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第10章 From The Old World

Vol.1
 おっと。僕はあまりに読書に集中しており、新幹線の時間はもうわずかというところまでになっていた。僕は、慌てて本を閉じ、会計を済ませてカフェを後に新幹線のホームへと急いだ。駅のホームはそこそこ混んでおり、人を避けながら改札を抜けた。駅のホームへ階段を駆け上がると息が白くなっていた。鼻がツーンとするような寒さが身体をおそう。ふと空を見上げると雪がちらついていた。どおりで寒いわけだ。骨の芯まで冷たくなっている。「早く新幹線が来ないかな。」そう思いながら新幹線を待つ人の長い列へ並んだ。別に指定席を取っているから並ばなくてもいいのだが、なんだか並ばなくてはならないのは僕の性格なのだろうか。寒空の下で、手をこすりながら新幹線を待っていると、僕の前に老人が僕の前に割り込んできた。僕は、少しムッとした。なんなんだこいつは。こっちはちゃんと並んでいるのに。ここは、文句の一つでもいってやるか。そう思い、僕は老人に話しかけた。
「あの、先に並んでいるんですが。」
「順番なんて気にしなくてもいいだろ。」
「えっ。」
驚いた。確かに指定席は並ばなくても、自由席のように場所を取り合うことはない。しかし、だからと言って並んでいる人の前に立つなんて行為が許されているわけではない。次の瞬間、僕は衝撃の言葉を老人の口から聞いた。
「どうせそんなお客さんはいやしない。」
「いや、そういう問題じゃないでしょ。」
「あー、もう若いもんなんだからいいだろう。」
ダメだ。会話にならない。こんな人と話していても時間の無駄だ。僕はそう思って黙り込んでしまった。しかし、僕の後ろに並んでいた女性が僕に次いで老人に文句を言った。
「順番はちゃんと守りなさいよ。みんな並んでいるんだから。」
「そんなのは知らん。」
「これっだから高齢者は。」
「なんだと。」
どんどんとヒートアップしていく。女性は、不危険そうな顔で老人に対して文句をなげ、老人は怒りながら僕と女性にぐちぐちと言ってきた。僕は、このままいざこざが大きくなってしまうのは面倒だなと思っていた。すると駅員さんがこの異変に気付き、こちらへやってきた。
「どうなさりましたか。」
僕の後ろの女性が、駅員さんに今起こっていることを説明した。すると駅員さんが、老人を宥めながらちゃんと列に並べた。老人は文句をブツクサいいなが列に並んでいた。そのあと、切符を確認すると、その老人は自由席の切符で、指定席に乗ることなんてできないのに並んでいたことが判明した。少し認知症も混じっていたのだろうか。僕も女性も老人がいなくなったことにホッとしているようだった。
「プルプルプルプルー。まもなく、電車が参りますー。」
新幹線が駅のホームにやってきた。僕は、新幹線に乗り込み、上着を脱いで席についた。僕は、約二時間くらいの電車の旅を楽しむことにした。新幹線が動き始めると、無機物の森を抜けて、有機物の森を走っていく。しんとしているような森や草木が死んだ田園風景。凍てつくような田舎の町々を駆け抜ける。この街にはどのくらいの人口がいるのだろうか。少子高齢化なんて言われ始めてから何年経ったんだろうか。30年近くがたっただろうか。こんな通り過ぎるだけの街に未来なんてあるのだろうか。さっきのような老人ばかりが増えていく社会に未来はあるのだろうか。いや、ないだろう。だが、自分が結婚せずに子供を作らないことはそれを加速させる一方である事を自分でも自覚していた。「自分の時間が大事。仕事のキャリア的にも今が一番大事。」「子供を幸せに育てるだけのお金がない。」「社会が悪いから子供を産まないんだ。子供を産みたいと思えるような社会なら産んでいた。」街ゆく人やニュース番組でゲストに呼ばれた人がそう口々に言う。老人たちは、「私たちが若い頃はー。」とお決まりのようなセリフで返し、結局何も決まらない。まるで、長時間会議を行うものの結論が出ないまま終わってしまう無意味で無駄な会社の会議のようだった。社会というひとくくりの集団を構成するのが人であり、多様な人がいるから社会は多彩な側面を見せている。だが、今の日本は大多数が老人という萎れた花のようだった。ドライフラワーのように綺麗なものであればいいが、中途半端に水分が残り発酵臭を醸し出し、虫が沸いている。沸いた虫達のせいで、新たに芽吹く新芽達を腐らせていく。僕は、昔読んだ詩集を思い出した。タイトルは、”冬虫夏草”。僕が初めて読んだものだった。

