見出し画像

『心のままに』~「3月30日は世界双極性障害デーです」 皆、離れてしまう。こんなに人をバカにした病気はない。~


※精神疾患をお持ちの方へ。もし読みづらい場合はGoogle翻訳のページの「テキスト入力欄」に記事の内容を少しずつコピペして、下のスピーカーマークを押すと音声で聴くことができます。もしよろしければご利用ください。


01.登場人物の紹介


ジョーンズ・・・主人公。双極性障害をもつ。過去にエレンという恋人がいた。

エリザベス・・・精神科医。ジョーンズの主治医。

ハワード・・・大工職人。ジョーンズの親友となる。

スーザン・・・ジョーンズと街で出会った女性銀行員。

アマンダ・・・若い精神病患者。

Dr.パトリック・・・エリザベスの同僚医師

Dr.キャサリン・・・エリザベスの上司の精神科医


02.はじめに


この作品は「双極性障害」(双極症/躁うつ病)を患った男とその女主治医の物語です。

双極性障害という病はうつの状態と躁(ハイになる)の状態が一定期間ごとに入れ替わる病気です。

「うつ病相」ー「躁病相」、「躁病相」ー「うつ病相」の間は健常者と何も変わらない「寛解期」と呼ばれる時期にあるか、またはうつっぽいのに躁の症状もある「混合状態」になる患者さんもおられます。

躁病相に入ると、陽気になり、自信に満ち溢れ、自分は何でもできるという万能感につつまれます。

多くの事をしゃべりたくなり、頭の中に次々とアイデアが生まれてきます。

自分が重要人物だと思い込み、とにかく楽しくて愉快な気持ちになります。

一晩くらいなら寝なくても平気になります。

ですがその会話は思いつきが多く、支離滅裂だったりします。

容易に怒りっぽくなったり、落ち着きがなくなり、時には暴言を吐くこともあります。

急に金遣いが粗くなり、性的なことへの興味が高まったり、ひどい時には妄想や幻想が現れます。

辛いことに本人には自覚が無いんですね。

躁の病相が終わると自分がやってしまったことを後悔して自責の念に苦しみます。

職場では同僚や上司、取引先との関係がこじれたりして、退職せざるを得なくなります。

家庭では暴言や思いつきの行動、多額の借金をしてしまったりして、家族との関係が悪くなり、最悪は離婚や絶縁にいたります。

そうしてこの病気は患者の社会的な信頼や財産そして、大切な人を奪っていきます。

一方でうつの病相になると精神的なエネルギーがなくなり、何をするにも「おっくう」になり、涙が止まらず、別人のように何もできなくなります。

トイレにすら行けないほど、気力と体力が奪われてしまいます。

ひどくなると「希死念慮」と言われる死にたい、消えたいと思う気持ちから抜け出せなくなり、幻聴や幻覚が見えることもあります。

躁の状態がひどければひどいほど、のちに来るうつの状態もひどくなります。

こういった気分の波が数年単位で訪れます。

よりひどくなるとラピッドサイクラーと言われ、段々とその周期が早くなります。

非常に簡単ではありますが、以上がこの病気の症状です。

もう少し詳しい症状は作品の中でお伝えしようと思います。

多くの精神障害の中でも、圧倒的に自死を選んでしまう方が多い病気です。

それは患者全体の19.4%にもなる高い数字です。

この数字がこの病の恐ろしさを物語っています。

うつ病患者の10人中1,2人はのちに双極性障害と診断されるようです。

患者本人にとって、病気そのものの「痛み」はとても苦痛なものです。

そして何よりも辛いのは「親しくしていた人たちが離れていくこと」

または「迷惑をかけまいと自分の方からその人たちのもとを去っていくこと」です。

これがこの作品のテーマでもあります。

このような症状を抱えて生きている主人公のジョーンズ。

それでは作品に移っていきたいと思います。


03.陽気な男


映画の冒頭シーンです。

若者たちがロードバイクで気持ちのいい噴水の水しぶきがあがる公園を、颯爽と走っています。

彼らを追いかけるように、一人の中年の男が自転車で追いかけます。

また別のシーンです。

女性が朝、目覚まし時計で起こされ、髪を整え、服を選びます。

この女性に恋人らしい人から電話がかかってきて、デートの約束をします。

『衝動』という言葉がふさわしい、気持ちのいいオープニングです。

その男は新築の家の工事現場にやってきました。

ジョーンズ:「誰かいるかい?」

現場監督:「押し売りはお断りだよ」

ジョーンズ:
「いや、大工だよ」

「新聞広告で見たんだよ」

現場監督:「あの口はもうふさがったよ」

ジョーンズ:
「断ると悔やむぞ」

「僕は2人前の仕事をこなす腕なのに」

現場監督:「そうか、天才なんだな」

ジョーンズ:
「天才?その発音って...」

「きみは東部出身だな?ニューヨーク州?シュラキュースかい?」

現場監督:「ビンガムトンだ」

ジョーンズ:
「ほらね。ほとんど当たり!」

「1日目は無料で働く。2日目は2日分の日当。3日目は僕が監督」
「1日だけ、お願い!」

現場監督:
「しかたがないな。1日だけだぞ」

「屋根へ行ってくれ」

現場監督:「だが、よく当てたな」

陽気で人懐っこいこの男に現場監督も心を許すんですね。

彼は無邪気な子供のようで憎めない人柄なんです。

ジョーンズは屋根に登ります。

楽しげにハンマーを勢いよく振り回しながら、屋上の高さに気分をよくして、爽快に心踊らせます。



04.空飛ぶ男

ジョーンズ:「おれは何をすりゃいい?」
現場監督:「あれを手伝って」

屋根の長い横板を大工たちが並んで釘で打つ作業です。

ジョーンズ:
「やあ、皆!」

「君の名前は?」

ハワード:「ハワードだよ」

ハワードは知らない男の馴れ馴れしい物言いに、そっけなく言葉を返します。

そこに上空間近にジャンボ飛行機が飛んでいきます。

ジョーンズは手の届きそうなくらい近い飛行機に目を奪われ、上機嫌にリズムを取ります。

どうやら空港が近くにあるんですね。

着陸する飛行機を見て、ジョーンズは興奮していました。

あまりに陽気なジョーンズにハワードは不思議がります。

そして、共同作業です。

ハワードが2回釘を打てば、ジョーンズも2回釘を打ちます。

子供同士の遊びのようにマネをします。

ハワードが釘を打つリズムに合わせて、そのあとジョーンズも釘を打ちました。

ハワード:「お前、ふざけんなよ」

ジョーンズ:「君は子どもが7人いるだろう?」

ハワード:「当たりだ!」

ジョーンズ:「ピタリだ。男?女?」

ハワード:「2人と5人だ」

ジョーンズ:
「そいつはすごい。おめでとう」

「だが生活は大変だな」

ハワード:「それも当たりだ」

それを聞いた途端にハワードは心を許すような笑顔に変わります。

ジョーンズのまさに特殊能力ですね。

すっと人の心に入っていけるチカラ。

皆さんのまわりにもこういった方がいますか?

そんな人がいれば、すぐにでもお友達になりましょう。

こんな純粋な人の心を分けてもらってください。

ジョーンズ:「何か食わせてやれ」

ジョーンズはポケットから100ドル札を出してハワードに手渡そうとしました。

ジョーンズ:「道に落ちてた100ドル札だよ」
ハワード:「そんなもん要らんよ」

ハワードは少し気味が悪くなって断ります。

これは双極症の躁状態の症状の一つで、気前がよく金遣いが粗くなるんですね。

ジョーンズ:
「嘘じゃない、本当だよ」

「道を歩いてたらドブに落ちてた」
「天の声が『ハワードにやれ』と」
「君がそのハワードだ。ツイてるな」

ハワード:「いらないよ...」

ジョーンズ:
「いいからとっとけよ」

「家族にハンバーガーでも食わせてやれ」

そう言って、ジョーンズはまた陽気にリズムを取りはじめます。

ジョーンズ:
「いい気分!」

「心、ウキウキ♫」

ジョーンズは棟の一番高い所まで登って、見渡す限りの良い景色を眺めます。

そこは足場が狭く、地上まで落ちてしまう危険な場所でした。

ジョーンズ:「危ないよ」

そう言ってジョーンズはハワードの頭を優しく撫でました。

ジョーンズ:
「君は空を飛びたくないか?」

「鳥のように」
「いいね。飛ぼうと思えば飛べる」
「そうだろ、ハワード?」

ハワード:「よしなよ」

ジョーンズ:
「おれはどこにいる?」

「屋根の上だ」
「75度の傾斜。悪くない」

ハワード:「やめろよ」

ジョーンズ:
「バランスが大事だ」

「バランスを保てば落ちない」

ハワードは心配して恐る恐る彼を捕まえに行きます。

ジョーンズ:「西風だ。風は時速22...いや24キロメートル」

ハワード:「戻れよ」

ジョーンズ:
「こいつは基本的な物理の法則だ」

「バランスを保てば落ちない」
「均衡を保てばいいのさ」

ハワード:「おい、ロープを持って来い!」(そばの若者に)

