先日友人のところに遊びに行くことがあった。 直前に友人からLINEが来た。 「NAOちゃんの分のおにぎりも持っていくね」 正直寒気に近いものがした。 人の握るおにぎりを食べる機会なんて思い出せないくらいない。 今日日素手で握ることはないのはわかっているのに、すごく嫌だった。 そんなに潔癖なつもりはないが、なんか嫌だった。 でも断る理由が思いつかず「ありがとう」と返した。 おにぎりは小さく、食べやすかった。 おにぎり1個と、ふかしたサツマイモを持ってきてくれた。 食欲的
縁は異なもの、味なもの、という言葉を最近は聞かなくなった。 今日とあるワークショップに参加した。 そこで、たぶんどこかで、すごく親しく話しただろう、という人と再会した。 顔はわかるが、名前はわからない。 ワークショップのグループが一緒になり、しばらくは何も言わなかったが、意を決して話してみると、先方も同じように私に気づいてくれていた。 私は基本人見知りだが、この人には話せる、というスイッチが入ると、とたんに口が回りだす。 その人もそういう人だった。 向こうも同じように私のこと
最近の悩みシリーズ。 毎日違うところに仕事に行く。 週1回づつ、別の場所で働いている。 「こいつ何してんねん」「こいつ何する奴やねん」という目線が辛い。 私の仕事あるあるの悩みではあるのだが、全然慣れない。 意外と人見知りなので、相手が心を開いていないと感じると、ノックもできない。 契約制の仕事なので、4月で更新なのだが、特にアウェー感がきつい場所では「来年はないな」が心に湧いてくる。 転職を繰り返してきたので、転職に対してのハードルは低いものの、こんなことばかりしてていいの
最近の悩みは、ずばり孤独である。 友達はいるにはいるが、どうにも孤独を感じる。 LINEもほとんど鳴らない。 時々想定外のLINEが来ると、逆に緊張する。 話を聴いてくれる友達には、話過ぎてしまったような、自分がマウントしたような感じに襲われて、後で落ち込む。 話を聴いてくれても、自分の話が入ってないな、と感じると、相手に合わせてなんとなく時間を過ごす、ということをしてしまう。 それなのに、友達が欲しい。 なんでもないことを話せる友達がほしい。 いるのにいない、としている。
私は占いが好きだ。 観てもらうのも好きだが、マヤ暦、魂命学、タロットは自分でも勉強している。 毎週メールやラインで送られてくる占いもチェックするし、周りに占いをする知り合いもたくさんいるので、観てもらったことは数限りない。 占いは私にとってセラピーだ。 不安でたまらないとき、何か寄る辺が欲しいとき、私は占いに頼る。 それなりにお金も使ってきたが、その時の自分には必要だったので、後悔はない。 ただ、自分には必要だったというだけで、人には勧めない。 その人が必要なら、その人のタイ
朝「ラヴィット!」という番組をよく観ている。 ラヴィット!のオープニングを観だすと、つい手が止まってしまう。 先日もラヴィット!で、芸人さんの思い出のテレビを取り上げていた。 それを観ていたとき、自分だったら、に思いを馳せていると、昔読んでいた本を思い出した。 私は漫画や本を読むのが好きだったのだが、その時思いだしたのは「なんて素敵にジャパネスク」という小説だった。 その後漫画化もされていたが、私は小説のシリーズを集めていた。 ざっくりいうと、平安時代のお姫様が、いろいろ活躍
小さいころおばあちゃんと住んでいた。 おじいちゃん、おばあちゃん、母、兄、わたし。 母が働いていて、おばあちゃんがご飯を作ってくれていた。 おばあちゃんのごはんは、なんというか微妙だった。 多分基本はおいしかったと思うが、まずかったもの、口に合わなかったもののほうが記憶に残るんだな、と今になると思う。 油は捨てずに何度も使うので、揚げ物は真っ黒だった。 冬の週末は鍋が多かったが、ポン酢で食べる水炊きは、子供のわたしにとって、残念以外の何物でもなかった。 おばあちゃんのよく作っ
仕事でうまくいかないことがある。 日常生活でうまくいかないことがある。 「こうしたら?」「ああしたら?」「仕事なんだから」「とりあえずやってみたら」 だったり。 何を言おう?何を言ってるんだろう? だったり。 何も言われたくないこともあれば。 何かを言われたいこともある。 100パーセント自分が求めるようにしてくれる人はいない。 自分も言いたくなることはある。 自分は正しいと思ってる。 相手の耳が閉じるのが伝わってくる。 正しさなんて、人によってどころか。 瞬間瞬間で変わるも