冬虫夏草

新緑漂う舞花は美し
彼岸出て悲願は訪れ
堕ちる季節に蟲は咲く
朽ちた花は肥にはならず
葬送双和は訪れず
共に腐乱腑乱

短い詩であるが、僕はとても好きだった。よくわからないが、言葉のリズムが好きだったのだ。だが、今思うとこの詩は、この高齢化社会を例えているように思える。若者の活力を高齢者が吸い尽くす社会。今のままじゃ共存なんてできやしない。若者がいなくなれば高齢者は年金や社会保険を支えるものがいなくなり、滅びてしまう。逆に高齢者がいなくなった頃には、若者は取り返しのつかない程にダメージを負っており、再び輝くことは難しいだろう。何か、冬虫夏草的な社会を打ち崩すことができないだろうか。僕はその答えを探しに迷霧の中で彷徨っていた。恐竜は隕石に、マンモスは氷河期に。そして人間は人間の手によって滅びてしまうのだろうか。皮肉な話だ。世界中の動物、ニホンオオカミやドウドウ、モアなど、人は多くの動物を絶滅させてきたのに、自らを絶滅させるのも人である可能性があるなんて。新世界を想像した神々は人々をどのようにして導いたのだろうか。”己を愛するが如く、隣人を愛せよ”とイエスは説いたが、想うだけでは社会は好転しない。だからこそ、イエスは世界に自分の信仰を布教していったのだから。ことはそんな単純で生やさしいものではないのだ。世界はもっと複雑で、悪意にまみれ、欲望的で、残酷なほどに混沌としている。世界の紛争は終わることがない。最近では、急激に増加する人口や気候変動によって生じる資源不足に伴い膨れ上がった他国のインフレによって経済は壊滅的な被害を受けていた。その余波は、日本にも到達し、世界全体の経済的な資源争いが激化していた。日本という国は他国に資源を頼り切っているせいで、物価高騰に耐えきれず、このままでは本当に危ないところまで来てしまう。レッドラインはもうすぐそこまで来ている。しかし、我々はそんなことを知っているのに見ないふりをしている。だから今日もこうやって新幹線に乗ってコーヒーを飲んだり、スマホをいじったりして暇を持て余しているのだ。見たくないものや受け入れたくないものから自分を守るように。他力本願な野望だけを募らせて。
 「コーヒー、お茶、ジュースはいかがですか。」
新幹線の車内販売がやってきた。車内販売なんてまだやっている新幹線があるのか。少し懐かしい感覚に襲われた。車内販売は、新幹線の利用者数の減少に伴い、廃止されたシステムだった。いつかは、ロボットにとってかわられる日が来るだろうか。と思っていたが、廃止されていく方向になるなんて。まあ、日常遣いしない僕にとっては大きな絶望ではないが。
 パシュッ。缶が悪音がした。それと同時にアルコールの匂いが漂う。そしてイカだろうか。おつまみの匂いが車内に充填された。誰だよ、朝から新幹線で飲酒している奴は。そう思い、僕はトイレに向かう道中、犯人を探した。すると、僕の3つ前の席に座っていた20代くらいの女性が、おつまみを広げ、スマホの画面を見ながらハイボールを片手にキメていた。僕は、どうせおっさんが飲んでいるのだろうと思っていたので驚いた。よく見ると、どこかで見覚えがある気がする。ー誰だろう。トイレについて一息ついていると僕は、ハッとした。この情景は、そうだ。パチスロ系YouTuberのワンたまさんだ。間違えない。ワンたまさんはチャンネル登録者数16万人のパチスロ系のYouTuberで、冴えない感じの芋ジャージで酒を飲みながら人生について語ったり、パチスロにい投げ銭を全て溶かしていくのを売りにしている。僕がなんでこの人を知っているのかというと、自分がすることのないギャンブルに身を染めて、今を生きている感じが好きだった。自分のようにどこかを生きているかわからないような人間にとって、今を最高に楽しんだり、ギャンブルに負けて失意を噛み締めたりしている人を見ると眩し苦感じてしまうのだ。きっと、ワンたまさんはきっと今、いつものように撮影しながらハイボールを飲んでいたのだろう。僕は、声をかけたい気持ちもあったが、動画撮影の邪魔になってはいけないと思い、自分の席に戻った。席に着くと、急に眠気が襲ってきた。昨日からの長い旅で身体が疲れ切ってしまっていた。朝も早かった。先程まで飲んでいたカフェインはもう仕事をしていないようだった。ゆっくりと、意識が飛んでいく。ウトウトとしている自分がいることを認識しているが、それを止めることができない。ウトウトして頭を前に倒してしまい、そのまま前の座席にぶつけそうになってしまった。危ない。そう思っていたこっろには、僕はもう夢の中に堕ちていた。