ジョーンズ:「均衡が大事さ。バランスだよ、ハワード」

ハワード:「そのとおりだ」

ジョーンズ:
「推進力を与えて加速度を加える。それで離陸」

「最高だぜ」
「どうだ、君も来いよ」
「飛ぼう、飛ぶぞ」
「加速度をつけよう」

ハワード:
「こっちへ来いよ」

「戻ってこい」

ジョーンズは屋根の先端に近づきました。

その先にはもう歩くことができる足場はありません。

ハワード:
「そんな先へ行くな」

「バカはよせ」
「バカはよせ。いいな」
「じっとしてろ」

ジョーンズ:
「へい!おれは飛行機だ」

「離陸して飛ぶぞ!」

地上には人だかりができていて、救急車と警官が到着していました。

ハワード:「こっちを向け」

ジョーンズ:
「おれと一緒に飛び立とうぜ」

「あの救急車の周りを飛んでベッドに着陸する」
「3回あの周りを飛ぶぞ」
「ベッドの上に着陸してみせる」

ジョーンズが下を覗いている隙をついて、ハワードは彼を捕まえることに成功しました。

実際のところ、この時の状態は躁病相で、自殺するつもりは本人にはありません。

「爽快感」からの衝動で行動してしまっているんですね。

本人は多幸感に包まれていて、この気持ちが本来の自分と思い込んでいたりして、手放せない快感な気分です。



05.初めての出逢い


もう一人の主人公の精神病院の閉鎖病棟に勤務する精神科医エリザベスは、その後保護室で眠らされたジョーンズと初めて出会います。

大勢の研修医たちに見世物にされるジョーンズ。

治療者たちでさえも「スティグマ」(=精神疾患への偏見)を持ち、人権意識に欠けるシーンやセリフが多く目につきます。

この精神疾患への偏見も患者が自分の病気を受け入れるときに、壁として立ちはだかるものです。

本当の自分はもう無いのだろうかと自信を失っていくんです。

精神科医パトリック:
「白人の男性、推定35歳。屋根の上で曲芸を行い、警察が保護」

「かなり興奮してて、精神と聴覚に幻覚症状」

エリザベス:「医師の診断は?」

パトリック:「見習い医師は『妄想型精神分裂病(統合失調症)』と言っている」

エリザベス:「投薬は?」

パトリック:
「ハルドル10ミリが効いてる」

「新患だ、こういった場合はどうする?」

研修医:「自覚能力を調べます」

パトリック:「よろしい、いいね」

エリザベスはジョーンズの手を握って話しかけました。

エリザベス:「あなたの名は?」

パトリック:「名前も身元も不明。仕事は日雇いだった」

エリザベス:「今日は何日?」

ジョーンズ:「ジョーンズ...」

ジョーンズは薬によるまどろみの中、言葉を振り絞ってかすかに答えます。

彼の目からは一粒の大粒の涙が頬を伝っていました。

誤解を恐れずに言います。

神はどうしてこのようなむごいことを人にするのか。

人の身体と心を操り、遊び終わったら開放する人形のように...。

そこには人の尊厳など全くありません。

エリザベス:
「彼は『ジョーンズ』と...」

「名はジョーンズ」



06.精神科医エリザベス


所変わって、夜になり、元旦那か元恋人を上機嫌で家に迎えたエリザベスでしたが、その男は女を同伴していました。

どうやら男はエリザベスと以前いっしょに住んでいたらしく、荷物を引き上げに来ただけのようです。

主治医のエリザベスにもジョーンズと同じく「別れと孤独」を持たせることで、ジョーンズや観客に共感を持たせようとする設定のようですね。

エリザベスは担当の患者を幾人か持っていました。

その中に年頃の若い女性(アマンダ)がいます。

双極性障害の多くは10〜20代にかけて発症します。

発症原因はよく分かっていないようですが、遺伝子の中に双極性障害にかかりやすい性質があるようで、強いストレス、不規則な生活リズムのある環境の元で発症するようです。

双極性障害はそういった遺伝的な性質があったとしても、必ずしも発症するとは限りません。

「遺伝病」では決してないということははっきりと言っておきます。

子供も産めますし、病相の波をうまくコントロールし押さえていけば、人生を楽しむことができます。

単極性のうつ病と同じく、なりやすい性質を持った人がストレス源から罹患するということです。

人は思っているよりも弱い生き物です。

強いストレスが自分の外や内からかかってしまうと、依存症、強迫症、不安障害、ノイローゼ、そしてそれでも頑張って、リミットを過ぎて努力し続けるとうつ病や双極症などになります。

アマンダは息つぎをする間もなく興奮ぎみに、時には涙を流して喋り続けています。

その言葉には脈絡がなく、思いついたことを言い続けています。

アマンダ:
「『ジョニー・カーソン・ショー』にわたしが出たのよ!」

「3歳まで名前がなかったのに!」
「父は昔ながらの中国人で言い伝えを信じていたの」
「『耳をすましていると子どもの名前は天から聞こえてくる』でも私の名は聞こえなかった」
「聞こえないふりをしてね」
「『ミランダ』って名をつけたかったから、歌手のカメルン・ミランダの大ファンだったの」
「でも母はRとLの発音が出来ず、結局わたしはアマンダと呼ばれたの」

躁病相の症状ですね。

そしてエリザベスは他の幻覚・幻聴の症状が出ている患者たちと面談するシーンが続きます。



07.エリザベスを口説くジョーンズ


ジョーンズは病院の中庭からパラグライダーを上空に見つけると、想像力を掻き立て朗らかな笑顔を浮かべます。

通りすがるエリザベス医師を追いかけ、ジョーンズは話しかけます。

ジョーンズ:
「大変!大変!遅刻した」

「わたしは医者だ。大変だ!遅刻した」
「寝坊して時間に遅れた」
「間に合わない」

エリザベス:「ジョーンズさん!」

ジョーンズ:「どこに奴が?」

エリザベス:「どこへ行くの?」

ジョーンズ:「僕は家へ帰るよ」

エリザベス:「今の気分は?」

ジョーンズ:
「旦那にもそのセリフをいつも言うのかい?」

「『あなた気分は?』というと彼は飛び起きる?」
「君は離婚をしたの?」
「簡単な推理さ、ミス・ワトソン」
「薬指に指輪の跡が...」
「それに心に傷を受けたような痛々しさがあるよ」
「その言葉はスウェーデンなまり?」
「聞いてるよ。寒いけど美しい国だって」
「それでは、エリザベスじゃあね、また」

エリザベス:「なぜ、名前を知ってるの?」

ジョーンズ:
「医者だろ?」

「患者に飲ませる薬は自分も試せ」
「薬で病院中の話が聞こえるようになる」
「何もかもさ」
「用心をしなきゃね」

エリザベス:「また話をしましょう」

ジョーンズ:
「僕ももっと話したい」

「そうだ、合唱つきの音楽は好きかい?」
「ベートーヴェンの第九『喜びの歌』」
「今夜の切符があるんだ。一緒にどう?」
「そのあとカフェへ行って一晩中語り明かそう」
「いいだろ?君の電話番号を教えて」

エリザベス:「違うのよ。医者として...」

ジョーンズ:「こうして話してるじゃないか」

エリザベス:
「病院で話すのよ。なぜ屋根に登ったか」

「わたしの名刺よ。電話して」

ジョーンズ:
「もちろん。ボーエン先生!」

「さよなら!遅刻だよ!」

エリザベス:「電話をくれる?」

ジョーンズ:「電話?ノーだ」

女性としてエリザベスに興味のあるジョーンズでしたが、診療については良くは思っていないようです。

躁病相(双極症Ⅰ型)、軽躁病相(双極症Ⅱ型)ともに、いわゆるハイな状態なんですね。

患者さんはこういった爽快な状態を維持しようという傾向があります。

こういった期間は家族や親しい人にとって、時には困難な時期でもあります。

本人の本心とは離れたところで、その言動に傷つけられてしまうんですね。

それはとても論理的だったりもするので、余計に傷つきます。

そういうこともあって、家族や親しい人たちは患者がうつ病相でいる方を望んでいて、本人が躁病相を好んでいるのとは正反対の思いになります。

そうしたことでお互いの関係がこじれてしまうんですね。



08.診断


ジョーンズについて、精神科医同士で議論しています。

Dr.キャサリン:「彼を退院させない理由は?」

エリザベス:
「誤診です」

「統合失調症の症状ではないというの?...」
「テンションが高く、詮索好きで、躁病的」

Dr.パトリック:
「とにかく彼は薬を拒否してる」

「公聴会に持ち込めば、彼は勝つ」

エリザベス:「退院させたらまた屋根に登るわ」

いつも通り、ジョーンズは病院の中庭で爽快にリズムをとっています。

ジョーンズ:
「いい気分♫」

「心ウキウキ!」
「いい気分♫」
「心ウキウキ!」
「いい気分♫」
「僕には君がいる!」

ジョーンズは陽気にダンスします。

こういった病状を説明するシーンは特徴を表現するのに必要な所ではありますが、同時に私たちはいたたまれない気持ちになります。

彼はおどけているのですが、故意の本心の意思からではありません。

躁病相の行為は本当の人格かという議論があります。

わたしもたくさん考えて来ました。

神に反逆して正義、道徳、倫理とは真逆のことをするという考察記事を書かれていた方もいます。

わたしは思うに、人は怒ったときに限界を越えて爆発するときがありますよね。

感情が振り切れた状態だと思います。

抑圧された悲しい気持ちのうつ病相から、一気に気持ちが溢れ出した状態が躁病相なんだと思うようにしています。

自然な身体の治癒力だと考えるとそうした作用なのではないかと思いますし、そういった考えの方が本人に対して思いやりや優しさがあると思います。

怒りや悲しみで我を忘れたとき、これが本当のこの人の本心だと思う人がいますか?

