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子育ては65点で上出来

例えば、「宿題しなさい!」と言われたら返って、やる気、が無くなって、「今やろうと思ってたのに」という小さな不満が湧き上がります。

人は、自分で決めたい生き物なのです。

どうして自分で決めたいのか、というと、
人が動く時の主立った原動力は、

ポジティブな力である、【純粋な興味、関心、好奇心】か、

ネガティブな力である、【恐怖心、反発心、怒り】の二種類であり、

人はポジティブな動機によって動く時には気分が良く、
ネガティブな動機に由来する行動は気分が悪い、のです。

野球の試合で、勝敗を分ける大事な局面で、打席に入る時、

よし、やってやる、という気持ちはポジティブで、

凡退できないぞ、はネガティブです。

よし、やってやる、には、自分を信じる喜びがあり、純粋に力が湧きます。

凡退できないぞ、には、追い詰められた悲壮感があります。

ポジティブはストレートに力が湧きますが、

ネガティブも追い詰められたからこその爆発的なパワーを秘めています。
火事場の馬鹿力、もネガティブパワーです。

ポジティブは湧き出した力が空回りして失敗しても、自分を信じた結果なので納得出来て、やり切った、最善を尽くした、という満足感を得られます。

ネガティブは、失敗したなら、後悔に沈みがちです。
成功した時に得られるのは、満足感では無く、窮地を脱したという安堵感です。


時間軸の話しをします。

私達が触れることが出来るのは、今、だけです。
脳裏に、過去がどんなに色鮮やかに蘇っても、
未来の予想がどんなに現実味を帯びていても、
それらは、私達の思考が生み出す、想念、であって、決して触れることは出来ません。
触れることが出来るのは、今、だけならば、
今、の連なりが人生である、と言えます。


ポジティブな気分である時、人は自ずと眼の前の事、今、に集中します。
よし、やってやる、と思った時は、自分を信じています。
結果という、未来、を恐れるでも、過度に期待を寄せるでもなく、自分を頼りに、今、を生きている、と言えます。

ネガティブな気持ちに支配される時、人は結果という未来に執着します。
凡退できないぞ、と思った時には、自分に疑いがあります。
凡退する、という失敗は許されないのですから、どうしても成功という未来に執らわれます。

触れることが出来るのは、今、だけであり、未来に執らわれるのは、今、を疎かにする、ということです。

今、が連なって人生を形作るのであるならば、今、を疎かにすることは、人生を粗末に扱うことになってしまいます。


「宿題しなさい!」は、子供の気力を削ぎ落とします。

子供から、選択権、決定権を剥奪する言葉です。

子供には自分で決めたかった、という無念が残ります。

親子関係に於けるパワーバランスは圧倒的に親が優位です。
つまり親に対する恐怖心が先ず有り、
今やろうと思ってたのに、という反発心も湧き上がります。
親に表しはしなくとも、その子は怒りを覚えます。

恐怖心、反発心、怒り、は、ネガティブな動機です。

ネガティブは気分が悪い状態です。

その子は、厭々、渋々、宿題に取り掛かりますが、
その子の、今、はネガティブで気分が悪い、今、です。


自分で選択した、今、ならば、事の成否に関わらず、自分で選び取った満足を得ます。

つまり、自分の興味、関心、好奇心を優先した選択はポジティブであり、その満足感、充実感、を感じる、今、を手にすることになります。


子育てにペーパーテストの様な正解はありません。

どんなに情緒が成熟した健やかな親であっても、必ず間違います。

時に子供の侵してはならない心理的領域にうっかり踏み入り、
時に子供の気持ちを汲み取り損ねて傷つけます。

例に挙げた、宿題、に限らず、気がつかないうちに、子供から選択の自由を奪い、親の要求を突きつけてしまうことなど幾らも有る筈です。

ずっと一緒に暮らすのですから、親と子は、ぶつかり、躓き、すれ違います。

ただそこに、尊重する心と、思いやる気持ちさえあれば、子育ては自己採点65点で上出来です。

親が間違っても、子供は尊重されていること、思いやる気持ちを受け取ります。


しかし、親が心理的に未熟であり、心の内に、自分は無価値だ、という思い込みを抱えていると、

子供を尊重することも、思いやることも出来ないのです。

過干渉な子育てが、その典型だと思っています。

過干渉な親は子供を過度に、心配、します。
心配した挙げ句、こうしなさいと、指示、します。
指示を子供が受け入れないと、説得、します。

過度な心配は、子供を信用していない証しです。
指示は、親の感情を子供に押し付けています。
説得は、子供から選択権を奪った上に、拒否権まで奪っています。


子供の、心のこと、の根っこは、親の心に伸びています。

親が子供を信用出来ない時、子供は自分を信じることが出来ない子になります。

親が感情を押し付けると、子供は自分の感情を見失います。

親が子供から選択の自由を奪ったら、子供は、純粋な興味、関心、好奇心を、悪いものだと思い込みます。


自分を信じられず、自分の感情を見失い、湧き出す興味、関心、好奇心を忌み嫌うその子は、

活き活きと、今、を生きることが出来なくなります。

その子の、今、の連らなりが、その子の人生です。

過干渉は、その子から、人生を奪います。


その子を一人の人として尊重できれば、

その子の心を思いやる気持ちをしっかり持っていれば、

子育ては、

自己採点65点で上出来です。


読んで頂いてありがとうございます。
感謝致します。


伴走者ノゾム


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