「伸びるか、縮むか」 「まァ、そうです」 「なにが」 「それは、まァ、そういうものです。なんですか」 「鼻」 「鼻ですか」 「マスクの中の鼻だよ」 「それが、なんです」 「押さえつけられて鼻が縮む」 「まァ、それは」 「その刺激が鼻を伸ばす」 「それも、まァ。どっちですか」 「両方の運動を繰り返す」 「困るなァ」 「——おい、世の中はだいたいどっちもだね」 「けれど、兄さん」 「なに」 「なんだか、兄さんの鼻が長いです」 「マスクを外したタイミングが悪かったのだろう」 「いや
「ぬいぐるみに雑巾を巻いた味」 「いいえ」 「何が」 「そんな味は、こんにゃくの布団に寝ながら滑るようなものです」 「けれど、魚を食って——まるで肉のように……こう、脂が……」 「……これは、ほんとに……肉ではないですか?」 「それなら肉を食えばいい」 「肉が食えないのです」 「どうして」 「そういう信念でしょう」 「味を知ってるじゃないか」 「知らない間はまだ食えたのです」 「けれど、肉を食って——まるで魚のように……こう、水中を……」 「……あ、いま……いま、陸に打ち上げ
「煎餅があるだろう」 「ありました、ありました」 「それが、ぬれ煎餅になったら」 「誰かが、ぬらすでしょう」 「そうだね。それは、横歯さんだよ」 「そんな人が、もういますか」 「いるもなにも、誰かがぬらさなければならない」 「それは、まァ。いや、ほんとです」 「それで、横歯さんが新しく、びしょぬれ志願煎餅を募った」 「なんですか」 「びしょぬれになるということだ。けれど、醤油にくぐらせるのは難しい。実際彼らの中から沈没煎餅も出てしまったらしい」 「ぬらし過ぎですか」 「ぬらし
「なんだか、気のせいのようで」 「そういうものです」 「気のせいばかりでもないようだ」 「まァ、そうです」 「だんだん、じっくりと」 「ええ、だんだん」 「もうほとんど、それらしい」 「ほぅ。そんなものですか。いや、そうでしょう」 「なにが」 「なにがって、そうですから。そうなのでしょう」 「ふん。今にも出そうだ」 「出そう、ですか」 「もう出ているようでもある」 「まァ、もう」 「——おい、だめ。いや、でも……あァ」 「どうしたんです」 「まァ、まァ」 「あれ、兄さん。顔か
「それまで、いつものように済ましていた奥様」 「まァ。それまで。済ましていました」 「それが受話器を取った途端、人が変わってしまった」 「まァ、それも」 「変に上擦ったような、日頃とまるで違う声をして、全然奥様らしくない」 「それは。愛想ではないですか」 「そうだよ」 「それなら、そうでしょう」 「それが、そうでもない。普段より高い声というのは、つまり相手が普段の声を知っていて初めてわかるものだよ」 「すると、誰と電話しますか」 「——おい、だんだん受話器というのが恐ろしい気
「心配で泥棒がやれない」 「いやだなァ」 「邸に忍び込むやいなや、留守にした自宅が急に気になりだすらしい」 「誰ですか」 「心配と言ったって、結局、家の中に盗られては困るものがあるだけのことだろう」 「それは、まァ」 「だから、僕がそれを預かってやる。君は気にせず大いに泥棒をやりたまえ、つい軽い気持ちでこう言ったものが、いつか返す機会を失ってしまった」 「何がです」 「——おい、弟よ。だんだん兄さんも泥棒みたいだ」 「返せばいいです。長く借りていただけですから」 「それは、返
「歩いていて」 「ええ、どこでしょう」 「そこにあるから蹴った」 「どこです」 「蹴ったら、蹴れるもんだね」 「まァ、そんなものです」 「何が」 「それは、まァ。だいたい蹴ったら、蹴れるものですから。何がです」 「岩だよ」 「岩ですか」 「そうだよ」 「岩を蹴りますか」 「蹴るよ。蹴って、向こうまで転がったさ」 「そんなことがありますか。けれど、ちょっと、いいですか足」 「——おい、アハハ、止めないか。くすぐったいじゃないか。アハ、お、アハハハハハ」 「——なかなか繊細だなァ