感情のバランスを保とうとする、身体の防御作用なんだと私は思います。

こうした自分の心や身を守る行為のために、人が離れて行ってしまう。

残された患者は自責の念に突き落とされる。

このような、人の尊厳もない無情な病をどうして神は作ったのか。

怒りをぶつけるところがないですよね。

感情をもて遊び、どん底を味あわせ、そしてカラ元気を与える。

この苦しみの落差、非常さ、残酷さ。

そういった病に一生苦しまなくてはいけない。

そんなふざけた神の遊び心を思わせる、とても嫌な無情なシーンです。




09.スーザン


ジョーンズは街で次々と女の子に話しかけます。

読んで下さっている双極症の方にお伝えします。

これは誰にでもあるパターン化された症状です。

本心ではありません。

落ち込まないで下さいね。

人は多幸感を感じると人とおしゃべりしたくなるものです。

皆そうですよ。

次は日常のストレスを盛り込んだシーンになります。

どんな人にも精神疾患は起こり得ることを教えてくれます。

こういった不快感の繰り返しが精神疾患を生むんだなと分かる場面です。

銀行内で上司が部下にミスを指摘しているところです。

女性銀行員スーザン:「いいがかりです」

上司の銀行員:「君の対応が『無礼だった』と」

スーザン:「身元確認のために...」

上司の銀行員:
「うちはこの州第二の銀行だよ」

「客の対応はもっと丁寧にして欲しい」

そこに陽気なジョーンズが現れます。

女性銀行員は叱責されていた重い表情から、気持ちを押し殺して、明るく客に対応します。

上司の銀行員:「ほら客だ。今度はきちんと対応しなさい」

スーザン:「今日は何でしょう?」

ジョーンズ:
「チーズ・バーガーとチョコ・シェイクで頼むよ」

「冗談だよ」

先程まで気落ちしていたスーザンは朗らかに笑いました。

詮索好きのジョーンズですが、一方見方を変えると、人の表情や仕草を読み取って、相手を受け入れる力があるのですね。

ジョーンズ:「口座を解約したいんだ」

スーザン:「先週開いたのに?」

ジョーンズ:「僕はきまぐれでね」

スーザン:
「分かりました」

「12,752ドル、全部100ドル紙幣でいいかしら?」

ジョーンズ:「プロの君に任せるよ」

すごく魅惑的なセリフですね。

リチャード・ギアの甘い顔で言われると女性は一目惚れしちゃいますね。

人生で一度は言ってみたいセリフですね。

ジョーンズ:
「チップ用の5ドル紙幣をたくさん入れてくれる?」

「利子もね」

スーザン:「5日間の利子です。5.5%」

5日間しか銀行に預けてないなんて、本当に気まぐれです。

するとどうでしょう、スーザンの笑顔が行員でなく女の顔になっているんですね。

女性は好意をもった人に対する姿勢がとてもわかり易いですね。

目がキラキラしていますよね。

こういったところを見れるのも映画という映像芸術の魅力です。

ジョーンズ:「12,752ドルだから...9ドル60セントの利子だね」

スーザン:「すごいわ!」

ジョーンズ:
「簡単な計算さ」

「簡単だよ」
「君に100ドルあげるよ」

スーザン:「そんな悪いわ」

ジョーンズ:「君には必要なんだ」

スーザン:「なぜ?」

ジョーンズ:「僕に昼飯をおごるから」

二人は陽気に街に繰り出します。

スーザンは仕事を早退したのでしょうか。

嫌なことを置き去りにして、街に繰り出す。

なんて爽快な気分でしょう。

ジョーンズ:「僕と彼女にチリ・ドッグをくれ」
露店員:「100ドル?釣りがないよ」




10.美しきもの


二人は大きなフロアのあるピアノ屋さんに入ります。

ジョーンズ:
「ここは音楽の天国だ」

「ピアノは女の体に似ているね」
「すごいな、見ろよ」

カメラはフロワ中の無数のピアノを写しながらパン(カメラを左右に振ること)します。

色温度の低い電球色のオレンジがピアノの筐体に反射して、あたりはメランコリックで幻想的な雰囲気が漂っています。

黒いワンピース姿で腰を曲げて立ち弾きをするスーザン。

ジョーンズは後ろから彼女をいたわり、抱きかかえるようにしてピアノをデュエットします。

すごくセクシーで大人なシーンです。

店員:「セール期間中はさらに25%値引きしますよ」

ジョーンズは店員の言葉を口に人差し指を立てて遮ります。

ジョーンズ:「バッハが聴こえる」
店員:「こうですか?」

店員はピアノに座りバッハの曲を弾きました。

ジョーンズ:「違う、もっとアップ・テンポだよ」

ジョーンズは自分の世界に入り踊りだし、スーザンに優しくキスをします。

そして、『SOLD』の紙をそのピアノに置いて、また違うピアノの方に向かいました。

店員:「お買い上げということですか?」

またジョーンズは陽気に弾き始めました。

ジョーンズはスーザンの前髪を掻き分け、頬を撫でて、この場にいる喜びを分かち合います。

ジョーンズ:「もっといいピアノを...」

奥のピアノでショパンの曲を静かに弾き始めるジョーンズ。

追いついたスーザンがフレームに首をかしげながら入ってきて、ジョーンズに近づきます。

静かなショパンを聴くスーザンの艶めかしい美しい姿。

上司に叱責されていたときの表情とは全く違うスーザンを、いとも簡単に引き出したジョーンズのただ喜びを分かち合いたいといった純粋な心。

何台もあるピアノの輝きに店内の照明が優しく二人を照らし、静かに弾かれるピアノ。

ピアノの質感、スーザンの美しさ、ピアノの旋律がひとつに調和した美しいシーンです。

「ピアノ」、「スーザン」、「旋律」。

五感のすべてを感じ尽くさせる、3つのどれにも恋してしまいそうな誘惑的な不思議なシーンでした。

スーザンは純青の素敵なパーティードレスを装い、ベートーヴェンのコンサートに二人はやってきました。

双極症に苦しみながらも有名になった人物はたくさんいます。

このベートーヴェンもその一人です。

双極症に今苦しんでいる方へのエール。偏見を無くしたいという思いから以下に記します。

☆ベートーヴェン
☆シューマン
☆チャイコフスキー
☆カニエ・ウエスト
☆セレーナ・ゴメス
☆マライア・キャリー
☆フランク・シナトラ

☆リチャード・ドレイファス
☆キャサリン・ゼタ=ジョーンズ
☆リンダ・ハミルトン
☆ヴィヴィアン・リー
☆フランシス・フォード・コッポラ

☆リンカーン
☆セオドア・ルーズベルト
☆チャーチル

☆ゲーテ
☆夏目漱石
☆宮沢賢治
☆ヘミングウェイ
☆太宰治

☆ゴッホ

その他大勢が活躍されています。

感覚の世界に生きる作曲家たち、日々過敏な刺激を受けながらも素晴らしい音楽を創り上げます。

透き通った歌声に乗せて世界を魅了する歌手、体力と気力のいるコンサートや有名であるがゆえのストレスを抱えながら生きています。

時に歴史を変える決断と犠牲を強いられる政治家、タフな精神力がないと持ちません。

自ら世界を感じたイメージを言葉に変換して本にする作家、自身の病気も時にはモチーフになっているのかもしれませんね。

そして凡庸な世界を自身のイメージを通して、心地よい空間に変えてくれる画家たち。

こういった方々が病気と戦いながらも、自分たちの能力をそれぞれ発揮して、世界をより良い方向に変えていってくれています。

双極性障害に偏見を持たれている方々へ。

この人たちは世界にとって『障害』でしょうか?

人類に何も寄与していないですか?

こんな人達とは関わりたくない?

しかしあなたはもう知らず知らず、関わっているのです。

たくさんの恩恵を受けているんです。

誰一人として、影響を受けなかった人はいないはずです。

差別をされている方々がいることであなたは安心したことはないですか?

辛辣なことを言って申し訳ありません。

あなたのその精神のバランスは、弱い者たちにその意識を向けることで保ってはいませんか?

この世に強い人間などいないのです。

皆、『脆弱性』をもった生き物です。

人類皆が『欠陥商品』ではありませんか?

そう思うのは、私たちが知らないうちに『効率的、機能的』に生きようとしてしまうからだと思います。



11.喜びの歌


作品に戻りましょう。

コンサート会場の入り口で二人はワルツを踊ります。

♫ イチ、ニー、サン、イチ、ニー、サン ♫

♫ ワン、ツー、スリー、ワン、ツー、スリー ♫

スーザン:
「あなたの頭の中はもう音楽が聞こえているの?」

「あなたは音楽家なの?」

ジョーンズ:
「軽い羽根のように...音楽学校に通ってたんだ」

「エレンという美しい恋人が..」
「すばらしい作曲家だった。今も忘れられない」
「だがもう死んだよ...」

二人が会場の中に入ると『喜びの歌』が聴こえてきました。

それはまさにジョーンズの多幸感を盛り上げる演出のようです。

~『歓喜の歌』 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン~

♫ Freude schöner Götterfunken,
♫ Tochter aus Elysium,
♫ Wir betreten feuertrunken,
♫ Himmlische dein Heiligtum!

歓喜よ 美しき神々の御光よ
エリュシオン(楽園)の乙女よ
我等は情熱と陶酔の中
天界の汝の聖殿に立ち入らん

♫ Deine Zauber binden wieder,
♫ Was die Mode streng geteilt;
♫ Alle Menschen werden Brüder,
♫ Wo dein sanfter Flügel weilt.:|

汝の威光の下 再び一つとなる
我等を引き裂いた厳しい時代の波
すべての民は兄弟となる
汝の柔らかな羽根に抱かれて

皆さんこの曲を知らない人はいないと思います。

このような喜びの極限を言葉に、音符に乗せることは躁の状態にならないとできないのではと思うほど、歓喜に満ち溢れた曲ですね。

ジョーンズは喜びのあまり、壇上にいざなわれるかのように近づきます。

ジョーンズが壇上に近づくにつれて観客がざわめき、一人一人が立ち上がるのもすばらしい演出です。

不審者への驚きが、ジョーンズの指揮へのスタンディングオベーションのように見えます。

そしてついに彼は壇上に立ち、演出家にとって代わり指揮をしはじめました。

しかしジョーンズは強すぎる刺激によって、躁がついに限界にきてしまいます。



12.収監


ジョーンズは精神病院の閉鎖病棟の保護室に再び収監されます。

薄暗い部屋のベッドに無理やり留め具で押さえつけられます。

このシーンでは建物内の壁も、エリザベスやパトリックの服装も青い色で統一されています。

患者を落ち着かせるための色統一ですが、周りの人の冷たさや患者の孤独感を感じさせます。

ジョーンズ:
「それは重いブーツだぞ。気をつけて脱がせろ」

「空を飛べるブーツだぞ!」
「乱暴はよせよ」
「とてもきついよ。やめてくれ」
「おい、君、医者を呼べ。主治医を呼んでくれ」
「エリザベス・ボーエン医師だ」
「早く呼んでくれ!」
「聞こえたのか?」

精神科医たちがやってきました。

Dr. パトリック:
「彼だよ。君が正しかった。保護しておくべきだった」

「暴れて大変だったそうだ」

エリザベス:「薬は?」

Dr. パトリック:「君を待ってたよ」

エリザベス:「なぜ?」

Dr. パトリック:「君の患者だろ?」

ジョーンズは興奮状態で数字を羅列して繰り返し言葉を発しています。

エリザベス:
「ジョーンズさん」

「ジョーンズさん」

ジョーンズ:「エリザベス、僕は帰りたいよ」

エリザベス:「今はまだダメよ」

ジョーンズ:
「規則で72時間は出られない。だがそこを曲げて...」

「こんな所、死にそうだ」

エリザベス:
「あなたは病気なの。躁鬱症(双極性障害)と言うの」

「糖尿病と同じよ」

ジョーンズ:「僕はただのツイてない日かと...」

Dr. パトリック:「治療できる病気だ。成功例も...」

ジョーンズ:
「ファック野郎!20年病院に出入りしてて、ヘドの出そうな言葉がある」

「その『成功例』ってやつだ」
「貴様ら勉強になるからよく聞けよ」
「僕は病気じゃない」
「これが生まれつきの僕なのさ」
「ほっといてくれよ!」
「よしてくれ。誰が注射なんかするか」

