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【料理エッセイ】はじめての全身麻酔手術で親知らずを抜いてきたんだけど、入院中の病院食が美味しかったよ

 人生初の全身麻酔手術を受けてきた。親知らずを抜くためだった。最初、近所の歯医者さんで、

「これはダメですね。全身麻酔手術で抜きましょう」

 と、言われたとき、めちゃくちゃビックリした。素直に怖いとこぼしてしまった。まったく子どもじゃあるまいに。でも、我慢ができなかった。

 先生は優しく、わたしの親知らずが複雑な生え方をしていること、スムーズに抜くためにはちゃんとした設備が必要なこと、そのためには大きな病院で治療した方がいいことを教えてくれた。また、放置しておくことで炎症が起き、後々、しんどい可能性があるとも。

 なるほど。それなら仕方ないかと納得はできた。相変わらず、怖くはあったが、いずれやるならいまやるべき。

「では、よろしくお願いします」

 気づけば、頭を下げていた。

 大きな病院の紹介状を書いてもらった帰り道、ネットで「親知らず 全身麻酔」で検索。いろいろ調べた。サジェストの一番上に「死亡」と出てきて、頭が真っ白になった。結果、見てみたら不安で調べる人をターゲットにした宣伝ページばかり。実際の死亡例はひとつも出てこないので、逆に、安心したりした。

 そんな中、全身麻酔で親知らずを抜いた人たちの体験レポが出てきた。

 勇気をもらった。他にも病院の口コミサイトだったり、掲示板の書き込みだったり、かなり夢中で読み漁った。皆さん、ケース・バイ・ケースの経験をしていて、どこまで参考になるかはわからなかったけれど、最後には必ず無事終わるので、おおむね心は救われた。

 なので、手術が無事終わった暁には、ぜひとも自分も記録を残したいと思った。そして、いま、わたしはこの記事を書いている。

 まず結論から、わたしの場合、全身麻酔はかなり楽だった。

 今回、わたしが全身麻酔で抜いたのは左側の上下を2本。抜歯自体は十分ほどで終わったらしい。

 なお、右側の上下2本については近所の歯医者で普通に抜いてもらった。と言っても、そちらも複雑な生え方をしていたせいで、2時間を要する面倒な手術ではあった。砕いたり、削ったり、引っ張ったり。ずっと工事中みたいな音が鳴り響くのを聞き続けた。途中、麻酔が切れたりもした。終了後、わたしも術者の先生もヘトヘトに疲れ果てていた。

 こんなことなら、4本全部、全身麻酔で抜いておけばよかった。そんな風に思ってしまうぐらい、いまは全身麻酔のメリットを感じている。

 しかし、直前まで怖くて怖くて仕方なかった。手術の2週間前に精密検査を受けたときも、そこから過ごす日常も、手術前日から入院し、部屋で横になっている間も、心臓はドキドキ、ヘビメタを演奏していた。

 楽しみは食事だけ。入院は朝10:00からだったので、いきなりお昼ご飯が提供された。

 病院食ってさぞや味気ないのだろうと思っていたが、まさかのスタミナ炒めでご飯が進んだ。美味しい! 美味しい!

 その後は口腔外科で同意書にサインし、シャワーを浴びるだけ。とにかく暇で持ち込んだ本をたくさん読んだ。文庫本、三冊を読了し、こんなに集中できたのはいつぶりだろうと喜んでいたら、18時過ぎ、夕飯が届けられた。

 またしても美味! そして、気付かされる。普段、わたし、おかずを作り過ぎているかも、と。これが健康にいい食事なんだとしたら、調理方針を変えた方がいいのか、なんてことを考えながら、もぐもぐ、丁寧に味わった。なにせ、手術前日の21時以降、手術が終わるまでなにも食べられないというのだから。

 ちなみに手術予定は15:30。間食は禁止されていないし、ギリギリで最後の晩餐を詰め込んでおこうと院内のコンビニへ向かった。そして、シュークリームを手に入れた!

