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②定住2年 2作目で最優秀賞受賞まで 丸太小屋編

島根県津和野町木部地区。
1975年ころ解体し更地となった劇場跡地に「丸太小屋」を作る。
同時に奥の納屋はシアターカフェに再建中。


2021年12月。クリスマスが過ぎたころ、シアター再建に向け「丸太小屋」工事がついに始まった。と言っても僕が一人で建てれるものではない。小屋組みは映画「想像と循環」の主人公となる「糸賀のおっさん」が建ててくれたのだ。この「丸太工法」は僕のたっての願いであった。東京都心育ちの僕にとって丸太の建造物はとても魅力的だった。2018年に移住したこの敷地は元々祖父祖母の家だが、二人が亡くなり裏山の木々たちが残された。「文化循環」を考えていた僕はシアターに併設する事を夢見、それを日々糸賀のおっさんに相談していたのだ。米作りの繁忙期を終えたころ糸賀のおっさんはついに腰を上げてくれるという朗報が入った。僕は喜び勇み心は活気づいた。

「農事組合法人おくがの村」の代表を務める糸賀盛人氏。
全国で初めて集落営農組織の法人化を成し遂げた人物でもある。
農業の手練れであり大工もできる。


初日の朝、僕を含めた4人の男で裏山に入る。僕はカメラ3台を準備し記録を始めた。2台は三脚定点、1台は手持ちで随時撮影の手法、という事で撮影時以外は僕も「木出し」作業に加わる。なんとも地元のおっさん達にとっては手慣れた作業だったが、しかしその誰もが林業ではない。田舎の「おっさん」ってすごいな、と実に関心せざるを得ない。10メーターほどの杉と檜を伐採、枝払い、フックで括りユンボで運搬、という流れなのだが、作業も中盤の頃アクシデントが起きた。なかなか高価なカメラがカメラバッグから落下しレンズを岩に強打したのだ。故障してしまったがスマートフォンで撮影続行し無事記録を終える事はできた。後に支払った高い修理代にため息が出たのを覚えている。それにしても手際の良い腕前、あっという間に作業が終わり美味いビールを流し込んだ。

ユンボと共に裏山に分け入る
見立てた杉の木を伐採
枝払いした木を現場へ運搬


2022年1月。年が明け木の皮むき作業が始まった。樹皮が付いたままだと害虫が付き菌が繁殖、木は腐朽していくのだ。地元の40代から70代の延べ10人ほどでひたすらむきまくった。因みにこの元気なおっさん達は小学生、中学生の頃、ここの旧劇場にこよなく遊びに来ている。地元の彼らにとってそれ自体は珍しい事ではないのだが、そんな彼らがこのシアター再建に加勢してくれているという事実。劇場は1965年ころ閉業しているので60年の歳月が経っている。その間、各々様々な人生や物語があっただろう。僕も同じだ。時を経て、孫ターンである僕の夢の構想と彼らの歴史の変遷が交差しめぐり合わさったのだ。なんとも感慨深い気持ちになった。

鉈や造林鎌を使って一心不乱に毎日皮をむく。
沢山の人が手伝ってくれ感謝が尽きない。
複式ショベルで地中に1メートルの穴を掘る。
支柱を突き刺す。
4本の支柱はコールタールが塗布されていてかつて電柱で使われていた。
廃材を再利用しつつ田舎に眠る資源の循環も常に考えている。
レベル等、慎重に計測する。
糸賀のおっさんはユンボとフォークリフトを巧みに操り小屋を組んでいく。
設計図は無い。

戦後隆盛を誇った旧劇場では映画上映と地芝居が夜な夜な開催されていた。過疎化した今では考えられないが、当時この一帯は大変賑わっていた町並みだった。どんな小屋ができるのだろうか楽しみで仕方がない。そして何より、田舎にある古きモノや資源。これらの文化循環の可能性をテーマに撮影は続いていく。

棟と母屋が建った頃、雪が降る。
奥では納屋のレノベーションも進めている。

時は2022年2月中旬。丸太小屋の完成が近づく中、僕の誕生日を祝うかのように雪が降った。この後はシアターカフェとなる納屋の本丸工事も待ち構えている。

「想像と循環」プロダクションノート
続きをお楽しみに!



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