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第20話 夢の対価

Hと復縁し、半年ほど僕は"無敵"となる。

外食や乗り物をはじめ、あれだけ怯えていた嘔吐というものへの恐怖さえもなくなっていた。

自然が豊かな場所に遠出をするって、こんな楽しいんだ。

友達と酔っ払うまで酒を飲むって、こんな楽しいんだ。

ジェットコースターはやっぱり怖いけど、意外と楽しいんだ。


そしてHから結婚の話が出始める。



ああ、人生ってこんな楽しいんだ。





ある日、彼女の職場に顔を出す機会があった。
Hの恋人として既に認知されていた僕は、温かく迎えてもらった。

「すごくイケメンで素敵な彼氏さん。しかもすごく優しいって聞いてますよ。」

「いやいやそんな。恐縮です。」

そんな何気ない会話の中で、ふと聞かれる。


「Hちゃんに、優しくしてもらってる?」


あれ、なんでだろう。
返事ができない。
嘘でも「はい。」と言えばそれでいいのに。
いや、そもそも僕にとってそれは嘘なのか。

そういえば、この子って優しかったっけ。



結果、苦笑することしかできず
場が凍りつく。


その後も度々結婚の話は出るが
前向きな返事が中々出来ずにいた。

間違いなく大好きだ。ただ一生を添い遂げるのはこの人で良いのだろうか。
僕にも優しさが欲しいというのは、求めすぎなのだろうか。

「友達の○○ちゃん、今度結婚するんだって。私たちはいつするの?」
「そうね、もう少し仕事に慣れてからかな。」
「仕事っていつになったら慣れるの?」
「、、、、4年後とか?」


その日から徐々に、僕の「完璧な人生」のメッキは剥がれ始める。

些細なことでの揉め事は増え、大好きと言えば返してはくれるがどこか空しい。
身体が触れ合う時間も減り、女子会の話題では4年後に因んで「オリンピック君」と揶揄される始末。


彼女が遠く感じる。こんなに近くにいるのに。



触れ合うことが無くなり2か月程経ち、
僕の家で過ごしていたある日の事。

珍しく彼女が誘ってくる。

ただ、言葉にできない違和感。どういう風の吹き回しだ。


何となく嫌な予感がする。



今思うと、Hは最後に確かめたかったのだろう。
本当に僕でいいのかどうかを。




翌日、僕の家から仕事へ向かう彼女を見送る。

身支度をしている彼女。僕の作った朝食を食べる彼女。
全てが愛おしい。

けど、これが最後なんだろうな。
もう今までのように戻ることはないだろう。
そんな気がした。



「じゃあ、いってくるね。」



そういうと彼女は、こちらを振り向かずに出ていった。
あの日見たままの、艶やかな髪を靡かせて。









この日を以て、僕の3年半に及ぶ大恋愛は幕を閉じた。

そしてここから、約半年分の「完璧な人生」を前借したツケを返済する為の
長くて苦しい第二の人生が始まる。










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