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第18話 得体の知れない幸せ

2018年5月。僕は浮かれていた。

自分が好きになった人間と恋愛関係を初めて築くことが出来た僕は、浮かれていた。
と同時に、ある感情が心の底に根を張る。

「失いたくない。」

痴話喧嘩中でもなければ、付き合って3年目の倦怠期でもない。
告白し付き合った"その日"からだ。
訳ありな人生が当たり前になっていた僕は、幸せになるのが怖かった。


電車や飛行機に乗れない話を付き合って間もなくすることになるのだが、
これも決して「自分を理解してもらうため」などという前向きな動機ではなく、

「中途半端に思い出が出来る前に打ち明けて、それでこの幸せが終わるのであれば早く終わってほしい。」

自分を"得体の知れない幸せ"から守るために打ち明けた。
ただ、それで関係は終わらなかった。


恋愛関係を続ける中で、二人の関係が確立されていく。

僕:優しい、真面目、安定志向、人に頼れない、ロマンチストの世間知らず、時々気が利かない

彼女:アグレッシブ、甘え上手、刺激的な物事が好き、良くも悪くも素直、気分屋

甘え上手な彼女がわがままを言えば、己を犠牲にしてでも叶えようとするし
気に入らないことを指摘されれば、全て直そうとする。

世間知らずを指摘され、その日の帰りに教養や一般常識関連の本を3冊買い
茶髪の男が好きと言われた日には、自宅の風呂場で髪を染めた。
本当は下らないことでゲラゲラ笑い合いたいが
頭の悪い人間だと思われたくなくて、思うように言葉が出ない。

「私よりいとその方が私の事大好きだよね。」
「いとそのそういうとこウザい。」
「いとそって安心感はあるけど刺激とかないよね。」
「なんか別れた方がいい気がしてきたかも。」
そんな心無い言葉の数々を投げかけられても、悲しい顔一つ見せなかった。

いや、見せられなかった。


そこにアイデンティティなど存在しておらず
「自分が捨てられないため」の恋愛をしていた。

彼女の機嫌がいい時に発してくれる
「大好き」の一言が聞きたくて。

こんな病気の自分を受け入れてもらっているのだから
自分が我慢するのは仕方のないことだ。
こんな訳あり人生の自分が何かを求めるなんてしてはいけない。



付き合って3年が経とうとした頃、僕は別れを告げた。

「もうこれ以上頑張れない。別れよう。」


初めて彼女が泣いているのを見た。
正直驚きを隠せなかった。

この子は僕のことで泣いてくれるんだ。
大好きでいてくれてたんだ。


できる事ならもっと長い事この甘美な夢に溺れていたかったが
僕の心は甘美さよりも優しさを求めていた。


別れた後、不思議と未練はなかった。
淋しさはないと言ったら嘘になるが、「これでようやく解放された」という気持ちが圧倒的に占めていた。


失うものが無くなった僕は、本来の自分の市場価値を確かめようと、生まれて初めてマッチングアプリに手を出す。


手応えは抜群だった。
いいねをすれば返ってくるし、会話をしてればいつの間にかアポが取れる。
会えば写真通りで安心したと言われ、今日は一緒にいたいと言えば9割ほどはその提案が通った。



なんだ、周りを見渡せば代わりなんていくらでもいるじゃん。



2021年4月。すっかりおひとり様を満喫していた僕に、一通のLINEが届く。






「いとそ元気?」












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