不知火のメロー

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最近の記事

『悪は存在しない』

監督:濱口竜介 似てる映画があった気がして、多分黒沢清の『カリスマ』だと思う。立場の違いは単なる二項対立ではなく、グランピングを計画する人間も上の指示に従うだけ。監督はコンサルに絶対恨みがあると思う。俺も嫌いだからいいけど。巧+自然対グランピングの構図にはならず、2人が徐々に自然に馴染んでいく過程がやはり面白いし、巧たちもまた自然に呑み込まれていくラストが良い。でも中盤がめちゃくちゃ面白いと思う。

    • 『七月のランデヴー』

      監督:ジャック・ベッケル ダニエル・ジェランの冒険が決まったときに仲間が逡巡するシーンが良い。スポ根的な、それでも俺たちは挑戦するみたいなノリに巻き込まれていく嫌さもあるのだが、ジェラン自身がその愚かさを自覚している感じがする。ラストは男女が再び結ばれるメロドラマを躍動感たっぷりに描きながらも、静かに首を振るジェランとクリスティーヌというもう1組のカップルを捉えた切り返しの切なさがしっかりある。

      • 『木と市長と文化会館/または七つの偶然』

        監督:エリック・ロメール 右派と左派に分かれるほうが自らの立場を示しやすいのは事実だが、その間にある妥協点を探すことも大事ではある。市長の唱える理論は机上の空論臭がかなりしており、それを論破する教師の娘のシーンが痛快。市長も一応相手の意見はちゃんと聞くので、悪い人ではないのだが。最後の記者への誘い方が滑らかすぎて笑った。歴史は理論立って起承転結がはっきりしているが、実際に時間が流れている間は偶発的な出来事の積み重ねから成り立つ。人間はつい理論立てて物事を理解しようとしてしま

        • 『美しき仕事』

          監督:クレール・ドゥニ 外人部隊のトレーニングの身体性は男性としての力強さのみならず、繊細さや生命としての美しさの側面を強く押し出し、そこにかつてメロドラマで女性に属性づけがなされていた嫉妬あるいはヒステリーの感情が男性に投影される。単に激しい動きだけではなく、ドニ・ラヴァンが拳銃を持つ前にベッドカバーを直す手つきや、兵士がクリーニングをする手つきにもその度に感動してしまう。そこにジブチの美しい景色や風土が折り重なって立ち現れていくさまはまさにクレール・ドゥニにしか表現でき

        『悪は存在しない』

        マガジン

        • フランス・ベルギー映画
          90本
        • 古典ハリウッド映画
          86本
        • ポーランド映画
          16本

        記事

          『夜明けのすべて』

          監督:三宅唱 三宅監督の映画は「想像すること」が繊細に描かれる。ケイコが踏切に佇み、通り過ぎる電車の風を頬に受けてその喧しさを感じるように、『夜明けのすべて』においては相手の痛みを想像すること、が主題になっている。それは今ここにいる相手の痛みだけでなく、相手が過去に感じた痛みであり、これから抱えていかなくてはならない痛みでもある。その主題は最後、上白石萌音が語るプラネタリウムのナレーションにオーバーラップする。夜があるから、周りが暗いからこそ夜明けがあり、星が見える。今ここ

          『夜明けのすべて』

          『アシスタント』

          監督:キティ・グリーン 地味だけど描かれていない部分はエグい話。でも映画的には流石に地味すぎる。主人公がお茶を入れるキッチンはやたらと生活感があり、しかし主人公の家は全く登場しないため、私生活と職場の境目が意図的に切り崩されているように見える。相談に乗ってくれるはずの男は告発者の夢を生贄にして性加害を隠蔽しようとする。謝罪文を書くときも主人公の本音は同じく隠蔽され、同僚の言葉をそのまま打ち込む。新人アシスタントの子が一見元気そうに見えるのも憎い。

          『アシスタント』

          『瞳をとじて』

          監督:ヴィクトル・エリセ 瞳を閉じること、未知の世界への恐怖を共にしながら耳を澄ませること。見えていない世界を見ること。『ミツバチのささやき』で少女が映画内のフランケンシュタインの面影を現実世界に見出すように、この映画においても、映画が劇中劇という構造を通して記憶喪失の男に刺激を与える。失われゆくフィルム文化(フィルムはブームだが映写機がない、という言葉になるほどなと思った)の描写や映画館そのものが再生されていく過程には少し心踊るものがあった。多分初めてアナが映画を観たとき