エリザベス:「自分を傷つけないためよ」

ジョーンズ:「傷つけるもんか」

エリザベス:
「ジョーンズさん、今夜私を呼んだ?」

「ちゃんと来たわよ」

ジョーンズ:「君は来てくれた。うれしいよ」

エリザベス:「興奮してて疲れてる」

ジョーンズ:「疲れてないよ」

エリザベス:「あなたを休ませてあげたいの」

ジョーンズ:「ハルドル(抗精神病薬)は御免だぞ」

エリザベス:
「違うわ」

「アミタル(催眠鎮静剤)よ」
「ただの精神安定剤よ」
「あなたを眠らせて体を休ませる」

ジョーンズ:
「僕は君のやさしさを知ってるよ」

「君の笑顔、いいね」

ジョーンズはエリザベスを信じて、注射を受け入れました。

ジョーンズ:「ワインの効果みたいなものかい?」

エリザベス:「そうよ、1ビン空けたと思ってね」

ジョーンズ:
「ありがとう。いい気分だよ」

「君にもワインを」

エリザベス:「一杯いただくわ」

とても気の利いた表現ですね。

ここがバーのカウンターではなくて、保護室ということを忘れてしまいます。

患者の気持ちに共感することが何よりも患者を安心させます。

ジョーンズ:「僕のことを考えて」

エリザベス:「あなたが回復することをね」

ジョーンズ:「僕は眠らないからね」

エリザベス:「いいわ」

ジョーンズ:
「君は美しいよ」

「僕のエリザベス」
「皆、僕から行ってしまうんだ」
「僕は18歳だった」
「彼はどこへ?」
「ママ、彼は?」
「僕、とても怖い夢を...」

やがてジョーンズはまどろみの中へ消えていきました。



13.自由を得たい気持ち。守りたいという気持ち


ジョーンズのこれからの処遇についての公聴会が開かれました。

判事:「ここがどういう所か分かってる?」

ジョーンズ:「精神鑑定の公聴会です」

判事:「では公聴会の決定が持つ意味を理解していますか?」

ジョーンズ:「精神科病院へ入院せねばならないかどうか、その決定をするんでしょ」

判事:「それでは発言をどうぞ」

エリザベス:「E.ボーエン医師です」

聞き取り人:「この州での医師の資格をお持ちで?」

エリザベス:「はい」

聞き取り人:「彼には入院の必要ありと主張するのですね?」

エリザベス:
「双極性障害を病んでいるからです」

「現在は躁状態です」

聞き取り人:「それを裏付けるような事実はありますか?」

エリザベス:
「2つあります」

「まずは自分は空を飛べると言って、屋根に登り騒ぎを起こしました」

ジョーンズ:「止めなきゃ面白い実験だったのに」

判事はジョーンズに黙るようにジェスチャーします。

ジョーンズ:「失礼、僕は黙ります」

エリザベス:「2回目は音楽会の会場で騒ぎ、警察の保護を受けた」

ジョーンズ:「ここにあの時の指揮者がいるのかい?」

判事:「ジョーンズさん、発言はあとからにして下さい」

ジョーンズ:「分かりました。判事殿」

判事:「続けて、Dr.ボーエンさん」

エリザベス:「判断能力に欠け、自らを傷つける可能性があります...」

聞き取り人:「つまり?」

エリザベス:「躁のあとにはうつ状態が必ず来ます」

聞き取り人:「うつ状態の兆候とは?」

エリザベス:「無気力感、絶望感、喜びを感じる事ができず肉体機能にも障害が...」

判事:「ジョーンズさん、意見はありますか?」

ジョーンズ:
「『絶望...』『無気力...』『喜びを感じる事ができない』」

「先生、僕を見てそういう言葉がすぐ浮かびますか?」
「どうです?」

現在、躁状態で多幸感のあるジョーンズには、それまでの気分と違うことを自覚できないんですね。

聞き取り人:「正直、浮かびません」

ジョーンズ:
「ボーエン先生は有能な医者で尊敬しています」

「しかし入院しろですって?『ノー』です。絶対に」
「病院の医師たちは僕を診察して『双極性障害』だと言う」
「だが僕がうつ状態になったところは今まで誰一人見たことがないはずです」

エリザベス:「それはそうね」

ジョーンズ:
「僕は決してうつなどにならない」

「生まれつき陽気な性格なんです」
「これは簡単明瞭な事件です」
「事実を正しく見れば明白です」
「僕は役に立つ人間です」

エリザベス:
「去年1年だけで75000人のうつ病患者が自分の命を絶ちました」

※これに関しては人数が多い気がします。(アメリカの年間の全自殺者数は約49000人というデータがありますので、間違いだと思います。)

ジョーンズ:「判事閣下、僕が自殺をする男に見えますか?」

判事:
「ジョーンズさんは先生に言われた事件についてはどう思いますか?」


ジョーンズ:
「空とぶ話?」

「どうって事ありません。子どもと同じなんです」
「子どものように自由な想像力がある」
「生まれつきです」
「でも、誓います」
「信じて下さい」
「あのベートーヴェンの指揮者はひどかった」
「判事閣下、お願いです」

ジョーンズは立ち上がって置いてあるマイクを手に持ち、ささやくように判事に言いました。

ジョーンズ:
「僕を病院に入れないで下さい」

「もう人に迷惑はかけません」
「ベッドの必要な患者が大勢います」

判事:「かけなさい、ジョーンズさん」

ジョーンズ:「もう1度、お礼を申し上げます」

公聴会は終わり、結果はジョーンズの入院は免れることになりました。

この病気の診断の難しさは、その本人の性格であるか、躁の影響かが分かりづらいということです。

これは患者さんの躁転の気配をいち早く察知して、重篤になるのを防ぐことの障壁になります。

日頃から近しい人が少しおかしいなと気付かないと、本人、治療者ましてやはじめて関わる人にはとても判断しづらいことです。

こうしたことに、双極症は家族の協力や病気の見識が必要なんです。

そして憎むべきは患者本人ではなく、病気です。

この病気には、本人・家族・主治医・心理士vs双極症といったチームで闘うことがとても大切になってきます。

ジョーンズは通路でエリザベスが来るのを待っていました。

エリザベス:「次の時は呼ばないで。わたしは忙しいのよ」

ジョーンズ:「負けて悔しいのか?」

エリザベス:「競争ではないわ...」

ジョーンズ:
「ちょっと待ってくれよ」

「自由を求めて闘うのは当然だろ?」

エリザベス:
「教えて、あなたはうつ状態になる?」

「自殺癖が出るの?」
「どう?」

ジョーンズ:
「ならないよ。リチウム(気分安定薬)がある」

「毎日4錠。躁鬱が収まる」

エリザベス:「ええ、飲めばだけど」

リチウムは双極症には昔から使用されている薬です。

躁の気分を抑える効用があります。

それに加えて「衝動性」を抑える効用もあります。

これが自殺予防に大いに役に立っています。

そしてうつに対しても効き目があります。

よって治療者にとっては第1選択薬となっています。

しかし患者全体の1/3程度の人にしか完全には効きません。

したがって、通常はバルブロ酸や抗精神病薬などと併用して服薬します。

またリチウムはすぐに中毒症状を起こしやすいという副作用があり、摂取容量には血中濃度を定期的に測り、シビアな管理の元、服薬しなくてはなりません。

それくらい患者さんは服薬治療に対しても多大な苦労をして、自分にあった薬の調合を長期間かけて求めます。



14.波打ち際のデート


ジョーンズ:「エリザベス、待てよ」
エリザベス:「話ならアポイントを取って下さい」
ジョーンズ:「怒ったのか?」
エリザベス:「薬を飲んで歯を磨くのよ」
ジョーンズ:「別れた旦那と何かあった?」
エリザベス:「あなたに関係ないわ」
ジョーンズ:「あの医者にくどかれた?」
エリザベス:
「あなたに言っとくわ!」

「もう黙って!」

エリザベスは怒り、立ち去ります。

ジョーンズはその場に立ち尽くし、気落ちした表情を見せています。

彼女は申し訳なく思ったのか引き返してきました。

エリザベス:
「ごめんなさい」

「つい...」

このようにして、患者は思ったことを口にしてしまう衝動を押さえられないのです。

本人には決して悪気はありません。

エリザベスは車に乗り込んで、自分の心を落ち着かせようとしました。

ジョーンズはエリザベスに近寄ります。

エリザベス:「何なの?」

ジョーンズ:「途中まで乗せてくれない?」

エリザベス:
「わたしは精神科の医者よ」

「車が必要な時はタクシーを呼んで!」

ジョーンズ:
「それが...一つ問題が...」

「金がない」

しかたなく、エリザベスは赤いオープンカーにジョーンズを乗せます。

エリザベス:「教えて、最初の兆候は?」

ジョーンズ:
「僕も質問が...」

「芝居に行って婦人科の医師に出会ったとする」
「『エリザベス、芝居を楽しんでる?』」
「『体が不調だと言ってたけどついでに診察をしよう』」
「君は劇場でスカートをめくるのと同じ事をここで僕にしようとしている」
「医者だって時と場所を選ばないといけないはずだ」
「そんな立ち入った事を聞くのは失礼だよ」

エリザベス:
「確かにそうね」

「謝るわ」

主治医やカウンセラーは過去の病状記録や直近の出来事から適切なアドバイスや服薬、心理療法を行います。

特に双極症はうつ転、躁転する前の早急な発見が大事なので、患者の少しの変化に心を配ります。

どうしても根掘り葉掘り聞いてしまうのが、職業病なのですね。

ジョーンズ:
「君を許そう」

「そうだ、食事をしよう」

エリザベス:「ダメよ」

ジョーンズ:「自由の国、アメリカだぜ」

エリザベス:「わたしには約束があるわ」

ジョーンズ:
「僕は飢えてるんだ」

「腹がもうペコペコだよ」

エリザベス:「ダメよ」

ジョーンズ:
「僕より君を必要としてる人間がいるのかい?」

「イヤじゃないんだろ?」
「見ろよ、あそこ『許しへの道』」

ジョーンズはレストランを指さし、ハンドルを切る仕草をして促しました。

ジョーンズ:
「君はきっと僕のことを許すよ。どう?」

「あそこに行けよ」

エリザベスは愛車をハイウェイから降ろして、食事に向かいました。

エリザベスの愛車は赤のオープンカーです。

演出者がこれを採用した理由が分かる気がします。

移動中、風を受けて走る爽快感。

患者を安心させて受け入れるという精神科医やカウンセラーに求められる包容力。

そして赤は病棟の青と対峙した、人間性の回復を意味しているのだと思います。

二人はフレンチポテトを買い、浜辺を歩きながら話します。

ファストフードの食べ歩きです。

この作品の雰囲気である「爽快感」「思いつきな行動」をうまく演出していますね。

この中に病気の性質と同時に、もっと大切な真の喜びを表しています。

エリザベス:「なぜ舞台へ上がったの?」

ジョーンズ:「テンポだよ」

エリザベス:「何、テンポって」

ジョーンズ:
「『歓喜の歌』は『アレグロ・ヴィヴァーチェ(生き生きと速いテンポ)』」

「耳が悪くてもベートーヴェンのテンポは絶妙なんだ」
「ベートーヴェンならきっとあの指揮者を引きずり降ろしてたよ」

この作品の巧みな所は躁という症状を逆手にとって、生きることの喜びを身体中で表現するところだと思います。

ジョーンズは音楽学校を卒業しています。

こういった多幸感、高揚感を音楽という形で、そして五線譜上の見事なテンポとして置き換えることで、より詳しく、観客にも体感できる経験として、表現してくれているのだと思います。

