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短編・エッセイ

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日記以外の投稿をこっちに纏めています。 比較的頑張ってる寄りの文章ですので感想などもお好きなように、 え、いや、そんなに言わなくても…
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記事一覧

【エッセイ】生活の隣人

【エッセイ】生活の隣人

 生きていると、気軽に命の危機を感じる。

例えばアパートの三階から窓の外を見ながら煙草を吸っている時、例えば包丁でやけに硬いジャガイモを刻む時、風呂に入った足の裏が石鹸の残滓を踏んだ時、何かがどこかに転べば俺は死ぬ事ができると何気なく思う。

 誤解のないように言うと、特別に死にたいわけでは全くない。ただ、今は何の過不足もなく動いているこの生命は日常が孕んだ僅かな小石に躓けば簡単に止まる儚いもの

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【エッセイ】先読み能力 いらない説

【エッセイ】先読み能力 いらない説

目の前に海がある。水着は持っていない。
持っていたとしても、海には入りたくない。

「今更海に入るとかは、ちょっと…」

海沿いに住んでいるクセにインドア派を気取っている私のような人間はこの時期になると大体こんな気持ちを抱いている。

しかし、「海が嫌いか」と問われると間違いなく「いいえ」が正しい。

私だって昔は人並みに海で遊んでいた時期を通ってここまで来ている人間だ。友人との相撲で海に投げ飛ば

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【短編?】会話の代替

【短編?】会話の代替

「いらっしゃいませ、本日は何をお求めですか」

「"逃避による幸福の可能性"を一つ。支払いは…"幸福の代替物の代替物"は使えたよね」

「はい、お使いになれます」

「いくつか見繕ってもらえるかな」

「かしこまりました、ではこちらの"藝術"などはいかがでしょうか」

「うーん、今日は頭を使わないヤツがいいな」

「では、こちらの"快楽"などはピッタリかと」

「ラインナップは、あぁ、うん、"愛"

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【エッセイ】背景の無い絵

【エッセイ】背景の無い絵

最近、絵を描くようになった。この文章の見出し画像がまさにそうだ。
上手とは言えないが、納得はしている。

別に何の節目というわけでもない。友人にこの話をしても「なんで今?」という疑問が飛んでくるが、きっかけなんてない。油絵なんていつ始めてもいい趣味の一つだろうと私は嘯く。

ただ、強いて言うなら、カンディンスキーなどの抽象画に始まり印象派、象徴主義 …などなど、ある程度自分の好きなものや影響を受け

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【短編】煙火の妖精

【短編】煙火の妖精

 ライターを指に挟み、火が付いたばかりの煙草を片手に、空いた煙草の箱をゴミ箱に捨てた俺には妖精が見える。

目の前を揺らぐ親指ほどのサイズの妖精は靴で踏まれた花屑のようにくすんだ薄ピンク色をしている。俺が煙草を吸っている数分間だけ、妖精は姿を現す。灰が少し落ちた。

 煙と共に現れ、灰と共に消える妖精は通った道に甘い香りを残しながら揺蕩い、そして香りだけを残して消える。消えた後の残り香も帯状に伸び

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【短編】竜も居る家

【短編】竜も居る家

 家が貧乏だった。と言っても別に食事もままならないような極端なものではない。一桁の年齢の子供をして、他の子とは少し格差を感じる程だと言えば伝わるだろうか。

 早くから唯一の肉親となった母親が朝から夜まで働き詰めだったので、友達が居なかった僕は学校から帰ると専ら家で飼っている小さな竜と二人で過ごしていた。

 竜は僕を暇にさせてはくれない。流暢な会話が可能なほど知能が高い竜にとって狭い家は退屈なも

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【エッセイ】カスの日常

【エッセイ】カスの日常

本当に突然だが、私はカスだ。
軽い抑鬱、定期的な体調不良、ADD(最近はこの言い方をしないらしいが)など統合失調症の陰性症状お徳用詰め合わせパックのような人生を送るダウナー系のカスだ。
これは別に不幸自慢をしたいわけではなく、本当にかなり困っている。酷い時は食事や外出など生活の身動きが出来ない。

そんな自分にも、幸せなことに人並みに友人が居て、予定があり、暮らしがある。

友人には迷惑をかけ、予

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【短編】藻屑

【短編】藻屑

目を開けると、青い空が広がっていた。
穏やかな波の音が聞こえてくる。
それもすぐ耳元で。

そう、すぐ耳元で波は鳴いている。
屋根のない青天井は少し赤みがかかり、エアーの入った合成繊維の布が作る床と気持ちばかりの壁は肌寒い風を全て通している。何かが入っている大きなリュックサックと、何本かは空の水のペットボトルがその部屋を彩っていた。

少しだけ、ほんの僅かに夢である可能性を考えて目を強く瞑る。少し

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【エッセイ?】檻を踏み外す

【エッセイ?】檻を踏み外す

満ち足りた日常を生きてしまった。(当社比)

本当は不足の中で暴れていたかったのに。
自分の異常性を肯定してくれる背景が幸せの中には見つからなかった。

果たしてこれは嫌味なのだろうか。
誰かの嘆きは誰にとっても凶器足り得てしまう。
誰かよりも幸せな状態で不幸せを叫ぶ事を罪と呼んだ人間を許せる気は今のところしていない。

人には人の艱難辛苦。
いかに世間的に満ち足りていようと必ずしも幸せではない。

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【エッセイ】『旅』の出発、その終着

【エッセイ】『旅』の出発、その終着

経験は概ねの場合人を強くしてくれるらしい。
であるならば、趣味を聞かれ自意識が言い淀んだ経験でさえ人を強くしてくれるのだろうか。

趣味の話は初対面の人間がお互いのことを探る際によく用いられがちな話題だが、それでいて答える側はかなり気を遣う罠のような話題だと思う。少なくとも私にはそのきらいがある。

大半の場合、尋ねる側は話のとっかかりが出来ればいい程度にしか考えていないのだろう。内容がなんであれ

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【短編】「星に願う」

【短編】「星に願う」

「あの流れ星はね、大気圏で燃えるゴミなのよ」

何もそんなこと言わなくても。が君から始めてこの話を聞いた時の感想だった。確か中学生一、二年の、十代なりたてくらいの時だった。

年はあやふやだが日付はよく覚えている。なにせ七月七日、七夕の日の夜、空に向かって「サッカーが上手くなりますように」と二回唱えた後のこと。

七夕の日に流れ星を見つけた少年の気持ちは推して知るべきだと思う。さしてロマンチックな

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【短編】幻想もどき

【短編】幻想もどき

先日仕事からの帰る道中で見知らぬ若者に声をかけられ、思わず声を上げて驚いてしまった。見知らぬ彼は真っ白な馬を一頭引いていたが、それ自体は稀にあることなので特に動じることはない。

驚いたのは彼の引く馬の頭に角が生えていたことだった。
そんな自分の驚愕を意に介していない様子で若者は俺にこう言い放つ。

「これはな、ユニコーンじゃないんだ」

 少し待ってくれないか。情報量が多すぎる。
「ユニコーンで

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【短編】継げない灯と

【短編】継げない灯と

最近、また友人が死んだ。と言っても最近段々と珍しい事ではなくなっているのが怖いところだ。人生80年、100年などと言うことも多いが、人間というものは40数年も生きていればコロッと死んでしまう時もある。

私の周りだけでも、事故に巻き込まれたヤツもいれば、病に殺されたようなヤツもいた。それが同僚だったり同級生だったり、幼馴染だったりもした。

そんなヤツらを見ていると、死に兆候がある人間は案外少ない

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