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“どう生きるか”

“嫌な事から逃げてはいけない”という事は、巷でよく言われる事だが、自身の中に存在している嫌悪感から目を背けて、見て見ぬふりして誤魔化して生きる事の方がよっぽど逃げであると考えている。収入や時間や生活環境のせいにして、自分の理想的な生き方を追求する事を、諦めてしまったまま老いる方がよっぽど逃げであるという事を生き方で証明したい。

会社の代表に退職したい旨を真剣にお話した。コロナ禍に退職は得策ではないという事で、こちらとしても冷静さを欠いていたと納得し、結果的には時期を見送る運びなった。関係の長さから親身にこちらの思いを聞いてもらい、無茶な要望を全て叶えてもらった。感謝ばかりだ。

今の業界は自分としては不向きでは無いと思っているのだが、嫌っている部分が多く、居座る理由がない。コンビニバイトから人生を考え直す方がよっぽど有意義であると結論付けてしまった。昼間は髪と背広をカッチリ固めて売上金額ばかりを競い合い、夜は酒場に浸るか女遊びに興ずる都会の上司達よりも、リゾートバイトをしている頃に出会った、41歳で旦那と別れ、車一台で各地方で仕事を転々としているご婦人や、俳優で良いところまで行ったが事務所を退所してしまい、今はデザイナーになってしまったお兄さん、彼らの様に誰にも似つかぬ生き方をする大人になりたいと思った。伴侶も子も金も後から付いてくるなら構わないが、心身を犠牲にしてまで欲しくはない。他者から理解されなくても良い。僕の思うかっこいいを生きたい。誰かに似ている生き方をしたくない。

何をしようとしても、何を言っても、世間からは甘いと言われるが、いつやろうとしても、外から好きなように言われるのは三十年と少し生きた中で思い知っている。時期など見計らうくらいであれば、試みたことで大失敗した方がよっぽど経験値が得られる。今まで積み上げた物が勿体無いと言われるが、それが自身の求めるものではないと確信できたのならば、それに囚われて次に素早く着手できない事の方がよっぽど勿体無い。多く時間を費やしたからといって、多くを手にするとも限らず、短い期間で多くを得る事もある。

母方の祖父は中学を出てすぐ丁稚となり、その後も職を転々とした男であるが、七十歳を超えた後に工事現場の仕事をしていた。側から見ていて、老体に鞭打ってのその仕事はかなり辛いように思えたのだが、一番やりがいを感じられる仕事だったそうだ。自身のやった事が地図に残るのが誇りで、もっと早くに気づいていればと悔やんでいた。自分が関わった現場の地図が改編される度に地図を買っていると言っていた。もう彼と十年近く前に話した内容だが、彼と僕との会話はこれを最後に昨年他界した。

何でも手軽に手に入れる事ができるこの時代において、収入の大小で大して生活は変わらないのでは無いかと考えている。例に出すならば、年収三百万の人も年収一億の人も、ここ最近観た映画は何かと聞けばほとんどの回答が鬼滅の刃だろう。億万長者しか観れない映画は僕の知る限りでは存在しない。

時代は最早、“どう生きるか”ではないだろうか。

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