エリザベス:
「あなたは音楽に詳しいのね」

「何か楽器を演奏するの?」
「楽器を?」

ジョーンズは少し黙り込み、答えませんでした。

そしてジョーンズは場面を変えるかのように手すりに登ります。

ジョーンズ:「踊ろう」

エリザベス:「ダメよ」

ジョーンズ:「踊ると世界が変わるよ」

エリザベス:「今で満足よ」

ジョーンズ:
「僕を知りたいんだろ?」

「じゃあ、ここへ」

エリザベス:「下りなきゃ帰るわよ」

ジョーンズ:「そうか、怖いんだな」

エリザベス:
「ハイヒールも怖いの」

「子供の頃から高所恐怖症でね」
「治らないの」

ジョーンズ:「飛ぶ夢を見たことある?」

エリザベス:「さあ...子供の頃ならあるかも」

ジョーンズ:
「面白いな。誰に聞いても同じ事を答えるよ」

「なぜ子供だけが空を飛ぶ夢を見る?」

エリザベスは腕時計を見ました。

ジョーンズ:「また時間?」

エリザベス:「全然いいのよ」

ジョーンズ:
「なぜ君は医者になったの?」

「クリスマスに親から『お医者さんセット』をもらった?」

エリザベス:「まさか!」

ジョーンズ:「バレエをやめて医者になったんだね?」

エリザベス:「どうして分かるの?」

ジョーンズ:
「足だよ。東と西を向いててアヒル歩きだ」

「ひと目でダンサーだと分かる」
「今も踊るの?」

エリザベス:「東と西って?」

ジョーンズ:
「つま先が東と西に向いてるだろ?」

「バレリーナの足だ」

エリザベス:「ウソよ」

ジョーンズ:
「本当さ」

「そのバレリーナはどうなったんだい?」

エリザベス:
「あの頃は朝起きると体のどこかに変化があったわ...」

「誰かに引っ張れれているようだった」
「腕がヒザまで伸びたり、首が50センチの長さになって、『アダムス・ファミリー(おばけの一家』の一員になった気がしたわ」

ジョーンズ:
「その気持ち分かるよ」

「皆、苦しむ」
「『成長』する時にね」

エリザベス:「そうね」

ジョーンズはエリザベスの心にすーと入るのがとてもうまいんですね。

主治医と患者の境界線を心地よく越えていくんですね。

二人は浜辺を歩いています。

波が引くと海に近づき、打ち寄せると二人で手をつないで逃げます。

まるでデートのようです。

つい1時間前までは患者と医者でした。

エリザベスは裸足で歩き、ジョーンズはブーツを履いていました。

爽やかな波の音。

波が打ち寄せる度に子どものように無邪気に逃げる2人。

爽快に弾け飛ぶ波のしぶき。

素足で感じる砂浜の感触。

間違いなく二人は感覚の体験をしています。

清々しさと喜びの表情を見せます。

ジョーンズ:「くそっ!新しいブーツが濡れた」

その後、ジョーンズはエリザベスにオープンカーで送ってもらいます。

オープンカーがまるで新婚の家のように感じます。

ジョーンズ:「楽しいわが家だ」

エリザベス:「あなたは面白い人ね」

ジョーンズ:「平凡にしたい?」

エリザベス:「健康にしたいわ」

ジョーンズ:
「僕は健康さ。気分も最高だ」

「それを変えたいと思う?」

エリザベス:「でもそれは薬の影響よ」

ジョーンズ:
「化学物質か...」

「この世は化学の働きで成り立ってるんだぜ」
「愛も悲しみも苦しみも...」
「僕が触れると君は何かを感じる」
「君の背中に触れる...」
「体を前にかがめて頭を下げてくれる?」
「もう少し」

ジョーンズはコリをほぐしたのか、ツボをついたのか、エリザベスは痛さにびっくりしました。

ジョーンズ:
「ストレスだよ」

「観察力の問題さ」
「楽しかったよ」
「ありがとう」

ジョーンズは肌に触れることも化学だと言いたかったのだろうと思います。

身体や脳への作用の哲学。

薬を飲むことも、手で触れることも同じ作用が身体に伝わって、心地よく感じたり、不快に感じたり、手を伸ばそうと考えたり、散歩しようと思いついたり、すべての感情や行動に伝わっていく。

実際に双極症の人、精神疾患に苦しむ人にとって、服薬治療は切っても切り離せません。

一生の付き合いになる方もおられます。

多くの方が薬に抵抗があります。

薬に生かされている、本当の自分ではないと悲しむ人たちがいます。

これは服薬を苦にしている人たちへの福音ですね。

エリザベス:「ジョーンズさん、薬よ」

エリザベスはジョーンズにリチウム(気分安定薬)を渡しました。

ジョーンズはエリザベスが去ったあと、ゴミ箱に捨ててしまうのですね。

患者にとってこの躁の状態を手放すことがどうしても難しいのが分かります。



15.親友


あくる日、ジョーンズは問題を起こした工事現場に姿を現しました。

現場監督は彼を見るやいなや、戸を閉めて立ち入りを拒否します。

ジョーンズ:「道具を返してくれ」

現場監督:「とんだ迷惑をこうむったよ」

ジョーンズ:
「雇ってくれて感謝してるよ」

「もうあんなバカはしないからもう一度、お願いだ」

現場監督:「冗談じゃない。消えてくれ」

ジョーンズ:
「明日また来るよ」

「明日またゆっくり話そう」
「道具を返してくれ!」

ジョーンズにとって大工道具はとても大切なものだと分かります。

よく大工さんが腰に巻いて道具を収めるものです。

それをいつも離さずにジョーンズは持っています。

かつて、ジョーンズは音楽家になりたかったのだと思います。

それが病気や他の原因で絶たれた。

そんな失意のどん底でも、生活していかなければならない。

それが親しい人の代わりとしての大工道具なのではないかと思います。

大工道具だけは自分から離れない、唯一信用できるもの。

そんな悲しい存在としての大工道具がこの作品のメタファーではないかと思うのです。

躁状態(軽躁状態)ではどうしても他人に迷惑をかけてしまうのですね。

本人は躁病相が終わるとその「しでかし」にとても後悔して落ち込み、自分を責め、最後には「消えたく」なります。

意気消沈している中、ハワードがジョーンズに声をかけます。

厄介事と知りつつも、こうして近づいてくれる人たちもいるのですね。

そういった人はとても大切な温かい人ですね。

並外れた共感力が備わっているのだと思います。

ハワード:「やあ!元気かい?」

ジョーンズ:
「この通り、元気だよ」

「あのときはありがとう」

ハワード:「君の道具はおれの家にあるよ。取りにくるかい?」

ハワードの家は七人の子供たちがいるにぎやかな家庭でした。

ジョーンズは食事に招かれます。

ハワード:
「静かに!」

「今日はお前がお祈りをするんだよ」

ハワードの長女:
「今日の糧に感謝します。健康に恵まれ幸せな家庭と家族がある事に感謝します。」

たくさんの料理、にぎやかな家族、楽しげな夕食の風景です。

映画の制作者は「普通」の暮らしを観客に見せます。



16.うつの闇へ


眠気がジョーンズを襲い、段々と鬱状態の病相に入っていく様子を、ハワードが彼を驚きの目で見ているところでわかります。

ジョーンズはどんどんと悲しみの沼に入っていきます。

ジョーンズはハワードの息子の部屋に行き、話しかけます。

ジョーンズ:「やあ、何してるの」

ハワードの息子:「この問題、解ける?」

ジョーンズ:
「算数かい?」

「これは因数分解を使って解くんだよ」

ジョーンズは頭が働かなくなっていて、なかなか問題が解けないんですね。

うつ期には今まで興味を持っていたことでさえ、意欲を失います。

おっくう感、意欲低下、焦燥感、集中困難、思考制止、入眠困難、早朝覚醒、自責感が出てきます。

論理的思考ができなくなり、全く文字が読めなくなります。

ひどくなると、幻覚・幻聴、希死念慮、自殺企図が出てきます。

ジョーンズは頭を抱えて悩みます。

ハワードはジョーンズの様子を注視して見ていました。

次のシーンではそこが精神病院の中なのか、ジョーンズの幻覚・幻聴の心象風景が現れてきます。

建物の中を歩くジョーンズは部屋の扉を次々と開けていきます。

そこでは誰もがピアノやバイオリンなどを無言で無表情に演奏しています。

次のシーンで喧騒な街中を無言で歩くジョーンズがいました。

道の真ん中で立ち尽くすジョーンズ。

弱りきったジョーンズを見かねたハワードは病院に連絡します。

ハワード:「ジョーンズさんの担当医かい?」

エリザベス:「そうですが...」

ハワード:「彼の様子がおかしいんです」

エリザベスは彼の元にかけつけます。

夜の通りにスウェット姿で佇むジョーンズ。

エリザベス:「ジョーンズさん...」

ジョーンズ:
「悲しい...」

「悲しみが止まらない...」

ジョーンズは泣きながら、エリザベスの方に身体を寄せかけました。

エリザベスはジョーンズをいたわるようにハグします。

そのままジョーンズは力なく泣き崩れ、ヒザをついてしまいました。

彼はそのまま精神病院の閉鎖病棟に入院します。

だだっ広い浴室で職員が患者の身体を洗うんですね。

うつの患者の気分を持ち上げるために、職員は陽気な歌を歌いながら、身体を綺麗にします。

職員:
「♫ 昔のおれはシャワーが大嫌い」

「♫ なのに今はシャワーが大好き」
「♫ シャワーを浴びると頭がスッキリ」
「♫ たちまち元気になっちまう」
「よければ、君も歌っていいんだぜ」




17.対話


ジョーンズはエリザベスと面談を開始します。

ジョーンズ:
「親父と喧嘩して母はすすり泣いてたんだ」

「僕も眠れなかった」
「親不孝者さ」

家庭環境のひどさが垣間見られます。

大抵の患者は家庭環境に問題があったりして、その強いストレスで発病します。

もちろん例外もあります。何かに熱中しすぎて、夜も眠らず活動し過ぎて発病する人などです。

対人関係のストレス、睡眠・生活リズムの乱れから発症します。

ジョーンズ:「録画をしてるのか?」

エリザベス:
「ええ、そうよ」

「嫌?」

ジョーンズ:「いいさ」

エリザベス:
「ジョーンズさん、あなたの問題は2つあるわ」

「薬で解決できる問題は薬に任せてちょうだい」
「もう一つはあなたが心に受けた傷よ」
「それを取り除くのは容易ではないわ」
「分かってくれる?」
「力を貸してちょうだい」
「約束してくれる?」

その精神病院では中庭に患者を集めて、カウンセラーが精神療法を行っています。

カウンセラー:
「今感じている感情を身体で表してみましょう」

「自分を解き放ち、心にあるものを吐き出してね。いいわね?」
「そうよ。吐き出すのよ」
「胸に溜まっているものを全部吐き出すのよ」
「ジョーンズさん。何を考えているの?」

