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私は、アイデンティティを持っているか?

昨日、SNSを通じて友達になった方と、自分の意志や信念を持つということは、自分のアイデンティティを持つという事、つまり「自分は何者で、どうして生きているか」のベースを持っている、ということを話しました。

と話したみましたが、「はて、私自身のアイデンティティとは何か?」改めて考え直してみました。

手元にある国語辞典を開くと、「アイデンティティとは、【同一性】すなわち、他のものではないという状態のこと、あるいは、そのような同一性の確立の拠り所となる要素のこと」と記載されています。

海外の方は、アイデンティティを明確に持っている人が多いです。これは、大陸で周りを他民族に囲まれ、他のものとは違うことを常に認識しているから。もしくは、信仰している宗教に同一性の確立の拠り所としているからでしょうか。

翻って、日本人の場合、海によって隔絶された島国ということもあり、他民族との比較機会は少なく、無宗教に近いほど宗教を拠り所とはしていない。

そして、「調和」を重んじ、他のものと違うことを嫌う環境は、アイデンティティを持ちにくいのでしょうか?

私は、他人と調和を保つために、「アイデンティティ」を捨てるべきとは思いません。

調和とは、他人に迎合するということではなく、自分のアイデンティティをベースに、自分の意志や意見を表明しつつ、他人の意志や意見を聞き、調整することと認識しています。

私は、アイデンティティを持っています。

それは、年々加わる要素によって変化しています。10年後、自分がどういう「アイデンティティ」を持っているか、知るのが楽しみです。

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