんていくらもないのに!絵里とサトルが叫んでいる声が耳を貫いた。絵里とサトルは無邪気にただステージの垂蔵に向かって喚声を上げている。ビデオの母そっくりの絵里と子供の頃の自分そのままのサトル。垂蔵はそんな昔っから延々とこんな事をやってきたんだ。そして母はその垂蔵をずっと愛してきたんだ。だけど何故彼女はこんな事をやっている垂蔵をそんなにも愛したのだ。全くわからない。どんなに考えても全く答えが見つからない。

 その露都の耳に垂蔵のがなり声が弾丸のように直撃した。母に連れていかれたライブで延々と聴かされた身の毛のよだつ声。でもこんなものにかつての母やここにいる人間すべてが熱狂しているのだ。理屈や論理じゃなくて、というよりそんなものから解放されたいがために。露都は改めてステージでがなり声をあげている父を見た。思いっきり目を開けてこの父を見た。彼はそこに彼の知っている父ではなく、伝説のパンクロッカー大口垂蔵を見た。もしかしたら母さんが見た垂蔵はこれだったのかもしれない。今母さんがあれほど垂蔵を愛した理由がなんとなくわかった気がする。彼は生まれて初めて父親に尊敬の念を抱いた。全くアンタはくだらないよ。でもそのくだらなさでこれだけの人を熱狂させているんだから。

 ライブは今クライマックスに向かってピークの頂点に達していた。今ここにいる客たちは誰もこのライブがここまで盛り上がるとは思ってなかっただろう。どんなに熱狂的なファンでもメンバーたちがそろって還暦越えであることと、ここ最近は殆ど活動してこなかったことから今回のライブは昔の全盛期を少しでも思い出させてくれたら大成功だと考えていたのだ。しかし今回のライブはその予想をはるかに超えていた。病気から復活した垂蔵はまるで病み上がりとは思えないぐらいのパフォーマンスをし、メンバーたちも確かに年齢は感じさせるものの、若さのままに突っ走った全盛期とは違う円熟すら感じさせるような堂々とした演奏っぷりだった。

 露都はずっと垂蔵を信じがたい思いで見ていた。一瞬だが垂蔵が余命一年の末期がんに侵されていることさえ忘れてしまいそうだった。あともう少しで終わるんだ。あともう少し、あともう少しで垂蔵のライブは終わる。とその時露都の隣にいた黒づくめの男が曲が終わった時こう呟いた。

「垂蔵さん、えらく汗かいてるな。大丈夫かな?」

 この黒づくめの男の言葉を聞いて露都はぎょっとして思わず男を見た。このテレビかどっかで見たことのあるような男は露都と目が合うと慌てて目を背けた。しかし間もなくして演奏が再び始まった。垂蔵はラストに向けて息切れるどころか今までよりももっと激しく声を張り上げた。絶叫が会場に響き渡る。会場も垂蔵に負けじと大声を返す。このまま突っ走れと会場にいたすべての人間が思ったその時突然ステージの垂蔵が倒れた。

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