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カリスマ指揮者朝ドラに出る!

 我らがカリスマ指揮者は常に忙しい。フォルテシモで名高い指揮者大振拓人は二十代にして自らのオーケストラを率い日本中を飛び回り何十億といわれる金を稼いでいる。しかしそれでも常にクオリティの高い演奏を提供するにはまだ金が足りない。大振はこの日本、いや世界最高峰のフォルテシモタクトオーケストラを維持するためには何千億、何兆億と金を手に入れられなければならないのだ。その金を手に入れるために我らが大振拓人は今日もまた金を求めて飛び回っているのである。

 今彼自身をキャラにした人気スマホゲーム『フォルテシモタクト 〜指揮棒に導かれし勇者たち』の新シリーズについてゲーム制作会社との打ち合わせが終わったところだ。ゲーム会社は打ち合わせの際に今回の課金アイテムの金額を低めに設定したいと提案した。ネットで廃金ゲーとか批判され炎上しかけたからだ。だが大振はその提案に納得しなかった。バカものめが!何が廃金ゲーだ!端金で偉大なるこの俺をモデルにしたキャラを操作させてやっているのにその言い草はなんだ!俺は芸術のために金が必要なんだ!お前らはゲーム脳のバカどもから俺のために金をむしりとってやればいいのだ!と抗議し、逆に0を二つ足せと要求した。

 だがそのあまりに高圧的な大振の要求は流石のゲーム会社も承諾しかねた。結局協議は明日以降に持ち越しとなってしまったのだ。

 ゲーム会社の連中に見送られてビルから出た大振拓人はすぐさま車に乗り込んだ。これ以上ゲーム会社から金は引き出すのは難しいかもしれない。ならば新しい市場を開拓するしかない。漫画アニメに本格的に打って出るか。それか世界市場を狙ってPCゲームの制作会社を探すか。いっそAIに大振拓人を売り込むか。しかしそのどれもがかなりの冒険を要する。今はやはり成功が確実しされたものに手を出すべきだ。芸術以外何の関心もない指揮者のイメージに反して意外にも会社の経営者としてはクレバーな大振は何をすべきか頭をクシャクシャにしながらかんがえた。その時突然の電話が来たのである。電話の主は彼がたまに出演する某国営放送からだった。

 その電話はなんと朝ドラへの出演依頼であった。アイドル出身の女優の初主演作品の助演で出てもらいたいという事だった。大振はあまりに突飛なこの申し出にバカにしているのかと思い。貴様俺を誰だと思っているんだ!この天才の大振拓人が貴様らのお遊戯なんぞに出ると思っているのかと思いっきりブチ切れた。しかしこの国営放送のドラマのプロデューサーは大振の恫喝にも怯まず、彼に向かってドラマの内容を丁寧に説明し始めた。

「このドラマは日本で初めてソプラノ歌手になった花蕾美咲という女性の話です。ドラマでは彼女を中心に戦前戦後の日本のクラシック界を大々的に取り上げていこうと考えています。それで大振先生には貴族出身の指揮者折檻痔漏を演じてもらおうと思いまして」

 自分こそが全て他は全て下郎の大振拓人は、当然のように花蕾美咲は勿論自分と同じ指揮者である折檻痔漏の事さえも知らなかったが、しかし大振は自分が役に当てられた折檻痔漏という男が超一流の名家出身の人間だと聞くと途端に興味を持った。

「我々も折檻痔漏を誰にやらせるか考えに考えたんですよ。何人か俳優を思い浮かべたけど、誰も全くハマらない。俳優なんて所詮みんな育ちが悪いんで持って生まれた気品の良さってのがないんですよ。それでもう俳優では無理だと諦めていっそ本職の方にやってもらおうと思いまして、改めて折檻役に誰が相応しいか考えたのです。今いる指揮者の中で貴族出身の折檻痔漏の気品を持っているのは誰か。それを考えたらやっぱり大振先生しかいないじゃないですか。マエストロ、お願いしますよ。折檻痔漏役を引き受けて下さいよ。我々はマエストロなしではドラマは作れないとさえ考えているんですよ」

 大振はプロデューサーから貴族的な気品があるのは自分しかいないと誉めそやされて舞い上がってドラマに出るのも悪くないと思うようになった。そしてこうも考えた。国営放送のドラマギャラは非常に低く、割に合わぬがそれでも非常に知名度が高い。ドラマに出演したら自分の知名度は遥かに上がるはず。そうしたら今度のスマホゲームの新シリーズの交渉だって自分に有利に運べるに違いない。それに新たに始めようとしているビジネスへのチャンスだって開ける。カリスマ指揮者大振拓人はしばらくの熟考の末、こう言った。

