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キクラゲの白天と人生と私

『キクラゲの白天』を食べたことは、あるだろうか?

『キクラゲの白天』は、魚のすり身にキクラゲを刻んで混ぜ、
揚げ色を付けずに白く仕上げた平たい天ぷらカマボコのこと。
関西では大抵のスーパーで見られるが、関東では見かけたことがない。
醍醐味は何といっても、その食感。
ほんのり甘いすり身の味わいと、キクラゲのコリコリとした食感が、
とにかく絶妙である。

子供のころ、冷蔵庫を開けると『キクラゲの白天』が入っていることが
あり、見つけると私のテンションは上がった。
「お母さん、これ食べていい?」と袋から出し、手づかみでパクパク
つまみ食いするのが、一番おいしい食べ方だ。

この素朴で美味しい『キクラゲの白天』。
これがまさか、私の人生に大きく関わるようになろうとは、、、。

私は大学を卒業し、モデル業を本格的にスタートさせた。
初めて決まったレギュラーが、競馬のリポーター。
競馬の『け』の字すら知らない上に、レポーターも未経験。
とにかく必死だった。

トレセンの朝は非常に早い。そこで『愛駿寮』という報道陣宿舎に
前泊するのだが、水曜日に『追い切り』と呼ばれる大きな調教が
行われるため、私はいつも火曜の夜に泊まっていた。
起床は、夏場だと朝3時。取材が終わる9時頃には、お腹はペコペコ。
朝食が待ち遠しい。

「朝ごはんは何かな~。」
ワクワクしながら寮へ戻ると、食堂は大勢の記者さんで賑わっていた。
そっか。水曜の朝は一番忙しいもんな。
それでだろう、調理せずにそのまま出せる『キクラゲの白天』が
テーブルに並んでいた。
「やった~!キクラゲの白天!」朝早くから慣れない仕事を
頑張っただけに、ごはんがおいしい。
『キクラゲの白天』も、今まで食べた中で一番美味しく感じた。

次の週、取材を終えて食堂に入ると、また『キクラゲの白天』が更に並んでいた。
「え?先週食べたのに?」と一瞬思ったが、好物である。
美味しくいただいた。
その翌週、まさかと思いながら食堂へ入ると、またしても
『キクラゲの白天』が私を待っているではないか。

見た瞬間、本気で腹が立った。
先週、食べたよね?
その前も、食べたよね?
「なんでまた、キクラゲの白天やねん!」
とりあえずツッコミを入れて、しかたなく食べた。

瞬く間に一か月が過ぎ、新年を迎え、春が来ても、
水曜日の朝は『キクラゲの白天』が皿に並ぶ。
最初は嬉しかった『キクラゲの白天』が、今では大嫌いになり、
恐怖すら感じるようになっていた。

また今日も、『キクラゲの白天』だったらどうしよう?
「今日は、せめてゴボ天!」
祈りながら食堂へ入ると、二枚ずつ皿に並んだ『キクラゲの白天』が、
澄まし顔で私を迎える。

なぜだ? みんな、イヤにならないのか?
水曜日が一番忙しいのは見ればわかるし、
調理せず出せるおかずになるのも納得できる。
でもなぜ、『キクラゲの白天』でないといけないのか?
他にもっとあるだろう?
カマボコとか、ちくわとか、魚肉ソーセージだっていいんだぞ!

どこにもぶつけられない怒りを『キクラゲの白天』とともに飲み込み、
そのまま打ち合わせをしていると、食堂に大きな段ボール箱が届いた。
側面には、

『白天 キクラゲ』

と書いてある。

なんちゅう量やねん!!!!!

もう、絶対に無理ではないか!
ゴボ天の夢も、カマボコの夢も、魚肉ソーセージの夢も、
絶対に叶うハズないではないか!

よし。わかった。そっちがその気なら、大いに受けて立とう!
私は絶対に、『キクラゲの白天』から逃げない!

それからの私は、取材が成功した日も、失敗して落ち込んだ日も、
雨が降った日も、凍えそうに寒い日も、キクラゲの白天を食べ続けた。
私は『無』になって受け入れた。
そしてターフトピックスを務めた二年半、
ついに計200枚もの『キクラゲの白天』を食べきったのだ!

すり身の甘みとコリっとした食感が美味しい『キクラゲの白天』。
こいつを無くして、私の人生は語れない。


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