「山にこもるらしいと言うが、どうも」 「誰です」 「山某さん。謙虚をやるらしい」 「謙虚ですか。誰です」 「若いうちは派手で、うるさくて、謙虚なんて考えてみたこともない」 「そうでしょう」 「それが年取って、偉くなって」 「だんだんと」 「だんだんと頭が薄くなって」 「まァ、それも、しかし」 「そうしてようやく、頭に謙虚が浮かぶようになった。浮かんでいる間は山某さん、頭のてっぺんが非常に分厚い」 「てっぺんが。それは、シリコンですか。いや、いいんです。それで。シリコンでしょう
「初めから似合うと楽しい」 「そうでしょう」 「だんだん似合っていくのはもっとありがたい」 「それは、まァ」 「メガネや帽子やなんでもかんでも」 「目が慣れていくんでしょう」 「目が垂れていくんだよ。だんだん鼻は曲がるし頭は禿げたり増えたり」 「意外だなァ」 「山関さんが下駄を止してとんがった靴を始めた」 「郷土博物館の、あの山関ですか」 「うん。それで、だんだん山関さんの肩が丸みを帯び始めるらしい」 「それはなんです」 「靴の分を肩で調整するんだ」 「ありがたいなァ」 「け
「どうしたんです」 「いや」 「そんな顔は止めた方がいいです」 「まァ、しかし」 「どうしたんです」 「思ったことが全部、もう誰かに思われている気がするんだ」 「そんなものですか」 「この前、見下ろした」 「ええ、なんです」 「——地球は緑だった」 「そんな見方が、もう。ありますか」 「怪しいもんだ」 「まァ。けれど、それは兄さんどこにいるんです」 「どこって、遥か彼方さ」 「遥か彼方」 「ちょっと、あそこ」 「それは、ちょっと」 「気球でした」 「——気球。気球くらいで、地
「思い出なんて寂しいね」 「感じやすいなァ。年頃ですか」 「少年だ。じいさんだ」 「どっちですか。じいさんですよ」 「じいさん風だ。お前もだよ」 「僕は、じいにです。なんて。アハハハハハ。——それで、思い出は」 「じいいち」 「いいです」 「じいいち、」 「ジィ、ワン——ji,zero.all engine running」 「——」 「いいです。思い出」 「それが、昨日のことのように生々しいんだ」 「それなら、そうでしょう。いつの話です」 「昨日だ」 「昨日ですか」 「はっ
「変なんだ」 「なんです」 「板長が手袋して寿司を握っている」 「寒いでしょう」 「どうして」 「それは、まァ。そういうものです」 「その手袋した手で次に撫でた」 「撫でた。なんでしょう」 「——スケートリンク頭」 「寒いなァ。まァ。それで、やっぱり握りますか」 「さっきより握る。だんだんシャリがうまい」 「すると、演技点でしょう」 「ほんとうか」 「つまり、客の頭の中にわざとまずい寿司を置いたでしょう。それで実際に食べて旨かったら、頭のまずい寿司の分だけ余計に旨いという専門
「掘ってやった」 「困るなァ」 「どうして」 「どうしてって、だいたい何を掘ります。順番に困りますから」 「山な君が穴があったら入りたいと言い出した」 「どうしたんです」 「何が」 「恥ずかしいことがあるんでしょう」 「ないよ」 「ないですか。困るなァ」 「ただ穴に入りたい山な君じゃないか」 「まァ。それじゃァ、穴はどんなです」 「直径5メートル」 「なかなかです」 「半径にしておよそ2・5メートル」 「まァ、もともと」 「そして0・6ミリ」 「ほゥ、なんとなく——だいぶ浅い
「本当のことを言おうか」 「まァ。全然」 「ありがとう」 「それは、まァ」 「うん」 「そうです」 「——卵の可食部がけご飯」 「さァ、とにかくあちらへ」 「まァ。僕の卵かけご飯を見て山多摩さんが喜んでいる」 「兄さんの卵ですか」 「僕の鶏の卵かけご飯」 「鶏飼ってますね」 「——あなた、殻、割りましたね。黄色いそれ。今出ました。でも違いますよ。それは卵じゃないです、卵の可食部というのです。どうです。アハハハハハ。いや本当ですからね」 「皮や殻にこそ栄養が詰まってるの会の人で
「美しい」 「ええ」 「純白の……」 「まァ、そうです」 「——ももひき」 「ありますか」 「あるとも。それから、転ばぬ先の……」 「杖でしょう」 「——杖学校」 「どうして」 「どうしてって時代さ。それから、食い終わり……」 「もう僕は箸をしまいます」 「——食い終わったはずの焼きそばの群れ」 「……そっと箸を出す。——お母さん、ここの焼きそば。やっぱり食い終わってからが一番だねェ」 「どうして」 「どうしてって、あァそうだ、兄さん。井戸を掘って宇宙に去った……」 「何が」