 「お前に話さないといけないことがある。」
僕の前に父が座り、いつになく真剣な表情で話しかけてきた。僕はなんだか怖くなった。声のトーンから分かる。悪いことがある時、なんだか雰囲気でわかる。ジェットコースターに乗ってそのまま落ちていく時に感じるようなあの感覚がある。
「急になんだよ。改まって。」
僕が返事をすると、父は少し憂いを帯びた声で話し始めた。
「俺の身体には癌がある。」
「がん。って、どこに。」
「前立腺癌だ。」
「えっ。」
僕は驚いた。昔からあんなに健康というか、うるさい父が癌になった。そんな突拍子もないことを言われても信じられない。と思いたかった。60代を感じさせないくらいのお酒の飲み方をしており、僕はそろそろ年齢も考えて控えてほしいとよく言ったばかりだった。心配が現実になっていく。ああ、あの時、無理矢理にでもお酒をやめさせておくべきだった。後悔が自分の体に流れ込んでくるような感覚だった。なんて言ったらいんだろうか。喉が妙に乾く。僕が、黙っていると父が話を続けた。
「まだ、癌がそんなに進行しているわけではないんだが。」
「そうなの。手術しないといけないの。」
「それはわからない。」
父は、何か覚悟を決めているようだった。癌なんて自分には関係ないことだと思っていた。思っていたことが現実になると、人はなんと言っていいのかわからなくなるものだ。思考はほとんど意味をなさず、僕はただ困惑を浮かべることしかできなかった。そんな僕に、母がお茶を出した。
「まあ大丈夫よ。すぐ死ぬとかそういう問題じゃないんだから。」
「そりゃそうだけど。」
母は少し笑顔で僕に話しかけてきた。いつも通りの母だった。
「まあ、検査をしながら様子を見ていく感じかな。」
僕よりも両親は落ち着いていた。どうしてそんなに落ちいついてられるのだろうか。僕は不思議だった。癌というと、死を連想させてしまうのは、ドラマの見過ぎだろうか。僕は、母から出されたお茶をゆっくりと啜り、自分を落ち着かせようとした。お茶には、リラックス効果がある。そう思いながらも、熱々のお茶を啜ったせいで、猫舌の僕は舌を火傷した。
「っつ。」
「もう、あんたは。相変わらず猫舌なのね。子供の頃から全くかわらないんだから。」
「しょうがないじゃん。猫舌は治らないんだから。」
「そそっかしいだけじゃない。」
「ー。」
僕は黙って熱いお茶を啜った。落ち着くどころか、逆に落ち着かなくなっていた。ヒリヒリする舌を気にしながら父の病気についての話を続けた。
「手術すれば治るの。」
「手術すれば取れるが、頻尿になってしまう。」
「しんどいな。それは。」
「中性子線?というレーザーで焼く方法もあるが、それをすると今後再発した時に同じ手術をすることができない。」
「一長一短ってことね。で、医者はどうしたほうがいいって言っているの。」
「自分で好きな方を決めればいいと言われた。」
父は、淡々と言葉を発していく。その言葉は機械的な音にも少し似ていた。自分の置かれた状況に対して客観的に捉えているせいだろうか。凪のような秋の夕暮れのような物寂しさが感じられた。僕は、これから父がどうするのかについて聞くことはできなかった。ただ、伝えられた事実を受け止めることすらできていない。相槌を打つのがやっとであった。
「そうかー。」
医者がこうい時、「どういう治療をすべきかなのか。」を患者に決めさせるのか。せめて一番リスクの少ない手法を提案してくれてもいいのに。僕は少し医者がずるいと思った。一番詳しいプロのはずなのに、手術に関してどうするかはど素人の患者に任せるなんて、無責任じゃないのか。患者の意思を尊重してなんて、ある意味考えることを放棄したようなものじゃないのか。僕は疑問に思った。僕は、父でも母でもない場所を見て熱いお茶を再び啜った。
