あのひと
罪
「ひと」を「ひと」で誤魔化すことって確実にできるのだと思う。
私が「人」への気持ちを「人」で誤魔化してきたのはきっと事実だ。
誰か大切な人を失った時、そこに代わりの誰かを自分が崩れないうちに滑り込ませる。そんな荒業を濫用していた自分が嘆かわしい。
あの人をまもれなかった罪滅ぼしに、誤魔化した偽りをまもろうと必死だった。
でも、そうしないと生きていけなかった。簡単に手に入る代用品で誤魔化さないときっと私はあの時生きていけなかった。
私はあの人を永遠に失ったと信じて疑っていなかった。あの時、いつかなんて気持ちを持ってしまったら、生きられるわけのない「永遠」を生きて行かなければならなかったのだ。
「一瞬」は永遠でもある。でも「永遠」が一瞬であることは絶対にない。
だけれど私はあの時与えられた永遠に近い気の遠くなる時間を、「一瞬」で代用しようとした。それに気付かないのが私の常であることを、やはり私は気づいていなかった。
無力
昨年の今頃・・・。
私は今と少し違うことをきっと考えていた。
「あの人」のことを。あの人のことばかり考えて、これがいつまで続くのかと疲弊しきっていた。あの人のことばかり考えていた私は、あの人が一体誰なのかさえ分からなくなりそうだった。
一瞬で失ったあの人はきっと私の永遠になってしまった。
何もかも見失いそうで辛かった。
あの歌がなかったら私はきっと生きていけないどころか、この命を簡単に捨てたかもしれなかった。
永遠を紐解く方程式を教えてくれたあの歌は、私に「いつか」の希望をくれた。簡単な気持ちでは言えない「またいつか」を肯定してくれた。
気休めであったとしても、私にとっては永遠を紐解く唯一の方法だった。
あの人には聴こえない「またいつか」を、一言呟いた時、私の命は辛うじて「今」に繋がったのだ。
いつか夜明けがくることを、あの人がきっと笑っていることを。
あの人がきっと考えもしないことをきっと私は願っていた。
そして願ってはいけないことを願った。あの人がきっと願わないと信じ込んでいたことを必死で願っていた。
代償
私が誤魔化した一瞬は、もちろん続くことがなかった。
簡単に手に入った代用品が裏切ったと、代用した私は勝手に怒り狂った。
今思えば、代用した私が罪だった。酷いことをした。
でもそうしないとあの時の私は生きていけなかった。
それを理由にされた代用品が私を理解できないのは当然だった。
代用品が要らなくなっていたことに気づいた時、きっと私は空っぽだったか、あの人を取り戻していたかどちらかだった。
・・・あの人を失っていなかったことに気づいたのはいつだったか、もう記憶にすらない。いや、記憶に刷り込まれないように、あの人は当然のようにそこに居た。あの人が願っていないと思っていたことを、あの人もきっと願っていたのだと思う。
あの人がきっと考えていないと思っていたことを、あの人は考えていたのだと気づいた時が私にとっての夜明けだった。
取り戻したあの人が笑わないことに気づいていた私は、あの人が誰かに笑っていると知った。
笑顔が笑顔に見えないことは、きっと私の心が感じていただけだった。
無償
あの人を失った時、申し訳ない気持ちで一杯だった。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
そればかり繰り返して気が狂いそうだったのを思い出す。
あの人が笑わない理由を見つけた私に、あの人は笑ってくれた。いつも長いふさふさの睫毛を濡らしていたあの人は、泣いてなんかいないのだと、きっと幸せに生きていたのだと、そう知った時、一度だけごめんなさい、と伝えたい気持ちはやはり消えなかった。
・・・でもあの人が笑ったことは身の毛がよだつほどのよろこびだった。
「ごめんなさい」は「永遠」で、きっとそれを紐解く方程式を夢む日が来ることを、その希望を、私はあの歌を口ずさみながら捨てずに生きることを望んだ。
生きていけなかった私が、生きていける方に傾いた瞬間だった。
あのひと
あの人のことばかり、あの人のことばかり・・・。
でもそこにあの歌があったことを私は「永遠」に心に宿している。
きっと、いつか、見える。
暗く黒く見えていた闇の色は、きっと遥かの青・・・。
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