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フォルテシモ&ロマンティック協奏曲 第五回:衝撃の再会!

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 我らがカリスマ指揮者大振拓人は成田空港で大勢のスタッフやマスコミと共に、アメリカから来日する自称ロマンティックヴィルトゥオーソのバカピアニスト諸般リストを待っていた。このいつもながらの燕尾服を身に纏った大振の、腕を組み手に持つ指揮棒をピンと立てた堂々たる待ち姿を見た者たちは、誰もが彼こそが日本の外務大臣になるべきだと思ったであろう。実際かなり以前からSNS等で大振を外務大臣に推す声が出ていた。ある保守系の政治評論家など大振を白洲次郎なんぞより遥かに偉大だと言っている程である。全くその通りだと私も思う。日々そのフォルテシモな指揮で日本は勿論世界からも大絶賛を受ける大振は、真偽不明のエピソードばかりが持て囃される白洲などよりもよほど実績がある。彼が外務大臣になれば、その大胆なフォルテシモ外交でアメリカ人など一瞬で黙らせてしまうだろう。

 だが大振には外務大臣になることより遥かに大事な事があった。それはもうすぐやってくるであろう憎っくきバカピアニスト諸般リストをコンサートでフォルテシモにとっちめてやることだ。諸般リストは人気のピアニストであるが、大振から見ればインチキロマンティックピアニストであるだけでなくクラシックの害そのものの忌むべき存在であった。奴を涙さえ出ぬほどにフォルテシモでとっちめて二度とピアノを弾けぬようにしてやる。大振は改めてそう誓い、握っていた指揮棒を親指で強く押し込んだ。

 その不倶戴天の敵、諸般リストはいつまで経っても来なかった。到着時刻はとっくに過ぎているが、諸般が連れているであろうスタッフらしき影さえなかった。日本側のスタッフやマスコミがまさかバックれたのではないかと冗談を言い出したが、大振はすぐさま彼らに「くだらぬ事は言うな!」と一喝して黙らせた。大振は諸般が自分から逃げる男ではないと信じていた。バメリカンの奴とてクラシックピアニストの端くれ。俺との勝負から逃げるはずなどない。大振はひたすら諸般リストを待った。

 そうして大振たちは諸般の到着を待ち続けたが、その大振たちの近くが急に騒がしくなった。どうやら出口付近で乱闘騒ぎがあったらしい。警官が一斉に現場に駆けつけているのが見えた。それで気になってよく見ると白人のデブの大男がやたらめったら拳を振り回しているではないか。他の野次馬たちは突進してくるデブから一斉に逃げていた。その人の捌けた場所には、何故か2メートルぐらいの長さの枯れ木みたいなものが転がっていた。

 警官は数人で「ファック!」と何度もがなるデブを後ろから取り押さえ羽交締めにしてどこかに連れて行った。デブがいなくなると皆の注目は床に転がっている枯れ木に集まった。大振もまた近寄ってその枯れ木を、何故こんな見窄らしい枯れ木がと注意深く見ていたが、しばらくして突然枯れ木の正体に気づき、思いっきり目を剥いた。それはなんと枯れ木ではなく人間であった。しかもその人間は、あの諸般リストだったのである。

 しかしあのロマンティックに髪を靡かせていた諸般リストが、何故こんな枯れ木みたいに見窄らしくなったのか。あの長い髪はチリチリでロマンティックのかけらさえなく、ショパンやリストから死罪を言い渡されそうなほど薄汚い。その貴族的な服にいたっては浮浪者かと思われるぐらいボロボロで、マリー・アントワネットがギロチンにかけられずに路上にほっぽり出されたような感じだった。大振はこの宿敵のあまりの変貌に衝撃を受けてその場に立ち尽くした。

 すると突然倒れていた枯れ木の諸般リストがピクリと動き出した。そのカクカクとした動きはまるで死にかけの病人そのものであった。大振はその諸般を見て思わず彼の元に駆けつけて声をかけた。

「貴様、諸般リストだな!そんな枯れ木みたいな見窄らしい格好をして何をふざけているのだ!まさかこの大振拓人から逃げるためにそうしているわけではあるまいな!」

 この大振の声を聞いて空港内は騒然となった。枯れ木の諸般の前に群がっていた野次馬の中の女どもはそこに燕尾服姿で仁王立ちしている大振を見て驚いた。そしてその大振から目の前に転がっている枯れ木が実は人間であり、しかもあのロマンティックヴィルトゥオーソの諸般リストであることを聞かされて歓喜と衝撃のあまり大絶叫した。その絶叫を聞きつけて空港中の者たちが大振と諸般の元に殺到した。その群衆の注目を一身に浴びた大振は枯れ木の諸般に向かって再び声をかけた。

「俺の質問に答えろ諸般!貴様その汚らしい髪はどうしたのだ。以前ここで会った時、貴様は背中につけた扇風機でバカバカしいほどロマンティックに髪を靡かせていたではないか。あの扇風機はどうしたのだ!」

 それを聞いて諸般リストはカクカクと体を回転させて大振に背中の扇風機を見せた。

「ふっ、僕のロマンティックサーキュレーターはもうボロボロになってしまったのさ」

 大振は早速諸般の背中のロマンティックサーキュレーターとやらを見たのだが、諸般の言う通り完全にサビだらけで羽はボロボロの完全にゴミだった。

「せっかく最期のピアノを弾きに先祖のふるさとのこのジャパンに来たのに、ここで終いだなんて……ああ!」

 諸般はこう叫び最後の抵抗とばかりに天を掴もうと立ち上がろうとした。だが彼はその途中で意識を失いぐったりと崩れ落ちた。大振は必死で崩れ落ちる諸般に駆け寄り、彼が地面に叩きつけられる寸前に抱き止めた。そして大振は諸般を抱き抱えたままマスコミに向かってこう言い放った。

「申し訳ないが明日の記者会見は中止だ!会見はこの諸般の体調が回復次第行うことにする。だが案ずる事はない。僕と諸般は必ずコンサートまでに曲を完成させ、そして最高のコンサートをする。いや復活しなくても僕が一人で曲を作り、コイツも無理矢理コンサートに引きずり出してやる!」

 大振のこの堂々とした見事な宣言に空港中から拍手喝采が起きた。今、空港中と言ったが本当に空港の中にいる全人間が大振に喝采を送ったのである。空港の職員は大振の男らしい宣言に感動するあまり全員職場放棄した。おかげで飛行機のダイヤは混乱しまくり、到着予定の飛行機は着陸できず近所の畑に不時着したが、そんな事は大振の諸般への思いとコンサートへの決意を語った宣言が与えた感動に比べればどうでもいい些事に過ぎなかった。

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