ジョーンズは自分には必要ないと言う風に答えます。

ジョーンズ:「勃起さ」

アマンダは陽気に行動療法を行っています。

とても可愛らしい患者です。

ジョーンズはうつの影響で、何もやる気が起こらない日々が続きます。

エリザベスはジョーンズの心の中にあるトラウマを発病の原因とみなして探ろうとします。

エリザベス:「最初に問題を起こした日はいつ?」

ジョーンズ:
「それじゃあ、話してあげよう」

「最初に問題を起こした時の事をね」
「僕は不動産会社のモデル・ハウス現場で働いてたんだ」
「腕っぷしには自信があって、よく喧嘩したよ」
「それが知れ渡って誰も手を出そうとしなくなったよ」
「その頃、エレンという素敵な恋人がいたんだ」
「そのエレンが死んだ」
「それがきっかけだった」
「物を壊したり人を殴ったり、とっ捕まってブチ込まれた」
「独房の鉄格子に登って暴れたり、キングコングのように大声で吠えた」
「そういう事が続いて病院に送り込まれた」

エリザベス:「どこの病院なの?」

ジョーンズ:「ヒューストンさ」

エリザベス:「なぜウソをつくの?」

ジョーンズ:
「ウソなんかついていないよ」

「ウソじゃないよ」

エリザベス:「ユーストンでキングコング?」

ジョーンズはエリザベスになまりを指摘され、言い直します。

ジョーンズ:「ヒューストン」

エリザベス:
「ヒューストンよ」

「続きは明日にしましょう」

ジョーンズ:
「わかった、今話すよ」

「大学で...」

エリザベス:「大学で何が?」

ジョーンズ:「アスピリンを飲んだんだ」

エリザベス:「幾つなの?」

エリザベスはオーバードーズの心配をします。

オーバードーズとは睡眠薬などの市販薬などを大量に一気に飲み干す、危険な行為です。

オーバードーズをすると幻覚や精神の興奮状態によって、不安やストレスから解放してくれると言われています。

 このため、学校や職場等の人間関係の悩みや、家庭の悩みを抱えている若者が、手に入りやすい市販薬でオーバードーズをする事例が多くみられます。

 ただし、不安やストレスから解放してくれるといった効果は一時的なものです。

服用を続け、薬に依存してしまうと、自力ではやめられなくなることがあります。

 オーバードーズの影響で肝障害が起こったり、最悪の場合は心肺停止で死亡したりする場合もあります。

リストカットも自傷行為の一つです。

自分の身体に傷を付けると安心するんですね。

それは人体に痛みが加わったときに、心が耐えられるように脳内から麻薬のような心地よい物質が出てきます。

終わりのない不安感から一瞬だけ抜け出せるんですね。

頭を壁に打ちつけたり、身近では頭を掻いたりするのもこのような効果があるのかもしれません。

周りの人はどうしてこんなことをするんだろうと驚くはずです。

患者にとって、不安から逃れる唯一の手段なのですね。

もし親しい人がしているのを見つけたときには、決して責めずにいっしょに辛さを共感してあげて欲しいです。

本人だってバカなことをしている自覚はあるのです。

でもどうしてもやめられないんですね。

依存症の状態です。

ジョーンズ:
「タイレノールを73錠一度に飲んだ」

「若かったし、胃に食い物が...そして僕を友達が発見した」
「信じないだろうがそのおかげで完全に頭痛が消えたんだ」
「本当だよ」

エリザベス:「信じるわ」



18.見舞い


ハワードが閉鎖病棟にジョーンズを見舞いに来ました。

ハワード:「元気かい?」

ジョーンズ:
「ハワードなのかい?」

「ハワード、何してる?」

ハワード:「君に会いにきたんだ」

ジョーンズ:「君も入院かい?」

ジョーンズとハワードは大笑いしました。

ハワード:「元気そうだね」

ジョーンズ:
「まあ、なんとかね」

「あれから何ヶ月たった?」

ハワード:「一ヶ月さ」

ジョーンズ:
「もう一ヶ月?」

「驚いたな」

別の患者がハワードに話しかけてきました。

ハワード:「医者かと思ったよ...」

ジョーンズ:
「見分けが難しいんだ」

「あそこの3人を見て」
「あのうちの誰が患者だと思う?」

ハワード:「悲しげな顔の女性かな」

ジョーンズ:
「彼女が僕の担当医だよ」

「あの3人は?」

ハワード:「若い娘さんかな」

ジョーンズ:
「彼女は自殺未遂3回だ」

「あそこの太った女性も...」

ハワードはジョーンズを案じてネガティブな会話を止めさせました。

ぐっと来るいいシーンです。

ハワード:
「連中の話はあとでいいよ」

「君に会いにきたんだ」
「本当に会えてよかったよ」

二人はしっかりとハグし合いました。

ハワード:「退院はできるのかい?」

ジョーンズ:
「さあね、分からないよ」

「分からない...」

そして二人は頭をつき合わせます。

ハワード:「うちの電話番号だ。いつでも掛けてくれ」
ジョーンズ:「これは何なんだ?」

ハワードは電話番号を書いた100ドル札をジョーンズの胸のポケットに入れていました。

ハワード:
「話しても君はきっと信じないよ」

「昨日町を歩いていたら、突然空が開いて天から声が聞こえたんだ...」

ジョーンズは大笑いしました。

ハワード:「『これをミスター・ジョーンズに与えよ』と」

初めて出会ったときのお返しをハワードはジョーンズにしました。



19.去られるということ


建物の廊下で、エリザベスはある患者が一人、悲しげな表情をしているのを見つけます。

エリザベス:「どうしたのですか?」

話しかけても応答がありません。

どうやら何か悲しんでいるようです。

エリザベスはもっと近づきました。

エリザベス:「オルトマンさん、病室を抜け出してきたの?」

オルトマン:「女房が..」

エリザベス:「奥さんが何かあったの?」

オルトマン:「来なかったんだ...」

エリザベス:
「面会に来なかったのね?」

「そうなの?」

オルトマン:「女房が来なかった」

エリザベス:
「それはがっかりね」

「わかったわ。部屋に戻って奥さんに電話してみましょう」

オルトマンは涙を浮かべ、思い詰めて中庭をじっと見つめていました。

エリザベス:「オルトマンさん?」

エリザベスはオルトマンの背中に触れた瞬間、両腕を掴まれました。

エリザベスは逃げることが出来ない状態になります。

オルトマン:
「男をつくったんだ」

「きっとそうだ。男と寝てやがる」

エリザベス:
「戻って電話をしましょう」

「いいわね?」

オルトマンはエリザベスに平手打ちをします。

オルトマンはもう誰が誰だか分からない状態に混乱していました。

その様子を中庭の向こうからジョーンズが見ていました。

オルトマンはエリザベスの首をつかみ、絞めはじめました。

ジョーンズはドアを蹴破り、エリザベスを全速力で助けに行きます。

エリザベスは涙を浮かべながら、すでに意識がもうろうとしていました。

かけつけたジョーンズはオルトマンを止めさせました。

ジョーンズ:「アーニー!聞けよ。話がある!いい気分かい?」

オルトマンはエリザベスの首を離しました。

ジョーンズ:
「かみさんじゃない、先生だぞ」

「次の面会には必ず来るよ」
「気分はよくなったか?」

オルトマン:「女房はどこだ?」

警備が駆けつけました。

警備員は近くに居たジョーンズを間違えて取り押さえます。

ジョーンズ:「こっちだよ」
エリザベス:「その人じゃないのよ」

精神障がい者の方々は病気と闘うと同時に、親しい人が離れていく不安や孤独とも闘っています。

それはなによりも辛いことです。

生きることの希望と呼べる人たちが離れていくわけですから。

病気と闘っているのは本人だけではありません。

それは家族や親しい人も戦っています。

カサンドラ症候群という言葉があります。

主に発達障害の人とのコミュニケーションの疲れから、近親者がやがてうつ病になる現象です。

発達障害にかぎらず、アルコール依存症や認知症、その他の精神疾患にも当てはまると思います。

近親者たちは患者の問題を自分の問題として、四六時中悩んでしまうんですね。

そしてやがて親近者は心を病んでしまいます。

これは誰も責めることができません。

一人で悩まず、たくさんの人の力を借りて立ち向かうことが大切だと思います。



20.恋心


エリザベス:
「あなたにお礼を言わなければ」

「命の恩人には一体どんなお礼をしたらいい?」

ジョーンズ:「礼なんかいいよ」

エリザベス:「でも命を助けてもらったのよ」

ジョーンズ:
「話の種にすればいい」

「キャンプで子供たちに聞かせて怖がらせる」
「気をつけた方がいいよ、バレリーナの先生」

エリザベス:「そうね」

ある日、エリザベスはピアノを弾いているジョーンズを遠くから見つめます。

エリザベスはジョーンズを段々と意識しはじめるんですね。

ジョーンズはアマンダに卓球を誘われました。

老人の患者が勝手に審判をしたり、ボールを隠して逃げたりします。

めちゃくちゃなゲームとなりました。

ジョーンズはテレビを見ている最中に看護婦から薬を飲むように言われます。

ジョーンズは苛立ち、薬をぶちまけてしまいました。

ジョーンズの心のバランスが危ういのがとても分かるシーンです。

躁の快感が忘れられず、うつの状態に絶望を感じるジョーンズはもう限界に来ていました。

再びエリザベスと面談します。

ジョーンズ:
「やはりだめだ」

「無駄だ」
「努力してくれた事は分かるけど...」
「ここから出してくれ」

エリザベス:「薬のせいなの?」

ジョーンズ:
「エリザベス、僕は中毒患者だ」

「躁状態が必要なんだ」

患者さんは躁や軽躁状態を欲するようになるんですね。

それだけ、気分のいい全能感です。

この病気の恐ろしさです。

ジョーンズ:「あの状態がないと生きていけないんだ」

エリザベス:「鬱が次に必ずくるわ」

ジョーンズ:「あれは覚悟の上だ」

エリザベス:
「もう忘れたの?」

「この病院へ来た時、ほっとけば自殺していたわ」

ジョーンズ:
「病院に来たんじゃない」

「君の所へ来たんだ」
「僕の命を助けてくれた女性だから」

エリザベス:
「じゃあ、私たちはおあいこね」

「もう一度言わせて」
「この間のお礼を」
「あの時のあなた、本当に感心したわ」
「あなたは人の扱い方を心得てるわ」
「羨ましいわ」
「あなたは才能のある人よ」

ジョーンズ:
「僕は3歳でモーツァルトを弾いた」

「12歳であらゆる本を読んだ」
「18歳の時は全世界が我が物だった」
「ある日目覚めたら病院だった」
「正常じゃない、昔からだ」
「お願いだ、もう我慢できない。ここから出してくれ」
「僕の力だけではもうどうにもならない」

