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『正しい火の灯し方』

俺のババァはいつもニコニコしてやがる。
人にペコペコ頭を下げては
ヘラヘラとまた笑いやがる。

みっともねぇー

怒りもしねー
涙も見せねー
ババァの笑顔に腹が立つんだよ!!



「誠も吸ってみろよ」
校舎の裏でいつも通りの顔ぶれといつものように溜まっている。
勉強なんて何の役にも立たねぇ。
初めて手渡された煙草に 傷ついたライター
教壇に立つセンコーより ボロボロのこいつの方がよっぽど人生経験あんじゃねーの。

ライターをじっと見てると、ボロボロのエプロン姿で笑うババァがふと浮かんだ。

「ちっきしょー…マジうぜぇー…」

でも何故か ライターの火をつけられないでいる自分がいる。
なんでなんだ?何迷ってんだよ 俺…

”お前ら何やってんだ!”センコーの声が聞こえ、俺はとっさに煙草を草むらに投げ込み、ライターをポケットに突っ込んだ。



町中をふらついて、奴らとカラオケに行って、真夜中に家に帰っても 家の明かりは灯っている。
「誠 おかえり」
こんな時でさえもババァは笑顔だ。

マジでバカじゃねー?!

ババァの笑顔を押しのけるように部屋のドアをバタンと閉ざした。


親がいない俺を ババァは女手一つで育ててきた。
来る日も来る日もみっともねー位に笑顔で頭を下げながら…
何なんだよ。
張り手の一つや二つ飛ばせねーのかよ。
込みあげてくる何かが 嫌で嫌でしょうがなかった。
壁に拳を突き付けて それは大きな穴となった。


翌朝 青木が校門の前に立っていた。
ジャージ姿に いつも通り首から笛をぶら下げて 手には竹刀を握っている。
どこまで体育会系なんだよ このセンコーはよ。

青木は俺のような奴らを目の敵にしてやがる。自分が善の塊だと思い込んでいるみたいに 正義の味方気取りだよ。頭を丸刈りにされた奴もいれば、校庭を走らされてぶっ倒れた奴までいる。教育だと竹刀を振りかざしては、俺の身体にも痣を作りやがる。青木もまた使えねーただのクズだ。 

「佐々木!!」

青木の横を通り過ぎようとした時に腕を掴まれた。またかよ…。

「あんだよ!!」

青木は俺を睨め返し、あからさまに顔を赤くして俺の返答に怒っていた。

来る

歯を食いしばると 竹刀が宙を切り俺の太ももに食い込んだ。
と同時にバキッと何かが割れる音がした。青木にも聞こえたのだろう、青木は俺のポケットに手を無造作に突っ込むと、ひびの入ったライターを引っ張り出した。
太ももの痛みを痛がる暇もなく 俺は職員室へと襟足を掴まれながら引きづられていった。


太ももの痛みよりも、ババァが呼び出されることに嫌気がしていた。
いつも通りペコペコするんだろ?
ババァの笑顔をこんな場面で見なきゃいけねーのかよ!
考えただけで あの嫌な感じが込み上げてきた。

ババァが来る前の職員面談室での青木のいやらしい笑みは 腹が煮えくり返る程だった。ババァが頭を下げた時にこいつに湧き上がる優越感を考えると余計にババァが腹立たしかった。


ババァは案の定笑顔で部屋の扉を開けた。
青木も気取りながら挨拶をし、しかしながらババァに厳格な重い空気を一気に乗せている。

マジむかつくんだよ青木!ババァに圧かけんなよ!!


「誠君がこれを…」
青木がコトッとライターを机に置いた。

ババァは笑顔だ。
「ライター…ですか?」

「これが何を意味するか、お祖母さんもご察しですよね?」

「ライター…ですねぇ」

「未成年の喫煙、まして教育の場でです」声を荒げて青木は放つ。


ババァの頭が下がる…


そう思った。
それ以外何も考えてはいなかった。

でも


違った。



ババァはニコニコしながら青木を真っすぐ見てこう言った。

「誠が喫煙をしていたんですか?」

青木の動きが一瞬止まる。
「いえ、喫煙している所は…しかしライターを所持していたら当然喫煙をしていると考えるのが当然でしょ!」

ババァはその笑顔を保ったまま いつもの柔らかな口調で言葉を続けた。

「先生。これはライターですねぇ」

微笑むババァを見て 青木の口がぽかんと空いている。


「子供も ライターも 可能性は無限大ですねぇ。
決めつけずに その可能性を引き出せる そんな大人でいたいものです。」

ババァがすくっと立ち上がり

「子供達の将来に

”痣”でなく、”明かり”を灯す事が出来る様に…」

小さな手で机上のライターをそっと青木に差し出した。

「このライターは 青木先生に差し上げましょうねぇ」



この時のババァの笑顔は、青木の持っている圧よりも

重く
強く

そして とてつもなく格好良かった



言葉を失って座る青木に ババァは
この日一度きりの頭を下げた。

「それでは ごきげんよう」と。



「ババァ…聞かねーのかよ?」

「ん?」

あっ、 また笑顔だよ

「ライターの事 聞かねーのかって言ってんの」

「誠…」

「あん?」

「アイス…食べて帰ろか?」

大嫌いだったババァの笑顔
でも今日 笑顔の中の強さを知った。

「ババァが食べたいんだったら…」

そういうとクスクス笑うババァの笑顔…


これからは真っすぐに向き合える…そんな気がした。





ーーーーーーーーーーーーーーー(1994文字)


この企画に応募させていただきます:)
ずっと書いてみたいと思っていたこの企画。やっとかけました:)ふふふ。

読んでくださり、ありがとうございました:)

七田 苗子



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