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「変なんだ」
「なんです」
「板長が手袋して寿司を握っている」
「寒いでしょう」
「どうして」
「それは、まァ。そういうものです」
「その手袋した手で次に撫でた」
「撫でた。なんでしょう」
「——スケートリンク頭」
「寒いなァ。まァ。それで、やっぱり握りますか」
「さっきより握る。だんだんシャリがうまい」
「すると、演技点でしょう」
「ほんとうか」
「つまり、客の頭の中にわざとまずい寿司を置いたでしょう。それで実際に食べて旨かったら、頭のまずい寿司の分だけ余計に旨いという専門技術点です」
「そうか。どっちだ」
「ええ、ほんとです」
「いや、とにかく。ありがとう。しかし、板長がだんだん盛り上がって、ついに始めた」
「なんです」
「手袋を取っ払うと、そこに板長の素手がにゅるっと。それが、たちまち寿司を握って、——握ったまま離さない」
「よくないなァ」
「だから、仕方なくそうしたんだ」
「何がです」
「板長の手を握った。握って、そっと開いた」
「——なんだか、この寿司はほかほかだァ」
「変なんだ」
「変じゃないです。恋なんです」

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