エリザベス:「そうね、分かるわ」

絶望に苦しむジョーンズにエリザベスの瞳から涙が流れ、暗闇に光るライトで輝きました。

ジョーンズ:「苦しい...」

苦しむジョーンズの姿にエリザベスはいたたまれなくなり、彼の頭に恐る恐る手を伸ばします。

二人の心が触れた瞬間でした。



21.主治医と患者


アマンダの両親が転院を希望していました。

アマンダの父親:「お世話になりましたが、娘は引き取る事にします」
アマンダの母親:「温かい家庭もありますし...」

アマンダには出て行きたくないという気持ちや不安が顔の表情に出ていました。

そこには両親に言いたいことが言えない家族関係だということが想像できます。

Dr. キャサリン:「先生の意見は?」

エリザベス:
「もう学校へ行けるわ」

「精神的にも強くなった」
「感じるでしょ?」
「でも治療はやはり続けなくてはいけません」
「次は火曜の朝だったはね」
「いいわね?」

アマンダ:
「実はうちの両親が別の治療師を知っていて、そっちに行くようにと...」

別れ際にアマンダは振り返り走ってきて、泣きながらエリザベスとハグしました。

ここで皆さんに、このいつまで続くか分からない、辛い不安な世界に住む患者にとって、主治医や心理士、訪問看護士がどれほど大切な存在かを知って欲しいと思います。

毎週、隔週の診察の日まではどうにか生き延びようと、その奪われた活力の中で、それでも振り絞って耐え忍ぶ患者さんがほとんどだということを知って欲しいのです。

それほどまでに患者と主治医や心理士は密接な関係です。

精神科は予約しなくてはならないほど、混み合っています。

その中で主治医が患者の話を聞けるのは5分〜10分と短い時間です。

中には1分という病院もあるようです。

精神疾患は服薬治療と心理療法と2つに分けることができます。

服薬治療をベースとしていますが、心理療法はそれと同じくらいの治療効果があるとエビデンスがあります。

保険治療が可能な心理療法もあります。

毎年22000人の自死される方の多くが精神疾患です。

3337人が家庭問題、11014人が健康問題(うち精神疾患は7587人)。

自死者の多くは突発的で一時の衝動で行うことが多いです。

うつの希死念慮で頭がいっぱいの患者ならば、必ず服薬や心理療法で改善できます。

考えて考えた末の結論ならともかく、誰かの理解と助けがあれば、死なずに住んだ命が毎年たくさん消えていっている現状です。

双極症にかぎらず、こういった心理療法への人材とその待遇をよくすることで、救われる命がたくさんあります。

エリザベス:「いつでも電話してきてね」

Dr. キャサリン:「彼女の無事を祈りましょう」

エリザベス:「今、時間がありますか?」

Dr. キャサリン:
「これから会議なの」

「でも、いいわ」

エリザベス:「いいえ、じゃあ明日ご相談が...」

Dr. キャサリン:「じゃあ、明日ね」



22.もっと知りたい…


スーザンが病棟まで訪ねてきました。

スーザンはジョーンズとのひと時を楽しそうにエリザベスに話します。

スーザン:
「彼のような人は初めてよ」

「言うこと、なすことが驚きで...」
「クレイジーだけど楽しかったわ」

エリザベス:「クレイジーって?」

エリザベスは少し差別的な言葉にムッとします。

女としての嫉妬が伝わります。

スーザン:
「例えば2人でホテルへ入ったの」

「サービス係がシャンパンを運んで来たら、彼を浴室へ呼び込んだのよ」
「私たちはお風呂に入ってて、彼ったらまっ裸のまま立ち上がるの」
「信じられる?」

エリザベス:
「彼がどこにいるかは、医師と患者の秘密でお教えできないの」


スーザン:「じゃあ、私の電話番号を...」

エリザベス:「伺っておくわ」

スーザン:
「彼は独身だと思うわ」

「恋人の話はしたけど、エレン...何とか」
「音楽の勉強をしていたとか」

エリザベス「名字は分かる?」

スーザン:
「エレン...何とか...」

「でも彼女は死んだと言っていたわ」
「私はホッとしたけどね」

エリザベスはエレンを知り合いに調査してもらいます。

発症の原因を突き止めようという精神科医としての心と、彼をもっと知りたいという女性としての心とが同居しているんですね。



23.トラウマ


そしてジョーンズと再び面談をします。

ジョーンズ:「何の話をする?」

エリザベス:「何でもいいわ」

ジョーンズ:「じゃあ、君の事を話そう」

エリザベスは無言になり、反応しませんでした。

ジョーンズ:「なら君が話題をくれよ」

エリザベス:「エレンのことは?」

ジョーンズ:「どのエレン?」

エリザベス:「あなたのエレンよ」

ジョーンズ:
「僕のエレンか。分かった」

「エレンか...」
「エレンだけが本当に僕を愛してくれた」
「あの美しい赤毛...」
「僕を第二のモーツァルト、シェークスピア、ピカソ、ニジンスキーだと言った」
「なのに彼女は死んでしまった」

エリザベス:「どうして亡くなったの?」

ジョーンズ:
「空中ブランコから落ちたんだ」

「いや違ったよ」
「セメント・ミキサーで...」
「...今さら関係ない!」

エリザベス:
「そうね」

「名字は?」

ジョーンズ:「忘れたよ」

エリザベス:
「ライアンでは?」

「エレン・ライアン?」

それを聞いたジョーンズは寝そべっていたソファから起き上がり、顔つきが変わります。

エレンのことを無理やり思い出させたエリザベスの残酷な行為に怒ります。

ジョーンズ:
「あんたはビョーキのクソ女だ!」

「僕のスパイをしたのか」
「ミスFBIか?」

エリザベス:
「彼女と話をしたわ」

「今はエレン・ノートン夫人よ」
「アイオワに住み、子供が2人いるわ」
「『あなたが治療を受けてよかった』と言ってたわ」
「昔のあなたは医者に行く事を拒否して、彼女は去った」

ジョーンズ:「違うよ、彼女は死んだ」

エリザベス:
「いいえ、生きてるわ」

「あなたのご両親もいるの?」

ジョーンズ:
「両親は最初からいないよ!」

「クソッ!」
「自分を何だと思ってるんだ!」
「医者だって?」
「自分こそビョーキだ!」
「人を病人扱いして、自分はスパイのマネか!」

エリザベス:「病気を治そうとしてるのよ...」

ジョーンズ:「ビョーキなのはあんただ!」

エリザベス:「落ち着いて。病気は治るのよ」

ジョーンズ:
「友達だと思ったのに!」

「ひどい女だ。僕を裏切ったんだ」
「あんたを信用した僕がバカだったよ」
「もう出ていくよ」
「これきりだ、友達!」

人にとって、耐えられない悲しみの過去。

それは心の平静のために、無意識に心の奥底に隠されます。

これがトラウマというものです。

無理に思い出そうとすると身体が動悸に襲われたり、フラッシュバックします。

とても危険な行為です。



24.土砂降りな心


夜の土砂降りの雨の中、ジョーンズは怒り叫びながら病院のゲートから出ていこうとします。

ジョーンズ:
「お前は何てバカだ!」

「二度とするな!」
「バカヤロー!」
「病院なんかに行ったからだ」
「バカだ。お前はバカだ!」

エリザベスが車で追いかけて来ました。

エリザベス:「お願い、車に乗って」

ジョーンズ:「消えろ!」

エリザベス:「お願い、乗って」

ジョーンズは車を蹴り飛ばします。

エリザベス:「話をさせて」

ジョーンズ:
「断る」

「ビョーキ女に用はない。行ってくれ」

エリザベス:「お願い。私の話を聞いて」

エリザベスは車を止めてジョーンズの元に駆け寄ります。

ジョーンズ:
「何だよ」

「話せ」
「勝手にしろ」

エリザベスは黙って後ろから付いていきました。

ジョーンズ:
「分かった。許してやる」

「いいだろ?だからもう行ってくれ」

エリザベス:「謝るわ。患者のプライバシーを...」

ジョーンズ:
「待ってくれ。僕は患者じゃないぞ」

「自発的に入院して、退院したんだ」
「友達を求めてね。だがバカだったよ」

エリザベス:
「エレンはレコード店や音楽会に行く度にあなたの名前を探すって...」

「なぜ死んだなどと言ったの?」
「なぜそんな事を言ったの?」

ジョーンズ:
「本当に死んだからさ。君も同じさ!」

「『僕の名を探す?』じゃあ、なぜ僕を捨てたんだ?」
「知りたいね!」
「僕が面倒を起こすから、誰も彼も逃げていく...」
「僕と関わった人間は皆逃げる」
「突き放され、自分一人になっちまう」
「いつもそうだ」

エリザベス:「自分が可哀想?」

ジョーンズ:
「だから死んだ事にして諦める」

「金魚と同じさ。1匹死ねば次を買えばいい」

重ねて言いますが、患者は本心ではない病状のせいで、愛情を持って接してくれる親しい人々とのコミュニケーションが絶たれて、残酷な言葉を発してしまいます。

患者にとっての「重要な他者」もまた孤独になります。

そしてその苦しさから当人と離れる決断をします。

良心の呵責でその後も苦しむ人達もいるでしょう。

人にはその人だけの人生がそれぞれあります。

離れずにいることを誰にも強制はできません。

残された患者は去っていかれた孤独とそれを引き起こした言動への自責の念で、ずっと心は切り裂かれたままです。

こうしたことの繰り返しから、やがては患者を絶望に追いやり、世をあきらめて自死してしまうのだと思います。

エリザベス:
「私はあなたを気づかってる人間よ」

「ほっとけばあなたは絶望して自殺するわ」
「そうでしょ?」

ジョーンズ:「ほっといてくれ!」

エリザベス:
「あなたのすばらしさ...」

「あなたの才能は永遠に失われる」
「私に何が残るの?」
「医者の立場を忘れた女の切り裂かれたハート」
「私はどうしたらいいの?」

去られる気持ちを痛いほど知っているジョーンズ。

自分の自死で取り残されるエリザベスの気持ちが分かります。

ジョーンズはエリザベスの手を強く握りました。

ジョーンズ:「先生。僕らはここで何をしたらいい?」

エリザベス:
「分からないわ」

”心のままに”唇を重ね合わせました。

そして二人は関係を持ちます。



25.医師として


ジョーンズは病棟に戻り、元の生活に戻ります。

ジョーンズ:
「おはよう。笑顔が素敵だ」

「挨拶をしたくてね」

ジョーンズはエリザベスを気遣い、会話は最小限にして立ち去ります。

エリザベスは患者と関係を持った医師としての後悔に堪えることができませんでした。

そしてパトリックに打ち明けます。

パトリックはエリザベスの医師としてのキャリアを考え、ジョーンズを追い出します。

結果としてジョーンズはエリザベスと引き裂かれることになりました。

ジョーンズは別の病院に移されることになります。

ジョーンズは必死に説明を求めてエリザベスに会おうとしました。

エリザベスは自室のドアを閉めて、彼を遠ざけます。

ジョーンズ:「エリザベス、エリザベス!」

ジョーンズはドアを何度もノックします。

パトリック:
「待てよ。君は別の病院へ移るんだ」

「それまではローゼン先生が君の治療をする」

ジョーンズ:「病院を移るならエリザベスの口から聞きたい」

ジョーンズはドアを何度も何度もノックしました。

警備員が来て彼を取り押さえました。

エリザベスはジョーンズの声を聞きながら必死に堪えていました。

ジョーンズはまたもや絶望のどん底に突き落とされます。

ジョーンズは病院を移されましたが、退院したとエリザベスは聞かされます。

パトリック:「きっと彼は会いに来る」
エリザベス:「いいえ、来ないわ。彼にとって私は死んだ女よ」

夜中にエリザベスに電話が入り、アマンダが自死したと告げられます。

エリザベスは心あらずで、彼女の面談の映像を何度も見返していました。

アマンダ:
「死なんか平気よ」

「大抵の人は死というものを怖がってるけど、わたしは平気よ」
「死んだら安らぎが得られる」
「死は温かい。ボーエン先生、あたしはうつくしい?」

そしてジョーンズの映像を見返します。

ジョーンズ:
「桟橋の手すりに登った時、バカな奴だと思った?」

「今でもそう思ってるんだろ?」
「『ケガして何になるんだ?』と」
「だがあそこに登るって事が大事なんだ」
「そのためにすべてを賭ける」
「エリザベス、すべてを賭けるほど大事なものが君にある?」
「このテープはためになるよ。消さずに保存をしておいて」