 このとき、隣では院内で働いている方々がカップ麺だったり、お弁当だったりを買っていた。羨ましいなぁと思う反面、みんなの健康を守るため頑張っている人たちがジャンクな食事しか取れない激務っぷりに、そこはかとない疑問を感じた。

 部屋に戻って調べたところ、いま、医師の働き方改革が進められているらしい。NHKが千葉大学に勤めるお医者さんの1日を紹介する動画をYouTubeにアップロードしていた。いつ身体を壊してもおかしくない過労に心が痛くなった。

過酷な労働実態…医師にも「働き方改革」で患者にはどのような影響が? [首都圏情報 ネタドリ!] | NHK
https://www.youtube.com/watch?v=NGfGKgYwS-k

NHK「首都圏情報 ネタドリ!」

 二泊三日の入院で、人生についていろいろ考えさせられた。わたしは親知らずを抜くだけだけど、他の方々は命に関わる病気を治すために戦っていた。

 ここはよく使う駅の近くにある病院。前なら何度も通ったことがある。でも、その中がこんな風になっていたとは。まったく知らなかった。

 まず自分の健康についてもっと気を遣おうと思った。データの可視化が重要らしい。その場で体重計と血圧計を買った。次に、人のためになにかしたいと思った。寄付先を探した。参加できるボランティアはないか探した。気づけば夜十時。消灯。普段よりかなり早い時間だったけれど、ぼんやり眠った。

 朝五時半に起床。六時以降は水を飲むことも禁止されていたので、最後の水をいっぱい飲んだ。一杯ではなく、いっぱい。(ただ、飲み過ぎちゃダメと言われていたので、2杯で止めておいた)

 朝食はなし、脱水防止の点滴がつながれた。エコノミー症候群防止のストッキングを履き、順番が来るのをひたすら待った。

 さあ、今日も本を読むぞ、と息巻いていたけど、さすがにそわそわ落ち着かなかった。全身麻酔ってどんな感じなのんだろう? 記憶が飛ぶって聞くけど本当なのかな? ちゃんとわたしは目を覚ませるのかな? 次から次へとクエスチョンマークが頭に浮かび、活字の意味が入ってこない。仕方ないので、Xを開き、流れるつぶやきをぼんやり追って、気を紛らした。

 ちょうど、その頃、東海オンエアのしばゆーが大変なことになっていた。秒単位に更新されるポストをひたすら眺めた。しばゆーの意図した形ではないかもしれないけれど、あの連続投稿にわたしは相当元気づけられた。

 そんなわけで、

「これから手術です」

 と、声をかけられたとき、もう時間なのかと驚いた。点滴のガードルを持って、キャップで髪の毛を隠し、看護師さんに先導されるまま手術室へと移動。ドラマや映画でしか見たことないようなガチな空間を目の当たりにして、いよいよ始まると緊張がピークに達した。

「横になってください」

 ガチガチな身体を手術台に横たえる。酸素マスクみたいなものをはめられる。

「吸入の麻酔です」

 あ、もうスタートしていると思った直後、

「点滴でも麻酔を入れていきます。すぐに眠くなりますよ」

 と、説明され、「はい」と答えようとした瞬間、目の前が真っ暗になった。

 次、目を開けたときには名前を呼ばれ、

「終わりましたよー」

 と、言われていた。本気で意味がわからなかった。北野武監督『キッズ・リターン』の名セリフ「バカヤロー、まだ始まっちゃいねぇよ」が口を突いて出そうになった。でも、うまく呂律が回らないところから察するに麻酔が効いているのだろう。

 舌の先で親知らずがあったところを触る。なにもない。これでだいたいを察した。

 ベッドに載せられ、部屋へと運ばれている間、看護師さんとおしゃべりできた。

「痛いですか?」

「そんなには。どれくらいの時間が経ったんですか?」

「一時間ぐらいですね。抜歯自体は十分ほどだったそうです」

「えー。目を閉じて開けただけなのに。麻酔で寝ている間って、普通の睡眠と同じなんですか? つまり、今日の夜、眠れないんじゃないかなぁって」

「うーん。どうでしょうね。ただ、手術でお疲れになっているはずなので、眠くなると思いますよ」

 実際、それはその通りだった。術後、熱を測ると三十八度近くあった。血圧も高かった。人工呼吸器が挿入されていたせいか、鼻と喉が痛かった。記憶はまったく皆無だけれど、この身体はちゃんと手術を受けたみたいだ。

