こけし

つれづれと、気ままに考えたこと、感じたこと。休職にはじまり退職、職業訓練、転職を綴って…

こけし

つれづれと、気ままに考えたこと、感じたこと。休職にはじまり退職、職業訓練、転職を綴ってきました。回復できてきたからこそ、のんびりいこうとしている今日この頃です。最近デミロマンティックを自覚しはじめました。

マガジン

  • 適応障害で休職した話

    休職〜転職までの一連のnoteまとめ

  • 職業訓練と転職〜適応障害→休職→退職を経て〜

    適応障害→退職後の転職と職業訓練に触れてるnote 休職初期の話を含めたマガジンから関係するものを抜き出していて、 こちらはよく読まれているものを上に配置しています。

最近の記事

  • 固定された記事

改めて自己紹介を

このアカウントを作ってから、いろんな状況が変わっていたので自己紹介noteを改めて書こうと思います。 2022年に適応障害による休職を経験し、退職。 職業訓練に行ったりしながら転職活動をして、 2023年春から新しいスタートを切った人です。 noteは休職中に、内省的な自分だけの日記以外の場所で、なおかつ私を知らない人がいる場所に何かを書くことができるから、という理由で休職中の出来事なんかを書いてきました。 トピックの統一感はないものの、一応記事はマガジンにまとめました

    • ちゃんと決めよう。適応障害だって、向き合って、壁に遭遇しながらも少しずつだったけど越えてきたから。過去の大変だったことに逃げて恋愛怖いって思うのやめる。デミロマ的な要素は実際持ってるけど、一方で逃げてる要素も両方あるのが今だから。

      • 「恋愛したい」と、拒否したい自分

        デミロマンティックかも、と思いながら、やっぱり戻ってきてしまう恋愛への拒否感。 好きな人との関係をすすめる怖さが、デミロマなのか、そうじゃないのかわからないと前回のnoteに書いたんですが、やっぱり怖さはデミロマとかじゃなくて自分の過去にありそうでした。 そもそも、適応障害になったこともひっくるめて考えると、自分より基本的に人のことばっかり考えて生きてきていたのが私です。 そして、家族のなかでの立ち位置も難しかった。 いわゆる虐待とかネグレクトとかじゃないです。家庭内暴

        • 恋愛相談をすること

          人を頼るのが苦手だったことがどれくらい影響しているかわからないけど、恋愛のことを真面目に、でも軽やかに相談することって、実は今までなかったなぁとふと思った。 だからこそ、自分がデミロマンティックな要素を持ってることに気づかなかったんだとも思うし、類は友を呼ぶではないけど、普段から恋愛以外の打ち込むことや面白いこと、好きなことベースでの会話が多めの人付き合いが多かったのも影響している気がする。 恋バナは、会話についていけないとかそういうこと以前に、話をする機会が実は少なかっ

        • 固定された記事

        改めて自己紹介を

        • ちゃんと決めよう。適応障害だって、向き合って、壁に遭遇しながらも少しずつだったけど越えてきたから。過去の大変だったことに逃げて恋愛怖いって思うのやめる。デミロマ的な要素は実際持ってるけど、一方で逃げてる要素も両方あるのが今だから。

        • 「恋愛したい」と、拒否したい自分

        • 恋愛相談をすること

        マガジン

        • 職業訓練と転職〜適応障害→休職→退職を経て〜
          12本
        • 適応障害で休職した話
          28本

        記事

          七夕にちょっとした願いをこめて

          前回のnote で少しデミロマンティックかもみたいなことを書いていて、それ以降もずっと自分のデミロマンティック具合がどんなものなのか少し持て余していたのだけど。 子供の頃に唯一年中行事としては遠ざかってしまった七夕になんとなく祈りを込めたくなったので、また少し書きます。 子どもの頃からそれなりにずっと好きな人はいたし、告白だって自分からすることのほうが多かったので、自分としては今まで違和感を持ったこともなかったのだけど。高校以降くらいで考えると、好きな人のでき方はかなりパ

          七夕にちょっとした願いをこめて

          「体調が悪い」を認識できなかった話

          前回の投稿で、新しいことにチャレンジしていることを書きましたが・・・ なんか気負いすぎたらしいです笑 いや、チャレンジすることと、単純に立場は今までとそんなにかわらないけど新しいインプットが必要なことと、いろいろスタートが同じだったんですよ。同時進行。 で、「あれ、なんかすごいハイだな」的なタイミングが直前にあったりもして、実際それはすごくポジティブな出来事の影響でもあったからベースとして元気というか調整がいいという認識だったんですよ。 でもそうじゃなかった。 普通

          「体調が悪い」を認識できなかった話

          「自分」だけど、「自分」じゃないみたい

          ご無沙汰しています。いい意味で、仕事の忙しさでなかなか書けていないnoteですが、さっき適応障害の診断を受けてから書いていたメンタルノートをたまたま見つけて気づいたのでちょっとだけ書きます。 みつけたノートは、2年前に休職指示のを診断書もらってから退職の意向を職場で告げるまでのこと、その後の気持ちの記録など、通院とカウンセリングのために書いていたもの。 その中に、「何かをできるようになるのが怖い。できるようになった後、頼られてばかりで、自分が頼りにできる人がいない。」って

          「自分」だけど、「自分」じゃないみたい

          通院終了後も、転職後も続けていること

          適応障害での休職・退職を経て、昨年春から再び働きはじめました。もう少ししたら転職からも1年。 比較的元気に過ごしているものの、細かくみればアップダウンもたくさんあったし、新しい職場でのいろんな出来事もありました。 バタバタしていたこと、そして、ありがたいことに充実していたこともあって、noteにはすぐに書けなかったけれど、再び動き/働きはじめてからもやっていてよかったなと思うことを2つ書きます。 1:月1くらいのカウンセリング 病院に行く前から通っていたこともあり、通院と

