熱に浮かされ見る夢のように儚く美しい 堀辰雄《風立ちぬ》
【読書記録】
風たちぬ、いざ生きめやも
(風が吹く、さぁ、生きなければならない)
ジブリ作品の「風立ちぬ」は、実在した飛行機の設計技師・堀越二郎の人生に、彼と同時代を生きた堀辰雄の「風立ちぬ」のエッセンスを加えてアニメーション化したもの。
そんな前情報を得て読んだ。
人気のない
春の静かな別荘地帯に咲くツツジの花。
夏の高原の雑木林に射し込む木漏れ日と
微かに木々を揺らす風。
燃えるような落葉を踏みしめ
二人で進む秋の山径。
音もなく真っ直ぐに空から落ちる
雪のひとひら。
淡々と語られる、愛する者との静かに進む時間が愛おしくも切ない。
彼のこんな気持ちが、愛に満ちた目で見たそのままの美しい表現となって、読んでいる私の心にそっと寄り添ってくれる。
死の影が迫る終盤に差し掛かったとき、数年前に重い肺炎で熱に浮かされた脳で見た数々の幻影を思い出した。
強力な解熱剤を使おうが、何をしようが下がることのない高熱と、毛布の中で自らの体を抱えることしかできない激しい悪寒との狭間で、束の間の眠りについたときに見たもの。
どこかの美しい景色を瞼の裏に見た気がして、夢うつつでぼんやりしたかと思うと、再びの悪寒に襲われ、真っ暗闇を何かに追われて汗みどろで目覚める、ということを繰り返した。
あのとき、私の目線の先には無機質な天井と抗生剤のぶら下がった点滴棒しかなかったけれど、作中の節子のように、目覚めると愛する人が頬をそっと撫で、しっとりと絡んだ髪を梳いてくれていたら。
指先だけは冷えた手をそっと握ってくれていたら。
どんなに心休まったことだろう。
山奥にひっそりと佇むサナトリウムで、心から愛する人と過ごした数ヶ月きりの時間をこんなにも羨ましく感じるのは、彼ら二人がそれだけ幸福だったということの証なのかもしれない。
堀辰雄は芥川龍之介のことを師と仰いでおり、彼の死に衝撃を受けて書いたという「聖家族」も読みたい。
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