 さて、ここからが大変らしいと気を引き締め直した。皆さんの体験レポを読む限り、抜いたところがズキンッズキンッなるとか、顔がパンパンに腫れまくるとか、しんどいのは術後らしく、前々からけっこうビビっていた。

 でも、運よく、覚悟していたトラブルは起きることなく、お腹をぐーぐー鳴らしつつ、三時間の安静タイムを平和に過ごした。

「いいですね。夕食にしましょう」

 看護師さんのチェックが終わった。口も大きく開くし、痛みもないし、焼肉だって寿司だって、なんでも食えるぜ! って気持ちで久々の食事を待ち望んだ。そして、目の前にこれが置かれた。

 ディストピア飯!

 いや、まあ、そりゃそうなのだ。事前にそう言われてもいたし。こちらが手術を終えた興奮で勝手にお祝いモードになっていたから戸惑うだけで、これすら食べるのが困難な可能性だって、十分にあったのだ。

 ただ、ねえ。

 これほどとはねえ。

 参ったなぁ。

 ぶっちゃけ気落ちしながらも、ほぼ丸一日なにも食べていない空腹感は放ったらかしにできない。仕方なしにスプーンをつかみ、恐る恐る、謎の灰色を口に運んだ。

 すると、なんてことでしょう!

 めちゃくちゃ美味しい!

 メニュー表を見ると、この灰色は里芋のペースト。絶妙な味付けが施されていた。白身魚の練り物も柔らかく、甘酢餡と相性抜群。ただのお湯にしか見えない汁物はイワシの出汁がふんだんに効いて、水筒で持ち運びたいレベルの傑作だった。お粥にしたって、海苔の佃煮がついていたので飽きることなく食べられた。

 いやはや、見た目でネガティブな印象を持ってしまった自分が恥ずかしい。あっという間にすべてを平らげてしまった。

 手術を担当してくれた先生が見回りに来て、完食しているなら大丈夫でしょう、ってことで点滴は抗生剤を落とし切ってから外せることになった。すごく痛いわけではないけれど、地味にストレスだったので嬉しかった。そして、そのまま眠りについた。

 朝、看護師さんの回診で起こされた。やっぱり身体は疲れていたのだ。ぐっすりと眠っていた。

 一晩経っても、熱と血圧は異常なし、術後の経過も良好ということで午前中にも退院できるだろうとのこと。

 朝ご飯。

 またしてもお粥だけれど、案の定、美味しかった。毎食、管理栄養士さんが栄養面や美味しさ、コスト、季節の楽しみなど、様々な要素を踏まえてレシピを考えているのだろう。改めて、病院にはすごい仕事をしている人がたくさんいるんだなぁ、と思い知らされた。

 食後はレントゲンを撮り、最終チェックを済ませ、薬を受け取り、会計を済ませた。本来だったら三割負担でもけっこうな金額になるのだが、高額医療費制度のおかげで最低限度の支払いで済んだ。本当にありがたい。

 ちなみに、むかしは高額医療費制度を使うとき、加入している保険の種類によって申請方法がややこしく大変だった。わたしも10年近く前に入院したとき、めんどくさいなぁって思ったものだ。でも、いまはマイナンバーカードをかざすだけ。いろいろ問題は指摘されているけれど、便利だなぁと素直に感動した。

 さて、以上がわたしの全身麻酔で親知らずを抜いてきた記録である。誰かの役に立ったらいいなぁとカッコつけつつ、内心、自分のホッとした思いを表現したいだけ。あれこれ長々書いてしまった。

 でもね、マジで怖かったんだよ、全身麻酔。

 終わってみればなんてことないから、あの震える感じをわたしはすぐに忘れてしまいそう。ただ、手術を受けるって、命にかかわらない親知らずでもこんなに不安なんだってことは忘れたくなくて、記憶が鮮明なうちに感じたままを勢い任せに綴っておきたかったんだ。

 一応、これから糸を抜いたり、傷口の様子を確認したり、病院に通わなくてはいけないらしい。そういう意味では終わったわけではないのだけれど、ひとまず、全身麻酔手術が必要と言われてからの3ヶ月、モヤモヤと続いた不安は綺麗に解消されたので、取り急ぎ、めでたし、めでたし。

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