涙を浮かべながら、その映像を見ていました。

エリザベスは医師としての自信を完全に失っていました。

患者のためになにが自分はできるのか。

本当に助けることができるのか。

エリザベスはジョーンズをこの世から失ってしまう恐れを懐き始めました。

上司の精神科医に辞表を出しに行きます。

Dr.キャサリン:「どうしたの?」

エリザベス:「辞表です...」

Dr.キャサリン:「誰かを殺したの?」

エリザベス:
「過ちを...」

「許されない事をしたのです」

Dr.キャサリン:「ジョーンズね?」

エリザベスはジョーンズを必死に探しました。



26.最期の挨拶


ジョーンズはバイクを盗み、ハワードの家に最期の挨拶に来ました。

ジョーンズ:「戻ったぞ!見てくれ、戻った!」

ハワード:
「すごいバイクだな」

「退院をしたのか?」

ジョーンズ:「道具をもらいに来たんだ」

ハワード:「エンジンを切れよ」

ハワードはキーを回してエンジンを切りました。

ジョーンズ:「空を飛んで抜け出したんだ」

ハワード:「気分はどうだ?」

ジョーンズ:
「最高だよ」

「道具を返してくれないか?」

ハワード:「ああ、返すよ。取ってこい」

ハワードは息子に道具を取りに行かせます。

ジョーンズは息子に計算問題を出します。

ジョーンズ:「答えて、1492÷68は?」
ハワード:「どこの現場で働くんだ?」

ジョーンズは鳥が飛ぶマネをします。

ハワード:
「あそこか?もう工事は終わったよ」

「工事は先週終わったよ」

ジョーンズ:「現場監督に雇われたんだ」

ジョーンズは虚言を言うようになります。

ハワード:「分かったよ。待ってろよ」

ジョーンズはハワードと別れを惜しむようにハワードの手や腕を何度も触りました。

ハワードの手の温もりを自分に流し込むように...。

今までありがとうと言うように...。

ハワードはジョーンズがあの現場で死ぬことを決めたのだと即座に察知しました。

ハワード:
「よせよ」

「すぐ戻るよ」

ハワードは納屋から彼の大工道具を持ってきます。

異様な雰囲気を察知したハワードはジョーンズと二人きりで話をするために、息子を家の中に取りに行かせたのだと思います。

ハワード:「寄ってけよ。昼飯でも食って行け」

ジョーンズは道具を渡せとハワードに催促します。

ジョーンズ:「早く渡せ!」

ジョーンズは語気を強めて言いました。

ジョーンズにとって大工道具は裏切らない唯一の友人なのですね。

ジョーンズ:「渡せよ」

ハワードは道具を渡しました。

ハワードのジョーンズを見つめる目には、分かり会えない辛い気持ちやジョーンズのこれからの不安が出ていました。

ジョーンズ:
「言いすぎて悪かったよ」

「ありがとう」

ハワード:
「礼なんか言うなよ」

「子供たちに会ってけよ」
「バイクは置いといて一緒に昼飯を食おう」
「いいだろ?」

それでもハワードはジョーンズをあきらめず、食い下がります。

親友と関わるということは「身を呈する」ということです。

厄介事も引き受ける。

何かを親友に捧げるということです。

ジョーンズはハワードにとって、自分の身体の一部になっているということですね。

ジョーンズ:
「奥さんに聞けよ」

「聞けよ」

ハワード:「そんなの大丈夫だよ」

ジョーンズ:「聞くのが礼儀だ。聞けよ」

ハワード:
「戻ってくるまで行くなよ」

「引き止めておけ」

ハワードは息子に言いました。

ハワードの息子:「答えが出たよ。21.941167」

ジョーンズ:「76だよ」

ハワードの息子:「待ってよ」

ジョーンズはバイクのエンジンをかけて出ていきました。

ハワード:「おい、待て!」

ハワードはジョーンズを追いかけましたが捕まえることができませんでした。

大の大人が本気で親友を走って追いかける姿は心に残る、グッと来るシーンです。

ジョーンズに逃げられたハワードはエリザベスに連絡します。



27.もう終わりにしたい...


エリザベスは完成した工事現場に向かいます。

ジョーンズは屋根に登り、景色を眺めていました。

今の感情はあのときの陽気なものとは全く違っていました。

間違いなく、彼はこの世に決着をつけるためにここに来た。

ジョーンズは大事な大工道具を腰から外して、屋根の上から落とし、覚悟を決めました。

近くの空港から離陸する飛行機と同時に、屋根から飛び降りようとしました。

エリザベス:「ジョーンズさん!」

ジョーンズは飛びませんでした。

死ぬ間際でハワードとエリザベスの温かい声が、絶望の中にもかすかに響き渡っていたのではないでしょうか。

ジョーンズ:
「空を飛びたかったんだ」

「だが飛べない」

エリザベス:
「いいのよ」

「わたしを許して」

涙ぐむエリザベスの頬をジョーンズは愛情を込めてゆっくりと撫でます。

その手に唇を擦り寄せるエリザベス。

真っ直ぐジョーンズの目を見つめます。

ジョーンズ:「それで、これからどうする?」

エリザベス:「まず、コーヒーを飲むわ」

ジョーンズ:「いいよ」

エリザベス:「カフェイン抜きで...」

二人は屋根の上でキスをしました。

そして物語は終わりを告げました。



28.最後に


双極症と闘っている皆様。

日々の病気との闘い、さぞお辛いことと思います。

定期的に襲ってくるうつの症状。

迫ってくる不安感。責めてしまう自分自身。見えない将来。

若い方はこれから人生を楽しもうという時の発症で、療養の日々を余儀なくされます。

一番何かをやろうという意欲や情熱のある時に、このような病気は正直「ひどいな、神様」と言いたくなります。

「健常者」との境界線を突然引かれてしまったような感覚。

ある人はそのぶつけたい怒りの感情や居場所をロック歌手に求めました。

ツアーへの参戦は「延命」だと言います。

ですがその慰めである「刺激」さえも、この病には躁へのきっかけとなります。

またある人は絵や書道に、生きる希望を託して、たくさん練習しました。

薬を飲みながらの生活に、これは本当の自分なのだろうかといつも疑問をもっていました。

しかしながら、リチウム(気分安定薬)は効いてくると手が震えるという副作用があります。

その人は絵や書道を諦めました。

唯一の生きる目的だったことすらさせてもらえません。

病気というハンディキャップを負いながらも、それでも働かないといけないと、社会に無言の圧力をかけられています。

どうかこういう方たちを「想像」して欲しいんです。

その感情を、その生活を。

たくさんの「諦め」を感じながら生きています。

夢、結婚、出産、仕事など。

敷かれたレールなんてものは本当はありませんし、本人の生き方次第です。

ですが、境界線で区切られた人たちには憧れとしての「レール」が頭をよぎります。

病気にさえならなかったら、きっと今、将来はあの人たちと同じように、幸せを享受できていただろうにと...。

ある方がnoteの記事に書いていました。

障がい者になって「努力ではどうにもならないことがあるのを知った」と。

もっともっと想像しよう。

身近にいる人の気持ちを。

わたしたちは誰しもが「守られるべき存在」です。

自信をもって生きていきたいのです。

「切符を持っていない」のに列車に乗せてもらっている気持ちが分かりますか?

無賃乗車しているのではないかと人の心に怯えて生きている人の気持ちが分かりますか?

シンプルな言葉「みんなが支え合って生きていく社会」

一人ひとりの意識を変えれば、必ず実現できると信じます。

ハワードのような良き友人を目指しましょう。

さいごに5年連続、幸せ度世界ナンバーワンの福祉国家フィンランドの元首の言葉を紹介させてください。

『社会の強さとは、最も豊かな人たちが持つ富の多さではなく、最も脆弱な立場の人たちの幸福によって測られます。誰もが快適で、尊厳のある人生を送る機会があるかどうかを問わなければなりません』 

~フィンランド前首相 サンナ・マリン~

~懸命に病と闘ったnoteクリエイター るり さん。 そして今も双極症、精神疾患、それに対する偏見と闘っている人たちとその家族に
この記事を捧げます~ 
 
もりともき



29.参考図書


『双極性障害(躁うつ病)とつきあうために』 日本うつ病学会
(https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/gakkai/shiryo/data/bd_kaisetsu_ver10-20210324.pdf)

『仕事をしている双極性障害患者さんの手記』 日本うつ病学会
(https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/gakkai/shiryo/data/shuki_20201005.pdf)

『双極症 病態の理解から治癒戦略まで 第4版』 加藤忠史

『躁うつ病とつきあう』 加藤忠史

『躁うつ病はここまでわかった』 加藤忠史

『双極性障害(躁うつ病)の人の気持ちを考える本』 加藤忠史

『双極性障害【第2版】 双極症I型・II型への対処と治療』 加藤忠史

『対人関係・社会リズム療法でラクになる「双極性障害」の本』 坂本誠

『バイポーラー(双極性障害)ワークブック 第2版』 モニカ・ラミレツ・バスコ

『双極性障害の対人関係社会リズム療法』 エレン・フランク

『対人関係療法でなおす双極性障害』 水島広子

『対人関係療法でなおすうつ病』 水島広子

『「死にたい」「消えたい」と思ったことがあるあなたへ』 磯野真穂他

『ぎりぎりの自分を助ける方法』 井上祐紀

『マンガでわかる家族療法1』 東豊

『マンガでわかる家族療法2』 東豊

note記事(https://note.com/tnggli) 
るり


note記事(https://note.com/luli_mama/) るりママ


この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?