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「煎餅があるだろう」
「ありました、ありました」
「それが、ぬれ煎餅になったら」
「誰かが、ぬらすでしょう」
「そうだね。それは、横歯さんだよ」
「そんな人が、もういますか」
「いるもなにも、誰かがぬらさなければならない」
「それは、まァ。いや、ほんとです」
「それで、横歯さんが新しく、びしょぬれ志願煎餅を募った」
「なんですか」
「びしょぬれになるということだ。けれど、醤油にくぐらせるのは難しい。実際彼らの中から沈没煎餅も出てしまったらしい」
「ぬらし過ぎですか」
「ぬらし過ぎだ。あと少し早ければ、掬えた煎餅もあった」
「なんだか、怖いみたいです」
「——おい、今、湯に浸かってどれくらいだ……」
「けれど、兄さん。出汁というのがありますね」
「出汁がどうした」
「僕らが沈んでしまっても、出汁が出ていればありがたいです」
「もう、出ようか」
「まだ、出ますから」

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