なつめ

エッセイを書いています。 よろしくお願いします。

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最近の記事

やりたいことの賞味期限と消費期限のその先に

 先日、久しぶりにゼリーを作りました。普段、家でお菓子などめったに作らない、ずぼらな私にもできた簡単なレモンゼリーです。レモンを半分に切り、中身の果肉を取り出し、果汁を材料に使い、レモンの皮を器にしてゼリーにするという、見た目もレモンのレモンゼリーができました。インスタでたまたま見かけたレモンゼリー。レモンの色と香りのさわやかさに惹かれ、早速作ってみようとレシピを保存しました。材料を確認すると、あとはレモンだけを買ってくれば、家にあるものでできそうだと思い、やってみることにし

    • 願い事が叶うカミワザのタイミング

       昨日7月7日は、七夕でした。小さな頃から、学校や地域で、紙の短冊に願い事を書き、笹の葉に飾るという機会が度々ありました。大人になってからは、街のショッピングセンター内や、息子が通う学校の玄関に、笹の葉がさりげなく飾ってあり、見かけると私もなんとなく書くようにしていました。すでに誰かの願い事が書かれたたくさんの短冊が、そこに結ばれていました。同じように、私も願い事を短冊に書き、その笹の葉の中に結んできました。私には、日頃から願い事がいくつかあり、いつもどれを書くか迷います。そ

      • 天才のバリアフリー

         私には10才の甥っ子が一人います。彼はサッカーやバスケットボール、ドッヂボールなど、運動が大好きで、いつも身軽に動いています。以前、一緒にアスレチックに行ったときも、進むスピードが速く、どんどんと先へと挑んで行き、しまいには見失うほど先に行ってしまいました。彼のお母さんからは「身も心も身軽」と言われています。  そんな甥っ子に誘われ、ある日、一緒に区民プールに行くことになりました。兄が運転する車に一緒に乗り、プールに行く途中、兄が「財布にお金がない」と言うので、行く道の途

        • 小さな小さな旅の非日常

           日常の中には、やらなければならない身の回りの日課や、仕事においてもできればやりたくない苦手な業務のようなものがあったりします。生きていくために「どうして私がこんなことをやることに…」というような嘆きや疲れのようなものが積み重なってくることがあります。     そんなとき、普段の自分だったら行かない場所に、ときどき行ってみたくなります。普段の自分がいる場所ではない違う空気感やスピード感がある場所が、救いになったりするからです。いつもは子育て世帯が多い住宅地に住んでいるため、朝

        やりたいことの賞味期限と消費期限のその先に

          やりたいこと>できること

           文章を書くことを1週間続けてみて、わかったことがあります。なんとなく、ふと思い立って文章を書いてきました。毎朝、「ハ!今日も目覚めた。今日も何か書きたい」と、いつもより早く起きることができるようになりました。そしてなんとなく、今、書きたいことを書き続けることができるようになってきました。なぜなら、その朝の時間が、私にとって心地よかったからです。上手い下手を気にせずに毎朝、ただ「何か書きたい」と思って起き上がりました。外はまだ薄暗い早朝。自分でも驚きました。こんな自分がいたん

          やりたいこと>できること

          選びたい>選ばれたい

           昔から選ばれたいものや選ばれたい人に選ばれなかった記憶があります。 あまり興味がなかったものには、なぜか選ばれる、ということはありましたが、私が選ばれたいものには、残念ながら、選ばれなかったことのほうが多かったです。  選ばれないということは、そこにまだ自分は到達していないという側面がある、とあるとき気が付きました。それにはまだ及ばないということです。それを真正面から受け取ると、大変落ち込むこともあり、悲しくもあり、自分が他の人よりどこか劣っているような気にもなりました。

          選びたい>選ばれたい

          そんなにがんばらなくてもいいのだ

           軽い気持ちで始めたもののほうが長続きしていると、最近わかってきました。「これからこれをやろう、よし!」と思って始めたものは、(私の場合)そう長くは続きませんでした。目指しているものに向かってがんばっている途中、やむを得ない事態が起き中断させられるようなことが度々ありました。それに巻き込まれた私は、やろうと思っていたことが、ことごとく続けられなくなってしまったのです。目的を持つと、何か私の周りで行く手を遮られるようなことばかりでした。  そんな中でも、「ちょっと試しにやって