熱烈なファンではないが、昔からなんとなく笑点を観ていた。 桂歌丸さんがおじいちゃんに似ていた。 だから歌丸さんが好きだった。 圓楽さん、というより、楽太郎さんというほうがなじみが深い。 私も歳取ったなー(・_・;) 歌丸さんが入院してお休みだったりしても、家族のおじいちゃんが入院して、退院するのをみんなで待っているような空気感がすてきだな、と思っていた。 圓楽さんの不倫報道があって、それを全員でいじり倒していた回があって、めちゃくちゃおもしろかった。 すごくおもしろかったのに
子供のころ、おじいちゃんと住んでいた。 父が亡くなり、もともと叔父家族が住んでいた母の実家に出戻り、おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に住むようになった。 おじいちゃんは威厳があった。 少しこわかった。 自転車に乗って畑に行ったり、ゲートボールをしたりしていた。 晩酌にはワインと日本酒?お湯? 今考えたら何を混ぜていたのか忘れたが、何かを混ぜておじいちゃんに渡すのが私の仕事だった。 中学校の頃、おじいちゃんは入院した。 おばあちゃんが「おじいちゃんはいつ死んでもおかしくない」と
大阪中之島美術館で開催されていた、岡本太郎展に行ってきた。 岡本太郎に詳しいわけではなく、太陽の塔を観たことがある程度の知識だが、行きたくなって行ってみた。 本日が最終日、ということで、たくさん人が来ていた。 一緒に行く予定の友人が体調不良で、母を誘った。 母とは現地で待ち合わせをしたが、母を待つ間、なんだかワクワクしてきた。 展覧会をみるまえに、太陽の塔のオブジェがめちゃくちゃほしくなったが、すこしお高めだったので、とりあえず我慢した。 中はすごい人で、母のことも気になりつ
noteをはじめて10日目。連続で8日目。 noteをよくわかっていないし、わかろうともしていない。 ほかの人の投稿を読んでみたら、うーんなるほど、質の違いは一目でわかる。 内容も個人の日記レベル。 いぜんブログの講座を受け、何度かブログに挑戦してみた。 講座で習った通り、SNSでシェアしたりもした。 知り合いがぼちぼちみてくれた。 そのときのブログの目的は、自分の枠を広げることだった。 知り合いから内容について、いろいろ指摘を受けた。 ブログより、シェアしたSNSの、いいね
おなら、と書いてみて(打ってみて)、不思議な感じがした。 おならとか書いてはいけないのかな、と思って、語源を調べたけど、それは別にどうでもよかった。 息子がおならをする。 朝起きたて、今も何度も近くでおならをした。 めちゃくちゃ腹が立った。 自分のことはさておいて、おならの音をリアルで聞くのは家族くらいしかないが、すごく嫌な気持ちになる。 今はずいぶん減ったかもしれないが、テレビのおなら芸も好きではない。 ちなみに乳首相撲も痛そうだから嫌い。 兄が昔からよくおならをする人だっ
私は友達が少ない。 いることはいるが、気の置けない、って感じの友達はいない。 LINEは母か息子だけ、なんならそれもなし、なんて日がほとんど。 なんだか抜けられないグループラインはガンガン来るが、読まずに既読をつけたりしている。 数少ない友達も、ほぼこちらから連絡しているがだいたい「どうしてるかと思ってたところ」とかいう返信があり、もやっとさせられる。 それでいて会うと疲れて、しばらく会わなくてもいいか、なんならこのまま会わなくてもいいか、と思ったりもする。 それなのに、時
先日の休みの日、うちに来ていた母が帰る前に、コ〇ダ珈琲にモーニングを食べに行った。 平日にもかかわらず、にぎわっていた。 朝、母が買ってきていたスーパーのおはぎを食べて「胸いっぱいやわ」といってたわりには、無料のトーストを頼んでいた。 いろいろあって、今はほとんど連絡を取っていない兄の話になった。 母が毎回兄の話をするので、会っていない感じはしない。 兄は発達障害があり、昔も今も、母や私に攻撃的なのだが、自分を守るために、連絡をとらなくなった。 母が「Naokoがお兄ちゃんは
ネットサーフィンがやめられない。 いろんなものをこちゃこちゃ買ってしまう。 でも最近買っていちばん感動したもの。 それは鼻毛ワックス。 めちゃくちゃ伸びる、というほどではないものの、車に乗って明るいところでミラーを見ると、時々出てて恥ずかしい(〃▽〃)ポッ いやいやめちゃくちゃ恥ずかしい(=_=) 気づいたときに抜くしかなかったのだが、これが結構痛い( ;∀;) で、ある日東急ハンズをブラブラ歩いていて、鼻毛ワックスなるものが売っているのを見かけた。 そのときは「ふー