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#自己肯定感
day280 小学生の頃のわたしと対峙してみる。
子ども時代の自分と向き合う作業を続けている。
迷子になった事件を発端に、わたしはどうやら自己否定とか無価値感を持つようになったようだ。わたしは家族にとって迷惑な存在で、愛されていなくて、居場所がないと思い込んで育った。
結構小さい頃から、わたしと2番目の兄との間には、生まれなかったきょうだいが居たと聞かされていた。そして、女の子が生まれなかったら離婚だ、と言われていたという話も。
捉えように
day279 2歳児のわたしと対峙してみることにしよう。
昨日書いた記事。
この記事で書いた、2歳児のわたしと対峙しようと試みるのだけれど、どういうわけか寝てしまうのだ。
わたしの場合、こうやって記事として書くことで対峙できるような気もしているので、この場を介してやってみようと思う。
2歳児のわたし。
お兄ちゃんと遊ぶ約束だったのに、わたしを置き去りにして自転車で勢いよく走り出したのを覚えている。それを、待ってーと追いかけた。
中学生の自転車と、2歳
day278 過去の自分と対峙していく作業、幼少期編。
先日、詠子さんとのセッションで、過去の自分を癒やしていく作業が必要だと伝えられた。
自己開示も、自分を癒す作業も、何年か前に一度やってはいるのだけれど。一度やったらそれで良いというわけでもなくて、今だから言えること、今だから癒えることがあるのだろうと思う。
過去の自分遍歴を振り返ってみよう。
2歳児のときに起きた事件が、いちばん古いトラウマだ。それは、一緒に遊んでくれる約束だった10歳上の兄が
day151 自己肯定感とは。
自己肯定感ってなんだろうか。
本屋さんに行けば、結構な割合で『自己肯定感を高める』系の本を見かける。
みんな自己肯定感が低いことを自覚して、尚且つ高めるべきと思っているからこそだろう。
わたしは世に言うHSP、いわゆる繊細さんなのだけれど、繊細さんは大概、自己肯定感が低い。いや低すぎる。
周りの不機嫌はすべて自分のせいだと思ってしまうくらいの生き方をしていたのだ。
自己肯定感イコール自分大好