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光に満ち溢れたあなたのためにも

 先日、利用者さんが亡くなった。

 突然のことであった。

 送迎から戻ってきたさい、元々、その日遅刻で来る予定であったその方が欠席になっており、残りの職員に何気なく聞いてみたら、他の利用者さんに聞かれないように場所を移動し、小声で

「……亡くなったみたいです」

 その言葉を聞いた瞬間、理解ができずにフリーズしてしまう。何も言えないままその職員の顔を見ると、こちらを見て、小さく、頷いた。

 業務はそれでも続く。しばらく呆然としながらも体は動かし、うまく飲みこめない。

 亡くなるその前の週の土曜日、二十歳を祝う会を行ったばかりだった。その一週間後の土曜日に、息を引き取ったそうだ。

 元々、長くは生きられないと言われていた難病の方で、それでも成人(今は18で成人だけれど)を迎えられて、家族も喜ばれていたし、私たちもうれしかった。すごいことだと、思っていた。

 亡くなる前の日にはいつもと変わらない元気な姿を見せてくれていた。のに……。

 ……いや、ちゃんと、覚えているか、と言われると、自信がない。いつもと、変わらない、日常だった。その日その方の担当ではなかったし、まったくかかわっていないわけではなかったけれど、本当に、私は、ちゃんとその日ーー最後になるその日見ていたかと言うと、自信が、ない。

 笑顔のすてきな、みんなから愛されている方だった。衝撃も大きく、突然のことに心が追いつかない。

 それでも、ご家族に比べれば……。

 本当に、愛されていた。
 いろんなイベントや外出、企画に参加されて熱心であったし、いつもその愛で満ち溢れた表情が、本人にも表れているようであった。

 そして、先日、通夜に、赴いた。

 駅で上司と待ち合わせ、葬儀場へ向かう。

 式場は、人で溢れていた。
 他にも様々な方を見送ってきた上司も、こんなに人が多いのは初めて、と漏らすほど、たくさんの人が、集まっていた。

 流れる音楽も本人が好きなもので、ポップな感じと次々映る写真が光に満ち溢れていた。光を、放っていたようにも、思えた。

 順番が来る。部屋に、入る。
 本人に、お母様に、どんな言葉をかけてあげられるだろう。少しでも、何か、お伝えができたら。そんなことを、考えていた。

 後一列。
 涙は流すまい。ご家族、特に、お母様が一番おつらいのだ。私が泣いてどうする。笑顔で、落ちついて、寄り添いたい。

 焼香。
 本人、ご家族、そして今日来られずに私に託してくれた職員たちみんなの想いをこめて、三回、行う。
 祈りに、想いに、涙や感情さえ排して、純なる心が身体を動かす。何も感じず、ただ、祈る、ということだけが、残る。

 そうしてーー

 涙を流しながらひとりひとりとお話しをしているお母様の元へ、本人の元へ。

 何を伝えられるだろう、そう、思っていた。

 けれど、だめだった。

 本人の顔を見たとたん、涙が溢れて止まらなかった。

 それまで純粋に祈りを想い、このまま笑顔でお見送りできる、と、思っていたのに。

 あまりに、きれいだった。
 あまりに、美しかった。

 笑っていたのだ。
 いつもと変わらない笑顔を見せてくれていた。

 上司はしっかり言葉に紡いで、本人にもお母様にもお伝えできていた。

 私は、何にも言えなかった。言葉が出てこなかった。声すら、出なかった。ただただ、静かに涙を流すことしかできなかった。

 本人に、これまでありがとう、さえ、言えなかった。

 お母様の顔を見て、会釈をする。それだけしか、できなかった。

 お母様、困惑されて、いましたよね。

 ごめんなさい。

 何にも言えなかったです。
 言葉が、本当に出なくて、声も出なくて。
 
 何も、できなかった。

 きっと、無表情に見えていたと思います。
 ごめんなさい。
 かえって、傷つけてしまったのではないか、と、心配しています。
 
 こんなにも無力さを感じたのは久々だった。
 
 何にもできやしない、私なんて。何も、何も、できやしない。
 
 悔しくて、仕方なかった。

 葬儀場を出て、上司が、お疲れ様、と言葉をかけてくれる。私は、それを聞いて、

「だめでした」

 と、抑えていた感情が止められずにぼろぼろ涙がこぼれてしまった。先ほどまでは、まだ外から見たらそこまで涙を流しているとは思わなかったかもしれない……たぶん。それ以上に、感情が流出してしまった。

 話そうとするとかえって涙を誘発し、いることしかできなくて申し訳なかったです、となんとか伝えると、

「それでいいんだよ、言葉は私が伝えたんだから」

 やさしく、冷静に、言葉をかけてくれた。

 それでも、私は、頷くことしか、できなかった。


 今、こうして言葉に残してみても、本人の顔を思い出すと泣いてしまう。

 最後の利用日、どうであったか、なんてこと、この先ありたくはない。

 ずっと、一瞬一瞬、いつ、どうなるかなんてわからない、と思っているくせに、こうだった。

 改めて、思う。

 いつ、どうなるかなんて、誰にもわからない。

 だからこそ、目の前の時間を、この刹那を、日々を、大事に、大切に、していきたい。

 あんな笑顔を最期に見せてくれた本人のためにも。

 いつも通り、だけれど、特別な一日を。

 過ごしてもらえるように。

いつも、ありがとうございます。 何か少しでも、感じるものがありましたら幸いです。