伴走者ノゾム@TSL/Tsubasa Spirit Laboratory

感じる・考える、のバランスを整え『生きづらさを手放す』ことを核に『軽やかに活き活きと生きる』をサポート。 TSL/Tsubasa Spirit Laborator代表、心理カウンセラー カウンセリングに関するお問い合わせ・お申し込み 📩tslnozomu@gmail.com

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最近の記事

他人が何と言おうと、ボクはキミがずっと大好き

生きづらさの最中に在る人は、変わりたい、と言います。 生きづらい自分を変えたい、と口を揃えて言います。 苦しんでいるのですから、変えたい、と思うのはよく解ります。 しかし、変わりたい、と思っても、 願っても、祈っても、 生きづらさを手放す事からは、離れてしまいます。 何故でしょうか? 変わりたい、という事は、今の自分を否定する事だからです。 生きづらさ、は見る角度によって様々な見え方をしますが、 言えるのは、生きづらい人で自分を大好きな人は居ない、という事です。

    • 活き活きと生きる為の唯一の方法

      悩みや不安に費やす時間は出来る限り短くしましょう、というお話しです。 それが出来ないから苦しんでいるんじゃないか、と言われてしまいそうです。 でも、出来ない、と決めつけているのは、悩みや不安にいつも捕まってしまう自分自身です。 出来ない、という決めつけを止めない限り、悩みや不安は失くなりません。 そもそも、悩みや不安に捕まってしまう人は、 捕まってしまう、と言うよりも、悩みや不安に自らしがみついている、という事に先ず気がつかなくてはなりません。 夫に対する不平不満ば

      • この子への最高のプレゼント

        人という生き物は元来、 自発的でありたい生き物、 なのだと思っています。 誰かに強要されて起こす行動や、 何かに追い立てられて起こす行動には、 いつも、不本意な思い、が付き纏います。 勉強しなさい、と言われて勉強するのと、 何だかやる気がみなぎって、やり出した勉強とでは、 充実感、没入感、達成感、満足感、などの全てに於いて、 雲泥の差が有る事を身を持って体験した人も多いのではないでしょうか。 どうやら人は、自分で決めたい、らしいのです。 私は記事中で度々、人が人

        • 自分を責める人、他人を責める人

          自分を責める人もいれば、他人を責める人もいます。 自分を責める事が固定化されている人は、周囲の他人から見ても、 たとえば、自信無さ気に見えたり、引っ込み思案な人に見えたり、弱気な印象を与えがち、です。 少なくとも、人付き合いが得意な人、という印象を持たれる事は無い様に思います。 対して他人を責める事が、生きる上での基本姿勢になっている人もいます。 そういった人は、好戦的であり、強気な印象を他者に与える事が少なく無いでしょう。 現れ方は、両極端とも言える程に違っていま

          譲ってしまう人の心理

          やたらめったら他人に譲る人がいます。 生きる基本姿勢が、譲ること、になってしまっています。 譲ること、が良く無い、ということでは勿論ありません。 自分を大切にした上で、他者を思いやり、時に譲ることは、尊いと思います。 けれども、生きる基本姿勢が、譲ること、になっている人のそれは、自分を大切にした上で他者を思いやる、という事からは、かけ離れている様に思います。 深掘りすれば、その人には、これは譲れない、という、芯、の様なものが無いのだと思います。 自分の中に、芯、が

          軽やかに生きる為に持つべき視点

          人間関係を難しくする最大の要因は、他者に対する過大な期待、だと思っています。 他者に全く期待しない事が良い事だ、などとは思っていませんし、 常に他者に寄せる期待が適切な人は、おそらく居ないのではないか、と思っています。 親しくなれば、その人に対する期待が高まるのは自然な事だと思うのです。 ただ、取り巻く人間関係が良好である人は、 他者に寄せる期待が、概ね健康的な範疇に収まっています。 それは、とりもなおさず、自分が相手に過度な期待を寄せていないだろうか、という視点を持

          軽やかに生きる為に持つべき視点

          その子が自由に翔ぶ為の翼

          興味があるからやってみる、 関心があるから取り敢えず始めてみる、 好奇心を刺激されて行動に移す、 人生を活き活きと生きる推進力は、純粋な興味、関心、好奇心、だと思うのです。 興味、関心、好奇心に基づいて行動した時、結果の成否に関わらず、行動を起こした時点で既に、ひとつ満足を得る事が出来ます。 自分の内側から湧き上がる欲求に従って行動を起こした事に喜びを感じます。 勿論、行動を起こすからには成功を目指しますが、成功を目指すプロセスから既に喜びは始まっています。 プロセ

          その子が自由に翔ぶ為の翼

          大切な人を失うとき

          生きづらさの最中にある人の多くが口にする典型的な言葉が幾つかあります。 たとえば、生きづらさを抱えたまま母親になった女性で、 「私は毒親でしょうか?」 と言う人はとても多い、と感じています。 或いは比較的若い人ならば、 「誰も解ってくれない。」 と言う人も少なくありません。 同じ類いの言葉を発しても、人の心は其々に違っていて、 その人の背景も、心情も、生きづらさも、その人独自のものであり安易に、同じ生きづらさ、である、と括ってしまう事は、避けなくてはなりませんが、 発

