インド物語-アグラ⑧-

長い通路を人の波にのまれながら進み赤土色の大きな門を抜けて眼前に広がるのはタージマハル。いつか写真で見た大理石造りの壮麗な建物はもうほとんどテーマパークみたいだった。

雨が降って固まった地面のように既視感が感情の土台をしっかり固めていたので、うまく感動できなかったことを覚えている。

前庭の植栽と敷地内を巡る水流が太陽の光を受けてあたりに輝きを散らしているのも、近くで見てみると手入れは行き届いていなくて、褐色に変わり始めた生花の枯れた葉や、水に浮かぶ埃のような汚れが目に止まる。

建物が完璧であればあるほどそういう完璧でないものが気になってしまう。

大理石はさまざまな大きさのものが埋め込まれていて中には番号が刻印されているものがあった。私が見つけたのは「47」「256」の二つである。なんの為の数字だろう?

もしかしたら、設計図に一致する番号になっていて、何百年も前の大工たちが、アグラのうだる酷暑の中で、一つずつそのとおりに埋めていったのかもしれない。

途方もなく遠い出口を目指す作業だ。体育館で作るドミノとは話の距離が違う。完璧であるべき建物を完璧でない人達が作りあげていくのは、どんな様子だったのだろう。陽気に作業していたのかそれとも監督官みたいなのがいて厳しく鞭とか打たれていたのかしら。

監督官も暑い中働いているものだから、刻印がついた面を表に繋げた部下のミスに気がつかない。数日して気がついたとき、冷や汗が体の嫌なところにまとわりつく。もうやり直すことはできない。誰のミスかもわからない。それから数日間はうまく眠れずに体調を崩してしまう。上司に見つかったら家族にも罰が及ぶかもしれない。願うはこのまま上司に見つかることなく作業が進むことのみである。

とかなんとか。

こんな巨大な墓で悠々と眠る王妃よりは、市井に暮らしていた気の毒な監督官や遠い出口を目指した大工たちの墓を訪れて、お線香の一本でもあげたいなと思う。

でも死んでまで毎日バカな観光客に騒がしくされている王妃のこともちょっと気の毒だなと思って手を合わせておいた。気に入らないこともあるでしょうけど、どうか安らかにお眠りください、とバカな観光客の一人としてお祈りした。

サポートしていただいたお金で、書斎を手に入れます。それからネコを飼って、コタツを用意するつもりです。蜜柑も食べます。