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「ポジティブ病 ー終末の週末ー」ショートショート

もう十分に生きた。

男は病床につきながら、そう思った。

人生を振り返ると、うまくいかないこともあったがそれもこの年まで来れば、人生の味わいだ。

この国の平均寿命を超えるくらいには、そして、ある程度満足に生きられたということは感謝しなければいけない。

男は、不治の病に冒されていた。
現代医療では直しようがなく、医者から説明を聞く限りも納得した。

知った当初は驚き、動揺もした。けれどもしばらく経ってから、男は達観した。
そして、身辺整理をして、感謝を多く伝えながら日々を過ごし、
こうして入院している。

あとは死を待つばかり。
そういうと、絶望しそうだが、男は真逆だった。

もちろん、悲しみも、やりたかったこともある。

けれどもどうしようもないことを受け入れて、いままでできたことやってきたことを振り返ると、動揺はおさまった。

足るを知る。という言葉があるが、男は手にあるもので、十分に心を満たすことができた。いや、絶対的な死というものの知らせから、いまあるものに満足しなければいけない状況が、それを知らせてくれたのだ。

「うん、いい人生だったな」

現代医療のおかげで、最後の日までそこまで苦しまずにいけそうだ。
こういやって穏やかな日々を過ごせるのもきっと現代ならではなのだろう。

もっと未来だったらこの病も治せたかも知れない。

そう思ってしまうと悔しさがわくだろうが、そういった感情とは皆無だった。

「うん、いいーー」

「おひさしぶり!!! おもったより元気そうでなによりだわ!!」

壮年の女性が予定外にお見舞いにやってきた。

「聞いたわよ!!! すごい病気なんですってね!!! でも諦めちゃダメよ!!! 病は気からっていうからぜったいにネガティブになっちゃだめ!!」

「ポジティブに!! 治るって思えば絶対に治るから!! あきらめちゃダメよ!!! そうそう!! いいことが書いてある本を置いておくから! 読んでみて!!! かわいそうだけど諦めちゃだめよ!!!!!」

そう女性はいうと、お見舞いというのは慌ただしく言いたいことだけ言って帰っていった。

置いていったのはコンビニで買っただろうお菓子の箱詰めと数冊の本

「ポジティブに生きる ー病のすべては気持ちが原因ー」

「超前向き術 ーあなたは絶対に幸せになれる! 5分で幸せになる方法ー」

「檄・引き寄せの法則 ー出来事の原因は全て自分ー」

パラパラとめくると、どこかしこに前向きに、生きようという言葉が散らばっていた。


ーー足りないものを手に入れて幸せになるーー足りなくてもすぐに手に入る方法ーー足りないのは自分のせいーー自分を変えればうまくいくーーうまくいかないのはあなたのせいーー幸不幸もぜんぶじぶんのせいーー


男は本を閉じる。

窓の外を見ると、快晴の空が広がっていた。

けれども男の心は、さきほどまでの穏やかな心とはかわっていた。

満ち足りていた気持ちに泥をかけらたような気分。


どこまでも快晴の空のもと、心は陰鬱だった。





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