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NAK &ひーちゃん
2023年8月27日 22:07
〜 目次 〜少年不毛の地洞窟胎児・胎内14才の少年7年分の涙老人・お父さん差異魂手紙書道教室時間失明暗闇目覚め境目に在る魂苦難動き始めた時間・赤ん坊魂の解放再会〜 解説 〜◉《魂の織りなす旅路》の成り立ち◉タイミングを大切に◉五感で読む
2023年8月27日 22:02
【少年】 少年は自転車カゴに長靴を放り込むと、颯爽とペダルを漕ぎ始めた。このままどこまでも気の向くまま自転車を走らせよう。 ぼくは自由になる。 昨夜から今朝にかけて降っていた雨はやみ、その名残りがかすかにアスファルトを滲ませている。空は青く雲ひとつない。快晴だ。 少年はペダルを踏む足に力を込めた。軽やかに回転する2本の足が、少年を既知の風景から未知のそれへと誘(いざな)ってくれるだろ
2023年8月27日 22:17
【不毛の地】 「ほれ、起きれ。ほれ、行くぞ。」 重たい瞼を開けると、浅黒い皺くちゃの顔がこちらを覗き込んでいる。驚いた僕は身をよじり、咄嗟にこの見知らぬ男から離れようとした。 「話はあとやね。もう出発しなきゃなんねぇ。ほれほれ、起きれ。」 男が僕の腕をつかむ。腕を引っ張られた僕は、よろめきながら立ち上がった。何か言おうとしたものの、乾燥した上唇と下唇が張りついて上手く喋れない。
2023年8月28日 17:25
【洞窟】 陽が傾いてきたせいか、あんなにも痛かった陽射しは弱まり、急激に寒くなってきた。薄い布を一枚纏っているだけの僕は、ブルッと身震いする。 「寒いかや? そらそうやねぇ。寒いに決まっとるやねぇ。でもほれ、あすこの山。あの崖下に着いたらあったかいやね。」 歩き始めたときは小さな点でしかなかった岩が、今は巨大な山として目の前に聳えていた。緑に覆われた山頂は平らかに広がり、ここから見える
2023年8月29日 09:47
【胎児】 胎児は見えない夢をみる 見えない母親の夢をみて 見えない父親の夢をみる 見えない母親に波長を合わせ 見えない父親に波長を合わせる そうして 見えない羊水に身を浸し 見えない羊水に身を溶かした胎児は 始まりの者と一体になる【胎内】 私は私に境界線があることを知らなかった。 無限に広がる胎内は、たくさんのさまざまな波動で満ちていて、私はこれら
2023年8月29日 19:22
【14才の少年】 少年の目はどこも見ていない。隣室で寝ていた両親が土砂に巻き込まれた日、少年の時間は動きを止めた。 母親の遺影を持った少年の横に、父親の遺影を持った伯父が立つ。弔問客を前に挨拶する伯父の声は、少年の耳には届かない。少年は静寂に耳を傾け、暗闇に身を沈めていた。 以来、少年は伯父の家から学校に通っている。励まし寄り添ってくれていた友人たちは、無口で無表情になった少年からひとり
2023年8月30日 12:25
【7年分の涙】 「こんにちは。」 大学図書館の裏庭で本を読んでいた僕は、頭上から降ってきた突然の聞き慣れない声に驚き、体をビクリと痙攣させた。 「驚かせてごめんね。あなた、いつもここで本を読んでいるでしょ? ずっと気になっていて。思い切って声かけちゃった。」 本から目を外した僕は、彼女の人懐っこい笑顔にどぎまぎしながら、ぎこちなく答える。 「ここは人気がなくて静かだから。」
2023年8月31日 06:31
【老人】 その老人は目が見えない。老人はソファーにもたれ掛かると静かに瞼を閉じ、追想に身を委ねた。 「お父さん、あれに乗りたい!」 赤い風船を持った娘が、父親の服の裾を引っ張った。父親は娘の手から風船を受け取り、空中ブランコ乗り場へと娘を送り出す。 今日、娘は何度このブランコに乗るだろうか。父親は近くのベンチに腰をおろし、回転しながら舞い上がっていく娘を眺めた。満面の笑顔で手を振る娘
2023年9月1日 05:24
【差異】 誰もが差異を抱えて生きている。差異を抱えたまま人と繋がり、差異を抱えたまま己の人生を選択する。 私にとって、そうした差異から距離を置く時間はとても大切で、いつも穏やかで静かな場所を探している気がする。たとえば、この喫茶店のこの片隅の席。店内には穏やかな曲調のクラシックが抑えた音量で流れていて、空いているときは自分だけの時間に身を浸すことができる。 カランコロン。喫茶店のドアが開
2023年9月2日 06:57
【魂】 老人は閉じていた瞼を静かに開き、その何も映し得ない瞳で妻を見た。今日の風は柔らかいねと妻が言う。今日の風は柔らかいねと、老人は頭の中で何度も何度も反芻する。そして、居間のソファーから立ち上がると縁側に向かった。 縁側の籐椅子に腰を掛け、水音に耳を傾ける。竹筒から水鉢へと流れ落ちる水の音。この家を購入したときに、妻の希望で置いた水鉢だ。 2人でこの籐椅子に座り、この水音をBGMによく
2023年9月3日 18:15
【手紙】 あのときはどうもありがとう。君のおかげで動揺した僕は落ち着くことができた。帰国しなければ後悔していたに違いない。父はあれから2ヶ月頑張ったよ。短い期間ではあったけれど、僕は僕なりにできる限りのことを父にしてやれたと思う。 父は僕の帰国をとても喜んでくれた。悪いなと言いながら、嬉しさを隠し切れないんだ。母は大丈夫なのにと言いながら、何につけても僕を頼ってくれた。 父の死は穏やかなも
2023年9月4日 12:29
【書道教室】 「また明日来てもいい?」 「もちろん!待ってるね。」 茜は腰をかがめた私にぎゅっと抱きつくと、嬉しそうにスキップしながら帰っていった。 この書道教室に、丁寧なお辞儀をして帰っていく子どもは1人もいない。師匠はそういう儀礼的な所作が大嫌いなのだ。ひとつくらい型のない場があってもいいだろうと師匠は言う。 ここでは己の本質と向き合うことが求められる。そのためには本質を閉じ込
2023年9月5日 19:03
【時間】 炎の変幻自在な動きに、魂の波動が共鳴する。この波動が身体のあらゆる組織を振動させると、私は物質世界からの解放を感じて恍惚となる。 本当は、休日のたびにひとりキャンプがしたいのだけれど、女性のひとりキャンプは危険がつきものだ。危険を回避するために、キャンプ場で人の多い場所を選ぶなど本末転倒なので、休日のたびにとはいかないけれど、私はグランピングを利用している。 「これは夜にお勧め
2023年9月6日 12:28
【失明】 見えるはずの機能を持ったこの目は、僕に何も見せてはくれない。 最初は見えにくく感じる程度で、年のせいだろうと思っていた。ところが、ほんの1、2ヶ月で目に映るものが加速度的に霞んでいく。さすがにこれはおかしいと病院へ行くことにした。 複数の病院に診てもらったが、異常は見つからなかった。どの医師も首を捻るばかりだ。それでも視力は診てもらうたびに落ちていく。 視界のぼやけがひどく