奥野森

「あの湯、この湯」書いてます。 純文学が好きです。 https://www.insta…

奥野森

「あの湯、この湯」書いてます。 純文学が好きです。 https://www.instagram.com/mori_okuno/

最近の記事

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「伸びるか、縮むか」 「まァ、そうです」 「なにが」 「それは、まァ、そういうものです。なんですか」 「鼻」 「鼻ですか」 「マスクの中の鼻だよ」 「それが、なんです」 「押さえつけられて鼻が縮む」 「まァ、それは」 「その刺激が鼻を伸ばす」 「それも、まァ。どっちですか」 「両方の運動を繰り返す」 「困るなァ」 「——おい、世の中はだいたいどっちもだね」 「けれど、兄さん」 「なに」 「なんだか、兄さんの鼻が長いです」 「マスクを外したタイミングが悪かったのだろう」 「いや

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      「ぬいぐるみに雑巾を巻いた味」 「いいえ」 「何が」 「そんな味は、こんにゃくの布団に寝ながら滑るようなものです」 「けれど、魚を食って——まるで肉のように……こう、脂が……」 「……これは、ほんとに……肉ではないですか?」 「それなら肉を食えばいい」 「肉が食えないのです」 「どうして」 「そういう信念でしょう」 「味を知ってるじゃないか」 「知らない間はまだ食えたのです」 「けれど、肉を食って——まるで魚のように……こう、水中を……」 「……あ、いま……いま、陸に打ち上げ

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        「伸びるか、縮むか」 「まァ、そうです」 「なにが」 「それは、まァ、そういうものです。なんですか」 「鼻」 「鼻ですか」 「マスクの中の鼻だよ」 「それが、なんです」 「押さえつけられて鼻が縮む」 「まァ、それは」 「その刺激が鼻を伸ばす」 「それも、まァ。どっちですか」 「両方の運動を繰り返す」 「困るなァ」 「——おい、世の中はだいたいどっちもだね」 「けれど、兄さん」 「なに」 「なんだか、兄さんの鼻が長いです」 「マスクを外したタイミングが悪かったのだろう」 「いや

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          「煎餅があるだろう」 「ありました、ありました」 「それが、ぬれ煎餅になったら」 「誰かが、ぬらすでしょう」 「そうだね。それは、横歯さんだよ」 「そんな人が、もういますか」 「いるもなにも、誰かがぬらさなければならない」 「それは、まァ。いや、ほんとです」 「それで、横歯さんが新しく、びしょぬれ志願煎餅を募った」 「なんですか」 「びしょぬれになるということだ。けれど、醤油にくぐらせるのは難しい。実際彼らの中から沈没煎餅も出てしまったらしい」 「ぬらし過ぎですか」 「ぬらし

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          「なんだか、気のせいのようで」 「そういうものです」 「気のせいばかりでもないようだ」 「まァ、そうです」 「だんだん、じっくりと」 「ええ、だんだん」 「もうほとんど、それらしい」 「ほぅ。そんなものですか。いや、そうでしょう」 「なにが」 「なにがって、そうですから。そうなのでしょう」 「ふん。今にも出そうだ」 「出そう、ですか」 「もう出ているようでもある」 「まァ、もう」 「——おい、だめ。いや、でも……あァ」 「どうしたんです」 「まァ、まァ」 「あれ、兄さん。顔か

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          「それまで、いつものように済ましていた奥様」 「まァ。それまで。済ましていました」 「それが受話器を取った途端、人が変わってしまった」 「まァ、それも」 「変に上擦ったような、日頃とまるで違う声をして、全然奥様らしくない」 「それは。愛想ではないですか」 「そうだよ」 「それなら、そうでしょう」 「それが、そうでもない。普段より高い声というのは、つまり相手が普段の声を知っていて初めてわかるものだよ」 「すると、誰と電話しますか」 「——おい、だんだん受話器というのが恐ろしい気

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          「心配で泥棒がやれない」 「いやだなァ」 「邸に忍び込むやいなや、留守にした自宅が急に気になりだすらしい」 「誰ですか」 「心配と言ったって、結局、家の中に盗られては困るものがあるだけのことだろう」 「それは、まァ」 「だから、僕がそれを預かってやる。君は気にせず大いに泥棒をやりたまえ、つい軽い気持ちでこう言ったものが、いつか返す機会を失ってしまった」 「何がです」 「——おい、弟よ。だんだん兄さんも泥棒みたいだ」 「返せばいいです。長く借りていただけですから」 「それは、返

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          「歩いていて」 「ええ、どこでしょう」 「そこにあるから蹴った」 「どこです」 「蹴ったら、蹴れるもんだね」 「まァ、そんなものです」 「何が」 「それは、まァ。だいたい蹴ったら、蹴れるものですから。何がです」 「岩だよ」 「岩ですか」 「そうだよ」 「岩を蹴りますか」 「蹴るよ。蹴って、向こうまで転がったさ」 「そんなことがありますか。けれど、ちょっと、いいですか足」 「——おい、アハハ、止めないか。くすぐったいじゃないか。アハ、お、アハハハハハ」 「——なかなか繊細だなァ

