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[短編小説】対小説:乙女の笑顔- 母娘物語

対小説 寝癖さんの「一杯いいかな?」はこちらから。

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「美鈴? あなたなの?」
玄関を開けた瞬間に 母の声が廊下に響く。

「ただいま」

生まれ育った この家を出て もう8年…
それでも、このドアを開ける度に 母の笑顔が パタパタと響く足音と共に出迎えてくれる。 

「おかえり」

にっこりと微笑む母につられ 今回もまた もう一度繰り返し言ってしまう

「ただーいま!」


二階にある自分の部屋に荷物を下ろすと
ドサッとベッドに飛び込んだ。

これが私のいつもの習慣。

帰ってきた。。。そう全身をもって感じられる瞬間だった。

こんな大好きな瞬間も、これから少しづつ変わっていくのだろう。


私、美鈴は もうすぐ 愛する人のもとへと嫁ぐ。

慣れ親しんだこの家でも、住み慣れたアパートでもない…

”新しい場所”で
”新しい 大好きな瞬間”を
”愛する人と一緒に” 作ってゆく。

幸せという胸の高鳴りと ドクドクと打ち付ける脈の波が
2つの背反する色を醸し出しながら 私の中をぐるぐると巡る。


「美鈴! ちょっと来てくれないかしら」

母の声を頼りに 両親の寝室へと足を運ぶと
アルバムが あちこちに開いたままに 散らかっている。

「お母さん、どうしたのこれ!?」

「ふふふ、大丈夫よ。懐かしいなって みてただけだから」
にっこり笑って母が言った。

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私が実家を出て3年経ったころだった。
夜中に突然 鳴り響いた電話を取った その時を境に
父が 私たちの周りからいなくなった。

何の予兆もなく ぽっくりと逝ってしまった父。
結婚記念日には 毎年 母の好きなカスミ草を抱え、
休日には 家族のために 台所に立って その腕を振るっていた。

父と母は お互いにない物を埋め合わせられる…まさに歯車そのものだった。
母の心配性は 父の大らかさで,
父のおっざぱさは 母の丁寧な優しさで,
お互いが お互いをいつも支えあっていた。

 
”私が先に逝くから お父さんは その次の日に来てね”
母の口癖だった。
”そうしたら私 寂しくないもの”
ふふっと笑う母は まるで恋する乙女のように可愛かった。

そんな中、父が ある日ハッタリ 隣からいなくなってしまったのだ。
母の中にぽっかりと空いた 大きな 大きな 穴は
誰が見ても 凝視してしまう程の 深い深い穴だった。



母は全く覚えていなかった。

父が亡くなった直後 母が在りとあらゆる物を捨てた事…。
私の整理された写真アルバム、お気に入りが入った小さな小箱
幼い頃から集めていた輝く石や、 書き溜めていた詩や手紙。。。

それは私のものに限らず 家中の物を、 次々と捨てていったのだ。

ただ一つ…父の物を除いて。。。


当時の私は 母を責めた。
大切な物が 忽然と消え、もう二度と自分のもとには帰ってこないのだと
そう思ったら 涙ながらに 母の行動を責め立てた。

母は泣きながら
「ごめんなさい ごめんなさい」と
繰り返し繰り返し 私に言った。

何故に母を責めてしまったのか…今でも考えると胸が痛む。
もう二度と帰ってこない物達が 大好きだった父と重なった。。。
父の存在が私に空けた穴も また 大きかったのだと思う。
投げつけどころがない感情を 一番辛い思いをしていた母にぶつけてしまったのだ。
母娘にはよくある事…ただそれだけなのに、
あの時の母の涙は 私の心に 今でも染みる。

ーーー母を守るーーーー

あの涙以来…それを胸に 強く在ろうと、そう私は頑張っているつもりだ。


***************

床に散り広げられたアルバム
どのアルバムも 家族三人で写っている写真が貼られた頁が開かれている。

「お父さん…美鈴の花嫁姿 楽しみにしてたわよね…」

ふっと母に目をやると
父の洋服棚の前で 母が一本のネクタイを手に じっとそれを見つめていた。
少しくすみがかった朱色地に 綺麗色とは程遠い 辛子色の線が何本も引かれている。

「覚えてる?色弱のくせに お父さん 自分でこれ買ってきて…」

「うん…”この色いいだろ!!”って自慢してたよね。。。」

アルバムを踏みつけないように ゆっくりと母の隣にたどり着いた。

「次の日に 自分で服を選ぶって言い張って…
 ちぐはぐの色を合わせて、満足そうにしてたの…」
ネクタイを見つめながらも 母の瞳は どこか遠くを見ているようだった。

「今見ても、いいネクタイだとは思えないけどね」
 そういうと、母がくすっと笑って見せた。


緑は黄色。
紫は青。
赤は茶色で、灰色は…なんだこれ?色。
父の見ていた世界は、どんな色をしていたのだろう…

物思いにふけって
どれくらいの間 二人でネクタイとにらめっこをしていただろうか…。
静寂を破ったのは母だった。。。


「でも…お父さん…...」
「私なしでは...生きていけなかった、のかもね…」



ぽつりと漏らしたその言葉に
無理やり笑顔を乗せた母の瞳には 涙が溢れんばかりに溜まっていた。

「うん…お母さんがいなきゃ…駄目だったんだねぇ…」

やっとの思いで口から出した言葉だった。
何処かで食いしばって止めていた私の涙も もう抑える事は出来ないでいた。

母の小さな肩に ぽんと頭を乗せると
母の頭も こつんと寄り添い 
二人でネクタイを握りしめた。


「……雅人さん…このネクタイ、使うかしら…?」
母がまた ぽつりと呟いた。

「ん…?」

その言葉に 思わず顔をあげ 母を見る。
と同時にクスクスと笑い合った。

母がおもむろにネクタイを私の首にかけ 優しく目を細めてこう言った。

「美鈴がいないと生ていけないくらいにするのよ」


ああ、この顔…みたことあったな…

そう言った母の笑顔は
昔 父に見せていた ”恋する乙女の笑顔” そのものだった。


おわり



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これはNote友達の寝癖さんの作品「一杯いいかな?」をもとに作らせていただいた 対の小説です。

寝癖さんのこちらの作品も 是非併せて読んでいただければと思います。

寝癖さんの物語を読んだ直後に、”対のものを書きたい!!”と思い、間を入れずに 寝癖さんにお願いのコメントをしたところ、快く”いいですよ”と言って下さいました。

私の小説は 半分は実話です。
母の想い、娘としての自分の想い…是非 美鈴視点で書いてみたかったんです。
突飛でもないお願いを受け入れてくださって、まだまだな私に書かせてくださって、寝癖さん…本当にどうもありがとうございます。

寝癖さんの数々の短編小説…どれをとっても心に残る余韻は
波紋のように 時間が経つにつれ大きくなるんです。
私は毎回 寝癖さんに泣かされているような気がします。(笑)。
YouTube動画は 面白すぎて 泣かされています。是非 寝癖さんの他の作品も見てみてください。
私のお勧めは「派手な傘」 と 「バスケットボールと青春」 です:)クリックすると寝癖さんのこの記事にリンクされています。

https://note.com/negu_neguse


この私の小説は 大好きな母に...

その母の笑顔の源である父に 捧げます。

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