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《連載小説》おじいちゃんはパンクロッカー 第三十三回:ライブ開演前

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 それから間もなくしてスタッフから開場の案内があった。それを聞いてライブハウスの周りにいた連中は一斉に入り口へと向かった。連中は入口へと向かいながらさっきの騒動の事を話しあんな奴ら昔だったら半殺しどころじゃなくて八割殺しだよとか口々に言った。露都は今の騒動で他の連中の気が立っているのを感じて目立たぬよう最後尾に並ぼうと絵里とサトルに言った。絵里たちは露都の言葉に大人しくしたがって彼のそばに立った。だが後からきた連中がその露都たちの後ろに並んで結局は露都たちは周りを囲まれてしまったのである。

 開場時間が遅れたせいで道路は人でいっぱいになってしまった。露都たちの周りにいる連中はいつまでも行列が進まないのに苛立ってか口々に文句を言っていた。露都は連中に絡まれないように出来るだけ目を背けてやり過ごそうとしたが、それでも自分を見る彼らの目線は気になった。

 やがて行列は進み、とうとう入り口近くまできた。すると入り口付近に立っていた家時が露都たちに気づいてこちらに向かってきた。

「あっ、露都さん来ていただいてありがとうございます。先ほどメールをいただきましたが、返信する事が出来なくて申し訳ありません。あっ、それで奥様はどうされましたか?まさか道に迷われたとか……」

  露都はそれを聞いて慌てて隣のピンクのウィッグをつけた絵里を妻だと紹介して彼女に挨拶を促した。絵里は家時に頭を下げて自分の名前を言った。

「はぁ〜、びっくりしました。まさかお隣の方が奥様だと思いませんでしたよ。失礼ですがあまりにも露都さんのイメージと違っていたから……」

「あっ、これウィッグなんですよ。いつもはもっと普通の格好してます」

「はぁ〜そうなんですね。で、そこの坊ちゃんがお二人のお子様ですか?」

 と、家時が屈んでサトルに挨拶をしようしてきたが、その時サトルはさっきの事を思い出し露都に向かって「お父さん、このおじちゃんさっき凄い大きな声で怒鳴っていた人だよ」と言った。それを聞いた家時はあっと声をあげて露都たちにさっきの揉め事を見ていたのか聞いた。

「あっ、いやぁお恥ずかしい。私もああいうことにあったのは初めてでしてそれでつい声を荒げてしまいまして。あっ、露都さんたちすぐにご案内しますのでちょっと列を外れてもらってよろしいですか?」

 露都たちが言われた通り列を外れると家時は続けて言った。

「垂蔵さんに何か伝えたいことありますか?私が伝えに行きますが」

「いえ、別にありません」

 この露都の言葉を聞いて家時は固まってしまった。絵里はなんか言いなさいよと露都にせっついた。しかしそれでも露都はそれでも言ったっきり口を閉じたまま開こうとしなかった。絵里はこの夫の意固地っぷりに呆れるわと吐き捨てたが、その時サトルが家時に言った。

「おじちゃん、じゃあ僕でいい?うんとね、おじいちゃん頑張ってって言っておいてね」

「うん、わかったよ。おじいちゃんにはちゃんと伝えておくからね」

 そのサトルと家時のやりとりを見ていた絵里は隣の夫に向かって聞こえよがしにこう言った。

「サトルはどこかの誰かさんと違って大人よね〜」

 露都は絵里の嫌味を聞いて腹が立ったが言い返すこともできなかったので、八つ当たり気味に家時に席の案内を急かした。家時は露都のこの態度に少し戸惑ったが、すぐにわかりましたと言って自ら露都たちをを入り口へと案内した。列に並んでいた連中は入り口に向かって歩く露都たち三人を驚きの目で見ていた。

 入り口から中に入るとムッとする熱気が漂ってきた。暑苦しいようなカレーの匂いがプンプン漂うようなそんな熱気だった。壁中いたるところにサーチ&デストロイのポスターが貼られ、ロビーには大勢の人々がたむろっていた。グッズやCD等を売っている場所は特に人が集中し、グッズを買ったもの同士が互いの買ったものを自慢したりしていた。その混雑の中家時に先導された露都たちは離れ離れにならないように気を付けながら歩いた。露都は歩いている時絵里とサトルが人にぶつからないか心配して度々後ろを振り返ったが、そのせいで注意を怠ったのか逆に自分がぶつかってしまった。露都はぞっとして顔を上げたが、運のいいことに相手はぶつかったことに気づいていないらしかった。

 関係者席は出入り口の横の一段高いところにあった。そこにパイプ椅子が並べられており、そこに何人か座っていた。座ってない椅子の背中には招待客の名前が貼られていた。露都はこれをみて関係者なのになんてパイプ椅子なんだと憤り、思わず愚痴りそうになったが何とか場をわきまえて抑えた。しかし露都は関係者席から客席とその奥にあるステージを眺めた時、ふと幼い頃母と今日と同じような場所でライブを見た日の事を思い出してその場に立ち止まった。そういえばあの時もこんな風にパイプ椅子がおかれた場所で見てたんだっけ。目の前をチンピラたちが通り過ぎるのに怯えながらずっと見ていたんだ。今ここにいる客の中にあの時と同じ奴はいるのだろうか。何人かはいるのかもしれない。だけど自分にはそれはもうわからないだろう。年月はそれほど経ってしまったのだ。