          一番の理解者は自分自身

          親から肯定的な態度で育てられるか、それとも否定的な態度で育てられるかは、 その後のその人の、物事の捉え方、見方、感じ方、を大きく左右します。 肯定的な態度で、無条件に受け容れられる幼少期を過ごした人は、 たとえ何かに失敗してしまったとしても、 失敗と自分の価値は無関係であり、価値が脅かされないからこそ、失敗は失敗という出来事として認める事が出来ますし、 失敗から学び、反省する事はあっても、失敗した自分を責め苛む事はありません。 ところが、常に否定的な態度で、子供の感情を蔑

          孤独の達人

          仏教で言う、四苦、とは、生老病死、です。 人は生まれる場所や条件を選べません。 人は必ず歳をとり老います。 そして病気にもなります。 やがて寿命がくれば死に至ります。 仏教では、この四つが人間の根源的な苦しみであると説きます。 根源的な苦しみは、誰かが解決してくれるものでは勿論なく、 自分自身で一つひとつ受け容れて行くものだと思います。 その意味に於いて、人は群れる生き物でありながら、根源的には孤独な生き物である、とも言えます。 生きづらい人が、生きづらさを抱

          感情と思考が人生を創る

          思考に気をつけなさい、それはやがて言葉になるから、 言葉に気をつけなさい、それはやがて行動になるから、 行動に気をつけなさい、それはやがて習慣になるから、 習慣に気をつけなさい、それはやがて性格になるから、 性格に気をつけなさい、それはやがて運命になるから。 マザー・テレサの言葉です。 マザー・テレサについては、色んな噂まで含めると、様々な見方をする人が居る事は確かですし、 私自身がマザー・テレサを深く知っている訳ではありませんから、 その存在について、どうこ

          彼女は信じたい、だから試さずにはいられない

          生きづらい人自身を苦しめ、周囲の人を巻き込む思考の癖、行動のパターンは幾つもありますが、 代表的なものとして、試し行為、が挙げられます。 文字通り相手を、試す、訳です。 たとえば、男性が告白をして、女性がOKして付き合い始めたとします。 すると、付き合い始めた途端に、女性の態度が急変します。 それまでは、仲のいい友人として、そしてここ暫くの間は、友達以上、恋人未満の間柄で楽しく過ごして来ました。 そして男性は満を持して、告白し、恋人同士になりました。 男性は楽しい

          彼女は信じたい、だから試さずにはいられない

          人はちょっぴり寂しい生き物

          生きづらい人の多くが子供の頃から、寂しさと連れ立って生きて来たのではないか、と思うのです。 一人で居ても寂しい、誰かと居ても寂しい、大勢で騒いだとしても心の中は満たされない、 そんな気持ちと馴染みのある、生きづらい人は沢山居る事と思います。 心は10人居たら10通り、100人居れば100通りの心があります。 あなたはこんな心境ですね、と決めつけるつもりは無いのです。 しかし、生きづらい人の根底には、寂しさ、は必ずあると思っています。 何故なら生きづらさを抱えるに至

          人はちょっぴり寂しい生き物

          向けられた好意や厚意に敵意を返す人

          幼少期に徹底的に、自分の価値、を打ち砕かれた人の思考と行動のパターンは、概ね二手に分かれます。 そしてこの二つのパターンを行ったり来たりする、という不安定な精神状態が常態化します。 自分には価値が無い、と感じているから、相対する他者に迎合するパターンと、 自分には価値が無い、と感じているからこそ、その無価値感を覆い隠す為に、相手に対して、こと更に高圧的、好戦的、支配的な態度に出るパターンがあります。 根底にあるのは、自分には価値が無い、という思い込みです。 根底にあ

          向けられた好意や厚意に敵意を返す人

          感じ尽くすとき、目に映る景色は彩度を増す

          生きる中で人は、様々な気づきを得ます。 生きづらさを抱えて生きて、その生きづらさを手放した経験を持つ人であれば、 一つひとつの気づきが、自分の血肉となる感覚をきっと強く感じる事と思います。 生きづらさとは、見方によって、切り口によって、様々な表現が出来ますが、 心に、確固たる【自分】が育っておらず、人生がまるで他人事の様に思える状態、と表す事が出来ます。 確固たる【自分】は、感情を感じ取る、主体、であり、 いわば人生の主役です。 その主役が不在であれば、感情を感じ取

          感じ尽くすとき、目に映る景色は彩度を増す

          別れが教える、心のことのグラデーション

          誰の人生にも、出会いと別れは必ずあります。 たとえ、どんなに社会と断絶する様な暮らしをしていたとしても、 どんなに他人を避けて生きて来たとしても、 この世に生まれ落ちたその時に、少なくとも、母親とは出会います。 という事は生涯を通じて、出会いと別れを経験しない人は居ない、と言う事が出来ます。 本記事では、その万人が必ず経験する、出会いと別れ、の、別れ、について考えてみたいと思います。 別れに際しては、心が揺れます。 揺れるだけに、普段気がつかない感情が零れ落ち、

          別れが教える、心のことのグラデーション