          そんなにがんばらなくてもいいのだ

          困ったときはいつでも言ください、の裏側

           その方は「困ったときはいつでも言ってくださいね」と最初の頃に私に言いました。それなのに、その2年後、突然その方は突然去って行きました。まだ私は困っていた状態だったので、そのとき取り残された気分になりました。その方のことを信頼し、毎回会う時間を楽しみにしていました。その方がそのとき言ったおもしろいセリフや名言をノートに書いておき、会わないときも、ときどきそれを見返すことで、励まされていたことを覚えています。  落ち込んだとき、そのセリフや名言をパラパラと見返すと、心が軽くな

          困ったときはいつでも言ください、の裏側

          受けて立ちます、はい。

          「え!どういうことですか。急に……」 というような、こんなはずではなかったと思うことばかりの私の人生。変化のタイミングは突然やって来ます。 ある日の「ジャジャジャジャーン」と人生を変えてしまうような思いがけない大きなショックから、日々の小さな「ガーン」というショックまで、いちいち「うわぁ」と敏感に真正面から受け取ってしまう私がいます。 その後、慌ててジタバタとし、なんとかこの事態をよいほうへよいほうへと進みたいと、立ち上がり、「よし進むぞ」と勇気を出して立ち上がります。その

          受けて立ちます、はい。

          ときには気合が入った変人に出会いたい

          「どうも似たようなことを言う人ばかりでおもしろくないな」 と、そんな思いを常に抱いてしまうような人間でした。 私は昔から人と違うことをする人、いわゆる「変人」と言われてしまうようなおかしな人が好きだったのかもしれません。 「変人」は、その辺ではなかなか出会えない希少価値のある存在だと私は思っています。私が言う「変人」は危険な人ではありません。純粋で、一生懸命で、心やさしい「変人」です。 周りから「変な人」と言われてしまう人は、社会から少しはみ出し、なかなか出会うことができま

          ときには気合が入った変人に出会いたい

          アクティブに小さな挑戦を始める大人の赤ちゃん

          今、赤ちゃんのように興味を持ったものを実験的に試しています。 それに対して完璧な準備など、今はできないものであり、 完璧なタイミングなんていうものもよくわかりません。 ただ、思い立ったが吉日で、おもしろそうなことを小さく実験的にやってみて、検証し、反省したりして、コツコツと次の挑戦に向かっているところなのです。そんな私は危なっかしくもあり、全力で間違うこともあるかもしれません。それはまた、クオリティも低く、大したこともないように思われるかもしれません。赤ちゃんのようにまだ手

          アクティブに小さな挑戦を始める大人の赤ちゃん

          的外れな私の日常に

          どうも世間とズレていると感じる日々だ 昔からズレズレの私がいる ズレているくせに世間に合わせようとするからつらくなる そんな私はどういうわけか いつもそのときそのときの友人に救われてきた 今でもそうだ 私のズレズレの困った日常に友人が ときどき手を差し伸べ、助けてくれる なんてありがたいことなのだろうと 今でも思う いつもだれかに救われている それは近くにいるわけでもなく そんなに遠くにいるわけでもない ちょうどいい距離感で ふと私のそばにやってくる そういう人生なの

          的外れな私の日常に

          やりたいことのタイミング

          やりたいことは試しにやってみることにしている。 私にとってのやりたいことは、川面に浮かぶ泡のように、 ポワポワと消えては生まれ、生まれては消え、とどまることがない。 (まるで『方丈記』の冒頭のよう…) 本当にやるかやらないか、 いつやるのか、どうやるのかと、 あれこれ考えるとなかなかやることができない。 やりたいことを、世の光に出してあげるのに、 何年もかかることもあれば、 もうそれを思い浮かんだ翌日に世に出していることもあり、 やるタイミングは様々だ。 そのタイミング

          やりたいことのタイミング