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兼藤伊太郎

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「無駄」の首謀者、およびオルカパブリッシングの主犯格、兼藤伊太郎による文章。主にショートショート。
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#文学フリマ東京

創作「さよなら、人類」

11月24日に行われた文学フリマで販売した「無駄 vol.1」から、兼藤伊太郎による創作「さよなら、人類」をどうぞ。

男は目を覚ました。目を覚ました男にわかったのは、自分が自分であるということだけだった。自分は自分である。他人ではない。それは確かだ。しかし、男にわかったのはそれだけだった。男は自分が何者であるのかはわからなかった。どこの誰なのか、一切合切の記憶がなかった。
男は周囲を見回した。真

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創作「湖畔にて」 兼藤伊太郎

湖の畔には小さな小屋がたっている。誰が建てたのか誰も知らないし、いつからたっているのかいつまでたってもわからなくていつしか忘れられ、どこにあるのかどこまでもわからない。しかし、それは確かに建っていて、そこには老人と大きな犬が住んでいる。
凪いだ日には、老人は湖に小舟を出す。犬と一緒に。犬は小舟の中で大人しくしている。湖面にはさざ波一つなく、舳先が作った波も、小舟を止めるとじきになくなる。老人はそ

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創作「天使、火気厳禁」 兼藤伊太郎

天使は非常に燃えやすかった。火気厳禁である。コンロの近くや石油ストーブのそばなど言語道断、あっという間に火が燃え移り、跡形も無く、灰や炭さえも残さずに燃え尽きてしまう。しかも、その時の熱量が凄まじい。実験によると、平均的な体形の天使で、高さ5メートルの火柱になり、条件が整えばその際の温度は千℃を超える。天使を原因とする火災は珍しくなく、冬場などは暖房のそばに置く天使除けの装置が季節商品として量販店

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ぼくらの罪と罰 兼藤伊太郎

2019年4月19日、池袋で高齢ドライバーの運転する自動車が暴走し、母子をひき殺した。ぼく自身、その亡くなった母親と娘と同じ年頃の妻と娘を持つ身だから、当然残されたご遺族の方々、特に夫であり父親である男性に感情移入しないわけにはいかない。ぼくがそうだけれど、日常は日常的に続いていくものと考えていたし、信じていたに違いない。誰だってそうだろう。そこに断絶がありうるなどということを疑いながら生きるのは

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