 場面はいきなり変わり、僕はいつの間にか東京の渋谷の人混みを歩いていた。遠rすぎる人々が、僕を見ている。「なんだ。僕の顔に何かついているのか。」僕は不思議になって鏡を探した。渋谷駅構内にあるトイレに走っていく。途中、何人かにぶつかったが、僕を見るなりすごく嫌悪感を浮かべているのを感じた。トイレについて僕は鏡を見た。すると、僕は自分の体を見て驚いた。身体中に血痕がついていたのだ。一体誰の血が僕についてしまったのか。訳が分からなかった。しかし、その血液は、自分の鼻から滴っていたことに気づいた。顔をぶつけた時のようにどこかが腫れ上がっているわけでなく、ただ自分の鼻から血が出ているのだった。血液が凝固し、鉄の味がした。すると、急に僕の目の前は急にグワンと歪み始めた。僕は身体がグラつきその場に倒れてしまった。身体が動かない。目の前が真っ暗になった。

 次はー。お降りの方は忘れ物をなさらないようにー。

僕は、ハッとした。いつの間にかガッツリ爆睡していたようだ。「なんだ、夢か。」そう思いながら、僕は新幹線を降りる準備を始めた。もう少しで新幹線が駅に到着する。僕は、少しまだ夢に取り憑かれながら、おぼつかない足で新幹線ので口ドアの前へと足を運んだ。新幹線がブレーキを掛け始めた。キーーーッという音が大きくなるにつれて、慣性の法則が身体を襲う。完全に止まるまで数十秒くらいかかった。新幹線のドアが開き、人々が駅に降り出した。とは言っても、数人程度しか降りない。これが田舎の新幹線駅の現実だ。なぜここに新幹線の駅を作ったのだろうか。駅を降りるとそこはほとんど山の中だった。というか、もう見慣れすぎて新幹線の駅なんてこんなもんだろうと思ってしまう。人工減少に歯止めが効かない街にわざわざ新幹線の駅を作っても廃れるだけなのに。「一番新しい立派な建物が新幹線の駅なんて悲しくなるよ。」そう嘆きながら改札を抜けると見覚えのある顔が僕に気づき近づいてきた。
「お兄ちゃん、遅いんですけど。」
「いや、時間ぴったりだろ。」
妹だ。新幹線の最寄駅には妹に迎えにきてもらっている。車を運転できる妹は、毎回僕が帰省する時に迎えにきてくれるから助かっている。
「早く駐車場行くよ。お兄ちゃん待ってたら、お腹空いたんだから。」
「ごめんごめん。早く行こうか。」
僕と妹は、車へと急いだ。車は、軽自動車でトランクに荷物を乗せるとトランクは半分くらい埋まってしまうほどのコンパクトだった。まあ、一人暮らしで、地元の事務業をしている妹の稼ぎでは、普通車に乗るのは難しい。重量税やガソリンや車検など、積み重なる税金を抱えていると軽自動車が一番コスパがいいのだった。若者は、いつまで経っても搾取され続けているのだ。
 妹が運転席、僕が助手席に座り車は田舎道を走り出した。車どおりは、そこそこあったが渋滞はしていない。グネグネとした山道を進んでいく。妹の運転は荒いわけでではないが、この道のせいで車酔いをしそうだった。道は少しがたついており、あまり整備されていない様子だ。こういうところに国はお金を使ってほしいものだと思いながら森を眺めていた。妹は、大好きなKPOPを車内に流し、少し口づさ見ながら気分よく運転しているようだ。こういう気分がいい時はいいのだが、トロトロ行く運転が目の前にいると機嫌が悪くなり舌打ちする。「全く誰に似たのか。」親に子が似るのは仕方がないことなのだろうか。妹は、父のことを毛嫌いしている様子だったが、一番父に似ているとは皮肉なものだ。
 妹とのドライブは一時間半くらい続いた。山道を超えて、やっと市街地に辿り着いた。市街地に入ると、車通りもそこそこ増えてきた。やっと、僕の長い帰省も終わることになる。
「どこか、飯でも行くか。何か食べたいものとかある。」
僕が妹に聞くと、妹は即答した。
「寿司がいいかな。」
「いいんじゃない。」
短い会話のラリーの後に僕らは回転寿司に行くことになった。どうせここで否定したところで、僕に拒否権はほとんどないのもわかっていた。妹は、回らないお寿司なんて食べたことがないだろう。会社の付き合いでたまに行くことの僕にとって回転寿司はコスパがいいと思ってしまう。金銭感覚が狂っているのか最近不安になってしまうことがる。車が回転寿司屋に到着し、僕らは店に入店した。お昼にしては、少し早いこともあって、待つことがなく、すんなりと入ることができた。席に着くと、妹はタッチパネルをタップし始め、自分の食べたいものを注文し始めた。
「最近の回転寿司は回らないんだっけ。」
「いや、もうだいぶ前から回らなくなったよ。」
「原因って、SNSであったあの事件がだったけ。」
「そうそう。」