          通院終了後も、転職後も続けていること

          適応障害の何割かは、「事故」だと思う

          ご無沙汰しています。昨年の診断書が出て休職し、退職、職業訓練を経ての再就職で、現在はフルタイムで働いています。 新しい職場で戸惑ったりしながら、以前よりは誰かを捕まえて「話す」ことで頼ったり甘えたりできているのかな、と思っています。 そんな中、身近な人が去年の私と同じように診断書を受け取ったと連絡があり、改めて自分の経験を振り返ることもありました。 今回は、私自身が今もそう思っていることについて書こうと思います。 前提として タイトル通り、私は適応障害の何割かは「事故

          適応障害の何割かは、「事故」だと思う

          新生活とレシピ本

          あっという間に4月が終わろうとしている。 ようやく対面での仕事や学校生活も以前のような形になってきているのではないかなと思いつつ、昨年の休職時に自分を助けたのが自炊だったので、 すこーし遅いけれど新生活にまつわる話を書いてみようと思います。 多少手伝いで料理をしていたとはいえ、自分だけで生活して自炊をするというのは大学生になってからの話。 通学がさすがに難しくなってきて、後期から下宿をすることにしたので、 大学生活に少し慣れた頃から自炊を始めたことになります。 一番よかっ

          新生活とレシピ本

          最後の認定日

          先日、ハローワークで最後の認定日を迎えました。 失業給付金をもらう少し前から相談には行っていたので、たぶん半年以上のお付き合いだったハローワークと一旦さようならです。 失業給付金は、諸々の条件から弾き出された給付期間90日に加えて、職業訓練期間3ヶ月のうち、元の給付期間からはみ出た2ヶ月分と、職業訓練に通いながら求職活動を始めていたけど訓練期間中には内定をもらえなかった、ということで追加された1ヶ月分があり、トータルでおよそ半年間もらっていた計算になります。 ※失業保険の

          最後の認定日

          「話す」と書いて「頼る」「甘える」と読む

          「短所は、人を頼るのが苦手なことです」 転職活動準備中、想定質問への答えとして用意していたこの一文から始まる文章。実際、前職で体調を崩した理由の一部としては、なかなか自分が困っていることを伝えられずにいたことが影響していると思う。 それでも、適応障害の診断を受けながらもスムーズに回復してこられたのは、ひとえに病院の先生やカウンセラーさん、家族や友人が励まして見守ってくれたから。その経過を振り返りながら、わたしはよく「たまたまた」とか「ちょうどこのときに」と、偶然友人たちと

          「話す」と書いて「頼る」「甘える」と読む

          就職前に知っていたかった労働関連の知識とか

          思いがけずいくつかの記事を読んでもらえているので、休職するよりも前に、なんなら「社会人」をする前に知っておけたらよかったなぁと、今回の経験で思ったことを書きます。 私の経験は一例でしかないし、専門家ではないので、本やウェブ記事紹介に頼りまくりですし、大学のセミナーで聞いたことある!っていうのもあるかもしれません。ご了承ください。 知識って冒険者のアイテムみたいなところありますよね。ちょうど友だちと「あのときにこれを知れてよかった」みたいな話題もでたところ。 今新卒の就活の人

          就職前に知っていたかった労働関連の知識とか

          適応障害で休職→退職→転職 でやってよかったこと

          休職はじめにちらほらみていた「休職中にやっていたこと」系のnote。休職としては2ヶ月だったけど、適応障害からの回復の体感としてはそれなりに時間もかかっていたので、改めて自分にとっての「やってよかったこと」をまとめてみました。長いです!あとあんまり転職については書いてなくて、どちらかというと過ごし方みたいな感じです! 図書館と本屋通い近所の図書館に本を借りにいってました。全部読み切れるわけじゃなかったし、選ぶ本もいろいろだったけど、棚を眺めていろんな本があるんだな〜と思うと

          適応障害で休職→退職→転職 でやってよかったこと

          もう少し早くに読めてたらよかった!「科学的な適職」

          めずらしく(笑)、本の紹介をします。適応障害になる前とか、休職中にちゃんと読めていたらよかったなぁとも思うので、なんで読むのが遅くなったかも含めて書きます! その本は、転職関係のnoteでもよくみかけるこちら。 「科学的な適職」/鈴木祐:著 読んでなかった理由と読むきっかけ のっけから感想でなく経緯ですが・・・ 転職を考えはじめたとき、図書館で色んな本を読もうとして、「天職」とか「適職」とかのものも読みかけていたんだけど、どうもしっくりこなくて。よくわからないモヤモヤを

          もう少し早くに読めてたらよかった!「科学的な適職」

          「死んじゃったらどうしよう」と思っていた話

          今朝の朝ドラをみて、適応障害のときにあった「死んじゃったらどうしよう」の感覚の、私にとっての背景が少しクリアになったので書いてみます。 ※ちょっとだけ後半に朝ドラのネタバレを含むので、3月14日の放送をまだみてない人はみてからで・・・笑 はじめに 「希死念慮」というのは、最近知られるようになってきているとは思うし、メンタル不調のなかでその言葉を知る人も、支える立場としてその言葉に直面する人もいるんじゃないかな、と思います。 端的にいえば、「寝よっかな」と同じようなテンショ

          「死んじゃったらどうしよう」と思っていた話