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          「山にこもるらしいと言うが、どうも」 「誰です」 「山某さん。謙虚をやるらしい」 「謙虚ですか。誰です」 「若いうちは派手で、うるさくて、謙虚なんて考えてみたこともない」 「そうでしょう」 「それが年取って、偉くなって」 「だんだんと」 「だんだんと頭が薄くなって」 「まァ、それも、しかし」 「そうしてようやく、頭に謙虚が浮かぶようになった。浮かんでいる間は山某さん、頭のてっぺんが非常に分厚い」 「てっぺんが。それは、シリコンですか。いや、いいんです。それで。シリコンでしょう

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          「初めから似合うと楽しい」 「そうでしょう」 「だんだん似合っていくのはもっとありがたい」 「それは、まァ」 「メガネや帽子やなんでもかんでも」 「目が慣れていくんでしょう」 「目が垂れていくんだよ。だんだん鼻は曲がるし頭は禿げたり増えたり」 「意外だなァ」 「山関さんが下駄を止してとんがった靴を始めた」 「郷土博物館の、あの山関ですか」 「うん。それで、だんだん山関さんの肩が丸みを帯び始めるらしい」 「それはなんです」 「靴の分を肩で調整するんだ」 「ありがたいなァ」 「け

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          「どうしたんです」 「いや」 「そんな顔は止めた方がいいです」 「まァ、しかし」 「どうしたんです」 「思ったことが全部、もう誰かに思われている気がするんだ」 「そんなものですか」 「この前、見下ろした」 「ええ、なんです」 「——地球は緑だった」 「そんな見方が、もう。ありますか」 「怪しいもんだ」 「まァ。けれど、それは兄さんどこにいるんです」 「どこって、遥か彼方さ」 「遥か彼方」 「ちょっと、あそこ」 「それは、ちょっと」 「気球でした」 「——気球。気球くらいで、地

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          「思い出なんて寂しいね」 「感じやすいなァ。年頃ですか」 「少年だ。じいさんだ」 「どっちですか。じいさんですよ」 「じいさん風だ。お前もだよ」 「僕は、じいにです。なんて。アハハハハハ。——それで、思い出は」 「じいいち」 「いいです」 「じいいち、」 「ジィ、ワン——ji,zero.all engine running」 「——」 「いいです。思い出」 「それが、昨日のことのように生々しいんだ」 「それなら、そうでしょう。いつの話です」 「昨日だ」 「昨日ですか」 「はっ

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          「変なんだ」 「なんです」 「板長が手袋して寿司を握っている」 「寒いでしょう」 「どうして」 「それは、まァ。そういうものです」 「その手袋した手で次に撫でた」 「撫でた。なんでしょう」 「——スケートリンク頭」 「寒いなァ。まァ。それで、やっぱり握りますか」 「さっきより握る。だんだんシャリがうまい」 「すると、演技点でしょう」 「ほんとうか」 「つまり、客の頭の中にわざとまずい寿司を置いたでしょう。それで実際に食べて旨かったら、頭のまずい寿司の分だけ余計に旨いという専門

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          「掘ってやった」 「困るなァ」 「どうして」 「どうしてって、だいたい何を掘ります。順番に困りますから」 「山な君が穴があったら入りたいと言い出した」 「どうしたんです」 「何が」 「恥ずかしいことがあるんでしょう」 「ないよ」 「ないですか。困るなァ」 「ただ穴に入りたい山な君じゃないか」 「まァ。それじゃァ、穴はどんなです」 「直径5メートル」 「なかなかです」 「半径にしておよそ2・5メートル」 「まァ、もともと」 「そして0・6ミリ」 「ほゥ、なんとなく——だいぶ浅い

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          「本当のことを言おうか」 「まァ。全然」 「ありがとう」 「それは、まァ」 「うん」 「そうです」 「——卵の可食部がけご飯」 「さァ、とにかくあちらへ」 「まァ。僕の卵かけご飯を見て山多摩さんが喜んでいる」 「兄さんの卵ですか」 「僕の鶏の卵かけご飯」 「鶏飼ってますね」 「——あなた、殻、割りましたね。黄色いそれ。今出ました。でも違いますよ。それは卵じゃないです、卵の可食部というのです。どうです。アハハハハハ。いや本当ですからね」 「皮や殻にこそ栄養が詰まってるの会の人で

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          「美しい」 「ええ」 「純白の……」 「まァ、そうです」 「——ももひき」 「ありますか」 「あるとも。それから、転ばぬ先の……」 「杖でしょう」 「——杖学校」 「どうして」 「どうしてって時代さ。それから、食い終わり……」 「もう僕は箸をしまいます」 「——食い終わったはずの焼きそばの群れ」 「……そっと箸を出す。——お母さん、ここの焼きそば。やっぱり食い終わってからが一番だねェ」 「どうして」 「どうしてって、あァそうだ、兄さん。井戸を掘って宇宙に去った……」 「何が」