          『瞳をとじて』

          『パプリカ』

          監督:今敏 ミッドサマー的な「不気味な映像」に心踊らされることが自分は無いのだが、この映画は面白かった。現実と夢が混同し、映画もまたその境界線を失っていく。

          『千年女優』

          監督:今敏 壮大なメロドラマなのに、主題はフェリーニっぽいような気もした。現実と創作を行き来しながら憧れの人を追いかける女優の話。どちらであっても目的は変わらず、ただただ壮大な愛の話。壮大すぎて最後は恋に恋しているみたいになって、でもそのエゴがめちゃくちゃ美しい。それでいいよねー、そんなもんだと思う。取材班の男のサイドストーリーも物語の推進力とコメディリリーフとしてうまく機能していて楽しい。主人公が死んでも、女優は映画の中で千年生き続ける、なぜか高峰秀子を思い出した。

          『ウンベルトD』

          監督:ヴィットーリオ・デ・シーカ きっついな。資本主義社会においては、資本がないと犬も預かってもらえないし引き取れないし、死に場所すら与えられない。タクシーにお釣りの小銭がないからって、わざわざいりもしないコップを買ってお金を崩すことの馬鹿馬鹿しさ。コップ売りはお金を崩せるにも関わらず、金を出す客しか相手にしない。最後も実にいいタイミングで子どもたちが走ってくるんだよな。犬が別れたはずのウンベルトじいさんにトコトコ着いて行くところは涙なしでは観られない。

          『ウンベルトD』

          『恐喝の報酬』

          監督:ジョセフ・ペヴニー 『ナイトクローラー』とほぼ一緒の話。復縁すると見せかけて写真を回収しにきただけの主人公、成り上がるためには殺人幇助も厭わないサイコさが面白い。映画は繊細すぎる人より無神経すぎる人の話の方が面白いのだろうか。最後は信頼関係を築けなかったが故に孤立無援状態になる。ラストは流石にわざとらしいけどでも好き。その厚顔無恥こそが主人公の生き方なのだ。アンヌ・ヴェルノンが出ているのも嬉しい。

          『拳銃を売る男』

          監督:ジョセフ・ロージー 明らかなるネオレアリズモ。子供の遊びにも取引があり、そこには資本が必要とされる。資本を持っていない人々は相手にされず、それぞれ犯罪を犯す。母親の「見ちゃダメ、考えちゃダメ」という台詞が重すぎる。少年の成長を見た母親の心情、捨てられたパンを拾ってまた食べようとする母親、叩いた後一瞬後悔する母親、彼女が裏主人公に見えてくる。

          『拳銃を売る男』

          『ショーイング・アップ』

          監督:ケリー・ライカート めちゃめちゃよかった。時間の流れ方が豊か。芸術学校の風景を淡々と、でも寄り添って映し出す。出口のマットがモフモフすぎるだろ、と思っていたらデカ犬だった。誰に対しても時間は常にゆったり流れていて、だからそれぞれの生活や仕事をよりダイレクトに感じることができる。この監督の描く時間には、こちらの好奇心を誘発する魅力もある。『オールド・ジョイ』の映画内で流れていた時間が、取り返しのつかない何かを暗示していたように、この映画でも人々の間に流れる時間に常に惹か

          『ショーイング・アップ』

          『エターナル・サンシャイン』

          監督:ミシェル・ゴンドリー バイト先の(好きな)人におすすめされたので見た。終わりがわかっていても、その細部を楽しむ、みたいなメッセージの映画ってどこかで見たことあるな。でも記憶が徐々に消されていく表現が面白かった。最後はむしろ車の中で和解してそのまま突っ走って欲しかった。2回も2人が一旦別れるのが無駄すぎる気がした。「忘却は前進である」という格言が違っているようで実は正しい。「忘却もまた前進である」ぐらいの方がいいけど。

          『エターナル・サンシャイン』

          『真夜中のカーボーイ』

          監督:ジョン・シュレシンジャー 『オールド・ジョイ』や『ファースト・カウ』の元ネタのような映画。やっぱり泣いた。カウボーイはマチズモの象徴であり、その幻想を抱えたジョーがニューヨークに行く。しかし社会の抑圧が常にあり、その中でダスティン・ホフマンとの結びつきがある。最後のバス、果たして死者を終点まで乗せることは正解なのか、周りからの視線に晒されて居心地が悪そうなジョーの姿が辛い。カウボーイハットを捨てるという選択、それが生きることでありながら、この居心地の悪さに耐えることも

          『真夜中のカーボーイ』

          『殺人地帯 U・S・A』

          監督:サミュエル・フラー 単純な復讐劇の序盤が眠かったのに、後半につれてどんどん面白い。特にラストシークエンス、プールの格闘の斬新さからの移動ショットで父親が死んだ路地裏にたどり着くところが完璧。潰えたかに見えた主人公の復讐心がヒロインに受け継がれていく展開。序盤の金庫を見る視線はのちの金庫破りにつながっていた。ヒロインが言う、キスのときに死ぬみたいなセリフはまさにフラー節というか。

          『殺人地帯 U・S・A』