帰る場所

私は色んな人の帰る場所でありたい。
大事な人の帰る場所でありたい。

帰る場所、家。
落ち着く場所でありたい。落ち着く存在でありたい。

快適、ではなくて、落ち着く場所。
素の自分で居られる場所。ふと心の本音が零れるような、ふと身体の力が抜けてしまうような、身を委ねられる、そんな場所。



現代、特に若者にはそういう場所を持っていない人が多いように見られる。
友人間でも、家でも、ネットでも、どこでも
ずっと自分を偽り続ける。自分の本音に気付かないふりをしたままただただ過ぎていく時間を過ごす。
自我を持たないまま社会に出てゆく人の多さよ。

受験シーズンの今。
自らが重要な時期にも関わらず、人の噂に流されトラブルを生む人々。
実際はその噂を信じきれないことをどこかで分かっている。それを確かめる訳でもなく、反論する訳でもなく、気付かないふりをして、だんだんと噂のターゲットを障害物と錯覚し、排除しようとしてゆく。

実際はその噂を信じきれないことをどこかで分かっている。だんだん錯覚によって余計にそれが分からなくなる。精神が乱れ、心が荒れる。噂のターゲットのせいにする。

もちろんそんなこと彼らは気付かないわけで。
自分が1番悲劇に陥ってるわけで。
ターゲットらが悪人なわけで。
それが本来帰る場所であったかもしれないのに。

彼らには今、帰る場所は無いようだ。
見かけ上の孤独と内面的な孤独、どちらの方が深刻か もちろんそんなことは言うまでもない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?