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推しつ推されつ【SS】

 

6月。土曜日の昼下がり。
小野さなえは小走りで駅前のカフェに駆け込んだ。

通り沿いの窓から行き交う人が見渡せる10席程のカウンター席が彼女のお目当てだ。正確にはそこに座っているはずの人が、だけれど。

カウンター席は店内に入るとすぐに目に入る。
待ち合わせの相手を見つけると、さなえは衣替えで夏服になって間もない制服を少し整え、小さく深呼吸をするように息を吸って、吐いた。

「先輩、お待たせしました。」

ぱっと表情を明るくさせて、先輩と呼ぶ相手に歩み寄った。

「久しぶり、小野」

待ち合わせ相手はさなえより少し年上に見える青年だ。
青年はさなえが2年間在籍している演劇部のOB…と言ってもこの3月に高校を卒業したばかりの大学1年生。
それでも彼女にとっては、淡いピンク色のパーカー含め少しだけ眩しく感じる存在。
何を隠そう、さなえが演劇部の門戸を叩いたきっかけこそ彼なのだ。入学式の翌日に設けられた部活への勧誘のためのレクリエーションの中に、演劇部の短い舞台があった。主役では無かったけれど、彼の芝居に釘付けになった。入部に迷いは無かった。

「佐藤先輩、卒業してまだ3ヶ月ですよー!」

佐藤の隣の空席のテーブルにスクールバッグを置くと、注文をする前に席に座ってしまった。
まだ3ヶ月、と言葉にしたもののその3ヶ月は今までよりずっと長く感じる3ヶ月だった。

「たしかに!」
「どうっすか、大学楽しいですか?」

まぁな、と口元に笑みを携えてアイスコーヒーを一口。
本当は佐藤にもっと聞きたいことがある。大学でも演劇サークルに入ったかどうかだ。
さなえは心底、佐藤の芝居が好きだった。高校演劇でしか演じたことがないけれど、先輩としても役者としても好きだった。彼のような役者になりたいとすら考えているし、佐藤が受験で部活を離れてからは彼のような先輩になりたくて、あれこれ試行錯誤を繰り返している。しかし卒業式前日、さなえは部室で彼に言われてしまったのだ。

「大学ではもう、芝居はやらないと思う」

その一言の意図は「芝居でこの先食っていきたいわけじゃないし」とネガティブに括られた。
彼が大学で演劇サークルに入ったら、必ず公演を見に行こう。そう自然と思っていたのでショックを受けずにはいられなかった。
だから、その話題に自分からは触れられずにいた。

「そういえば、用事ってなんですか?」

この日呼び出したのは佐藤の方だった。正直まだ前述のことも引っかかったままだったし、早く本題に入ってもらいたい。

「ん、早速か。えーと…」

黒いリュックからクリアファイルを取り出す。心なしかそわそわしながらも、その中からコピー用紙を1枚丁寧に引き出し、彼女の顔を見ずに手渡した。

「…?」

受け取った紙には大きなメインコピーときれいな街の風景を写したビジュアル、下部には地図とコピーに関わる概要がレイアウトされていた。
要はチラシなのだけれど、問題はボディーコピーにあった単語。「演劇サークル本公演」。

「佐藤先輩、これ、」

さなえはチラシを持つ手が微かに震えたのが自分でもわかった。心の奥からぶわっと花が咲き乱れて溢れかえるような、春から夏にかけての温暖のグラデーションを一気に纏わせて嬉しさがこみ上げて止まらない。止めたいとも思わない。

「本公演、て、あの…!」

おそらくさなえが望んでいたようになったのだ。
また、大好きな佐藤の芝居が見られる。それが嬉しくてたまらない。友人たちはさなえの佐藤への思いを「恋心」だと口々に言うけれど、これはただの恋心なんかじゃなかった。恋よりも厄介な「推したい」気持ちだった。
その気持ちは抑えきれず、表情や仕草から簡単に佐藤に伝わった。

「いや…ほんと、恥ずかしいよな。小野にあんなこと言っておいてさー…」

バツが悪いのと気恥ずかしいのとで、佐藤は目を伏せて少し頬を赤らめている。
さなえに放った一言も、格好つけて強がった自覚があったのだ。

「そ、なことないです!嬉しいです!また、先輩のお芝居見られるんですね!?」

恥ずかしがる彼に、ずずいっと前のめりに熱く問いかけた。その問いに佐藤は頬を赤らめたままで頷いた。

「…諦められなかった。」

嬉しい。嬉しくてたまらない。

「諦めてくれなくて、嬉しいです!私先輩のファンなので!!」

心の中に咲き乱れた花々のように、さなえの笑顔も咲き誇った。
相変わらず気恥ずかしそうにする佐藤を満足そうに見て、スクールバッグから財布を取り出した。

「じゃ、私も飲み物買ってきますね!戻ったら、詳しく話してもらいますから!!」

制服のスカートを翻してレジの方へ踏み出した1歩。タッとローファーが軽い音を鳴らして行くと、佐藤は視線をそちらに向けてその後ろ姿を少しだけ眺めた。

 

「私、先輩のファンなんです!」

さなえが演劇部の部室に来た時、佐藤との初対面の際にそう言われた日。その日から、芝居の楽しさが増した。
高校で始めた芝居は、純粋に楽しくてのめり込むのは簡単だった。しかしさなえに「ファンだ」と言われた日からは、芝居が自分の為だけではなくなった。もっと見ている人に喜んでほしい。もっと、楽しんでほしい。そんな気持ちが自然と芽生えて言った。
高校卒業後、芝居を続けようか迷った。本気で辞めようとも思った。でもその芽生えた気持ちから目を背けることがついに出来なかったのだ。

 

「ファン、な。」

それなら、応援してくれる姿を見て気付かされて、それがきっかけで芝居を続けようと思った自分だって。

 

「俺もお前のファンだよ」

だから一番にチラシを渡そうと決めたんだ。
一番に見てほしいと思ったから。

 

「お待たせしました!さ、聞かせてもらいますよー!」

アイスティーを乗せた小さなトレイをもって足早に戻ってくるその姿に笑みが溢れる。

「危ないって!そう慌てるなよ!」

 

これからも応援、よろしくお願いします。

舞台で頑張る人、応援する人。

 

それぞれがそれぞれを、

 

推しつ、推されつ。

 

 

 

おわり

 

 

 

 

 

- - - - - - - - -▷◁.。

都基トキヲです。

 

ラブストーリーのような、そうでないような。
甘酸っぱさ出てますでしょうか(心配)

僕も高校時代は演劇部だったのですが、こんな甘酸っぱい経験はなく…

ただ、自分が出た大会の公演を見た人が翌年、「去年●●演じてた人ですよね?」と声をかけてくれたことがあって。
10年以上経った今も嬉しかったことがとても心に残ってるんですよね。

卒業後、舞台に出てた友人も今は舞台を降りてしまって。
友人の芝居が好きだったから残念で残念で。
少しだけ、そんな思いも込めてしまいました。

応援するのも、されるのも嬉しいことで。
そういう“両思い”って、恋愛とはまた違った温かさがあるなと思います。

お茶請けにでもなれば幸いです。

 

 

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