「よかろう。折檻痔漏役を引き受けてやる。もう大船に乗った気でいろ。俺がドラマを歴史に語り継がれるようなドラマにしてやる」

「ありがとうございます!あと一つ言い忘れた事があります」

「なんだ言ってみろ」

「お引き受け頂く折檻痔漏役なんですが、この役は最初は主人公に対して酷く辛く当たる役なんです。主人公を思いっきり罵ってしまって泣かせたりしてしまう役なんです。そこをご納得していただけたら。いえ、最初のうちだけです。後々主人公は、折檻のいじめにも近い行為が全て自分の音楽家としての成長を促すためだったと知り、折檻に深く感謝するわけです。だから出だしはもう本気で女優さんを叱り飛ばしてほしいんです。出ないとドラマとしてのインパクトが出ないものでして」

「なんだそんな事か。構わぬそれは俺がいつもやっている事だ。そのアイドル出身だというバカ女優をビシビシ叱ってやる」

「ああ!ありがとうございます!もうこれでドラマの成功は確実ですよ。ああ!今から台本と契約書を手にそちらに伺いますのでよろしくお願いします!」

 そんなわけで今カリスマ指揮者大振拓人はドラマの収録スタジオにいた。主人公役の女優をはじめとした役者たちが変わる変わる挨拶に訪れた。大振は椅子に座ったまま彼らを皇帝のような尊大な態度でむかえた。彼より遥かに年上のベテラン役者でさえその尊大さに圧倒されてしまった。この大振の態度は貴族出身の指揮者折檻痔漏そのものだった。

 大振は台本をもらってからずっと読み込んでいたが、そのいじめのようなセリフがプロデューサーから聞いたのとは反対にまるで甘っちょろいものだったので唖然とした。彼は台本を書いた人間はあまちゃんにも程があると憤った。加えて彼は今いるスタジオにいる役者たちの所作がとてもクラシックの人間に見えないのにも不満を持った。こんな台本とバカ役者共をそのままにしておいたらドラマは間違いなく大失敗に終わる。彼は危機感を感じ、よりリアルなものにするために台本の自分の台詞を勝手に書き換えた。

 間もなくして本番が始まった。今回の収録は大振演じる折檻痔漏が初めて登場する場面である。主人公たち演奏家が音楽堂で稽古をしている最中に突然現れた折檻痔漏がいきなり主人公達楽団員を罵倒するという流れだ。主人公美咲は音楽堂で優しい楽団員たちに囲まれて天真爛漫に歌っていた。しかしその時音楽堂に神経質な靴音が鳴り響き楽団員の顔が一斉に曇った。美咲は楽団員の急な態度の変化に驚いてあたりを見回した。するとステージの真下に指揮棒を持った傲慢チキそうな男が傲然と背を反らして立っているではないか。指揮棒を持った男は体を震わせ指揮棒を床に叩きつけてこう叫んだ。

「このろくでなし共が!いつまでチンタラ遊んでおるか!お前らクラシックを舐めているのか!クラシックはお遊戯会じゃないんだぞ!みんな命懸けで切腹覚悟でやってるんだ!そこのバカ面した女のお前!お前クラシックを本当にわかっているのか?ドレミがちゃんと聞こえるのか?なんだそのカエルの合唱みたいな歌は!お前はシューベルトに申し訳が立たないと思わないのか!こんなお遊戯会を客に聴かせるなんて無礼にも程がある!お前ら全員クラシックなんかやめちまえ!いや人生そのものを今すぐやめてしまえ!」

 カリスマ指揮者大振が演じる折檻の台本になさすぎる酷い罵倒の台詞のせいでスタジオは大混乱に陥った。ベテラン役者は憤慨し、主人公役の女優は耐え切れず泣き崩れてしまった。その連中に向かってまだ大振は罵倒を続けていた。

「このバカ女め!こんなんで泣いてたら俺のオーケストラじゃやっていけんぞ!それとなんだお前ら全員その顔は!俺のやり方に不満を覚える前に自分の至らなさに気づけ!この能無し共が!」

 この役を超越して一人激昂する大振と彼に罵倒され泣いたり怒ったりしているキャストを遠巻きに見ていたプロデューサーは同じようにみていたディレクターたちに向かって言った。

「彼、やっぱり降りてもらおっか」

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