「ちょっとぉ、露都!何ぼうっとしてんのよ!席早く座んないと!」

 気づくと絵里が後ろの椅子から自分を呼んでいた。露都はハッとして振り返るとそこに申し訳なさそうにしている家時と目が合った。

「あっ、露都さん声かけずにいてすみません。なんか僕昔の事ちょっと思い出しまして。子供の頃露都さんと関係者席でよく一緒に垂蔵さんのライブ観てたなぁって」

「はぁ、そうなんですか。だけど僕どうしても家時さんの事思い出せないんですよ。本当に申し訳ない」

 それを聞いたサーチ&デストロイのメンバーたちから毛ジラミと哀れにもほどがあるあだ名をつけられているこの青年は本当に悲しそうな表情をしたが、すぐに気を取り直して露都に席に座るように案内した。

 露都が自分の席へと向かっていた時横から全身黒詰めの男が通りかかった。おそらく自分と同じような関係者なのだろう。彼は立ち止まってその黒づくめの男に通路を譲った。男はそのまま彼の前を歩いて露都が座る席の隣に座った。男が席に座ったのを見て露都も絵里たちに声をかけてから自分の席に座ったが、絵里は座ったばかりの露都を捕まえて耳元でこう尋ねてきた。

「ねね露都、隣のひと見てよ!あれ本人?」

「本人ってなんだよ。そいつが偽名でも使ってんのか?」

「ああ!あなたなんかに聞くんじゃなかった。ホントあなたって文化方面の事まるで知らないのね。あの人はね」

 と絵里が言おうとした時また数人の人間が関係者席にやってきた。絵里は彼らを見て思わず声を上げた。

「ええ~っ!なにこれちょっと信じられない!ちょっとあなたのお父さんってこの方たちとみんな知り合いなの?」

 これを聞いて黒づくめの男も今関係者席に来た連中も一斉に露都たちを見た。黒づくめの男は挨拶をしに来た家時に向かって露都たちの事を尋ねた。それに対して家時が露都が垂蔵の息子であることを明かしたので連中は一斉に露都を凝視した。急に肩身が狭くなった露都と絵里は、連中から目を逸らして黙り込んだ。関係者たちの挨拶周りをし終わった家時は露都たちの所に再びやってきて垂蔵の楽屋に行くことを報告した。その時彼はサトルに向かってさっき言ったことちゃんとおじいちゃんに伝えてくるからねと声をかけた。

 それからまたしばらく経っていると時間が来たのかスタッフが出入り口のドアを閉め出した。もう客席は完全にすし詰め状態だった。客の男と女も皆やかましく騒ぎ立てていた。露都は小学生ぶりに聞くこの観客の喚き声に耐えきれず思わず耳を塞いだ。絵里も耐えきれなかったようでうるさいねえと露都やサトルの耳元で愚痴を垂れた。そんな中サトルだけはただ無心にステージを見ていた。この子は両親と違って客席の喧騒などはどうでもよく、心は完全にもうじき出るだろうおじいちゃんの事でいっぱいになっていた。まるでテレビのウルトラマンや戦隊もののヒーロー番組が始まるのをじっとして待っているように、今はただ自分のヒーローであるおじいちゃんの登場を待っていた。

 その時ステージのライトが点いた。それと同時に観客の騒音を消すほどのやかましい音楽が鳴りだした。露都は会場で流れる音楽を聞いて子供の頃を思い出した。ああ!なんて酷いゴミだ。久しぶりに聞いても懐かしいなんて気分になんて全くならない。セックス・ピストルズ、クラッシュ、ダムド、シャム69、クラス、ディスチャージ、エクスプロイテッド、カオスUK、デッド・ケネディーズ、ブラック・フラッグ、その他すべての連中。すべてクズだ。クズみたいな連中のクズみたいな代物でしかない。だが今俺はその酷いクズ音楽を聞くためにここにいるんだ。クズみたいな事を飽きずにやり続けた自分の父親である大口垂蔵のおそらく最後になるだろうライブを観に来ているんだ。その時サトルが大きな声で絵里に向かって言った。

「ねぇ、お母さん。いつか遊びに行った時おじいちゃんこの曲歌ってくれたよね?」

「あっ、そうね。確かにそうだ。ねぇ露都この今流れてる曲ってお父さん目の前で歌ってくれたことあるのよ。サトルに向かってさ。この歌は凄い勇気のでる歌なんだよって」

 何が勇気の出る歌だ。こんなごみのどこを聞いたら勇気が出るんだ。露都はそう愚痴りながらも耳を集中させて流れている曲を聞こうとした。だが曲はそこで突然切れて沈黙が流れた。客はさっきと打って変わって静まり返り、今はただサーチ&デストロイの登場を待っていた。ステージではスタッフたちが忙しく動き回りアンプやエフェクターのチェックをしている。もうすこしだ。もう少しでライブが始まる。

「おじいちゃん、とうとう出てくるよ、ねぇ、サトル」

 母の言葉に対してサトルはコクリと頷いた。サトルはさっきの全く変わらぬ姿勢で祖父の登場を待っていた。露都はそんな息子に姿を見てなぜか小学校時代の自分を思い浮かべた。


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