妹は、僕との会話しながら注文をし、僕にタッチパネルを渡した。僕は、手早くシメサバと、アジ、そしてサーモンを注文して妹に渡した。
「お兄ちゃん、相変わらず光り物好きだね。」
「ああ、光り物はさっぱりしているし旨みがあって美味しい。それに、回転寿司の定価格帯でもしっかりとした魚を使っている確率が高いからね。」
「あー、出たでた。そんなんだから女の子に面倒臭がられて、彼女できないんだよ。」
「うるさいな。」
全く、痛いところをついてくる。健康意識が高くなる反面、何かを食べようとすると、癌や老化につながるようなものを普段は摂取しないように選択をしてしまう。そんなことを言うと、大体の人は面倒くさそうにしてしまう。だから自分から積極的に言っているわけではないのだが、家族の前だとあまり気を遣わないのでポロリとこう言うところが出てしまうのだった。
 回転寿司のテーンから注文されたお寿司が運ばれてきた。炙りサーモン、チーズサーモン、オニオンサーモンとサーモンばかりが運ばれてきた。
「いや、サーモン食べすぎだろ。」
僕は思わず、ツッコミを入れてしまった。
「え、いいじゃん。だって美味しいんだから。」
妹は、「何がいけないの。」と言う顔でサーモンを方張っていた。昔から偏食というか、好きなものばかり食べている性格だった。よく母にお弁当の中身を残して怒られていたのを思い出した。昔から変わらないなと思いながら僕はシメサバを口の中に放り込んだ。少し生臭いが、生姜とネギがよく効いていてなかなか美味しかった。回転寿司なんて久しぶりな気がした。大学生の頃は、貧乏な生活をしていたので何か記念の日になると回転寿司を食べに友達と言っていたのを思い出した。あの頃は、安くて上手い、そしてお腹に溜まると言う理由で駐法されていたが、今はなかなか行く機会がない。そもそも、回転寿司を10回食べるなら、美味しいお寿司屋さんに1回行った方が満足度が高いからだ。そうやって、コスパコスパと考えれば考えるほど、なんだか虚無感も加速していっているような気もしていた。別に大学生時代に言っていた回転寿司がコスパが悪く、つまらないものかと言えばそうではなかった。友達と食べる回転寿司は、それなりに楽しかったからだ。そう考えると、今の僕は何を求めているのかわからなくなった。小さな虚無感が募っている気がする。僕は、次にアジを口の中に入れた。小さな虚無感を拾い集める作業をしている気分だった。しかし、仕方ないことだろう。生きているうちに、昔の自分では満足していたことが満足できなくなってくる。例えば、新天地に引っ越してきた時、数多くのスーパーや飲食店、本屋などたくさんの選択肢がある。最初は、どう言ったお店があって、それぞれどういう特徴があるのかわからないからそれぞれを開拓していく発見や未知に対する好奇心があるから、充実感が溢れている。ここの本屋は、小説の品揃えがいいとか、併設されたカフェのアップルパイが美味しいとか、ここのスーパーは金曜日はお肉が安いとか、あっちのスーパーは、珍しい野菜が置いているとか。新しい刺激で溢れている。それは生きる活力につながるだろう。そして、生きていくうちに、どんどんとその土地に慣れ始める。半年もすれば、その土地のほとんどを知り尽くしてしまう。「次の日曜日は、このお店にいって本を買い、スーパーはあのお店で魚を買って、野菜はあのお店で。」と。生活のルーティーンや最適解が見つかると、なかなか日々の日常生活では満足が得られなくなっていく。そこからは、小さな虚無を集める作業の始まりだ。人間ってのは、どうも飽きっぽいのかもしれない。小さな刺激では足りずに、もっと大きな刺激を欲するようになってしまう。欲張りなんだ。人間の欲望は際限ないのだろう。気づけば、ぼんやりと小さな虚無を今日も口にれている自分がいた。目の前にはサーモンをまた5つ注文していた妹が笑顔でそれを食べていた。「こいつの欲望は際限ないな。」と小さな声で呟いた。妹は、「何か文句あるのか。」という顔でこちらをみてきた。相変わらず、怖いな。でも、妹はどこか幸せそうに見えた。気楽に生きているなんて言ったら失礼かもしれないが、自分にはないような幸せがこいつには見えているのかもしれない。少し、羨ましいなと思いなながら僕は、残りの寿司を口に放り投げた。


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