細菌学者の勉強ノート

アカデミアで細菌学分野の研究に従事している理学博士です.研究の過程で勉強した生物学に関…

細菌学者の勉強ノート

アカデミアで細菌学分野の研究に従事している理学博士です.研究の過程で勉強した生物学に関する専門的な知識を,アウトリーチの目的で発信しております.研究との兼ね合いで投稿頻度は変動しますが,週1くらいで投稿したいと思っています.

最近の記事

べん毛⑤ 真核生物の鞭毛

真核生物は鞭毛を波打ち運動(beating)させて水中を泳ぎます.細菌やアーキアのべん毛の回転運動が3次元的な運動であるのとは異なり,真核生物の鞭毛は2次元的な運動を行います. 鞭毛繊維は,リング状に配置された9本の二連微小管(図中の薄い灰色)とリングの中心に配置されたペアな2本の微小管(図中の中心の濃い灰色)が細胞から伸びており,繊維の外側は膜で覆われています. 鞭毛繊維は,その特徴な微小管の構造的から「9+2構造」と呼ばれます. これらの微小管繊維は他のタンパク質

    • べん毛③ 細菌のべん毛

      細菌はべん毛をくるくる回転させて水中を泳ぎます. 遊泳速度は数十から数百μm/秒であり,速いものでは1秒間に体の大きさの100倍近く進みます.これはヒトで換算すると時速600 kmにもなり,リニア中央新幹線の速度をも上回ります. 繊維は長さ5‒10 μmで,フラジェリンタンパク質で構成されており, 10,000‒30,000分子を使って1本の繊維を形成しています. 典型的な細菌べん毛は繊維が剥き出しになっていますが,繊維が細胞膜で包まれているべん毛(Sheathed-F

      • べん毛② 3種類のべん毛

        地球上の生物は「細菌(バクテリア)」「古細菌(アーキア)」「真核生物(ユーカリア)」の3つに分類されます. 細菌とアーキアのどちらが先に地球上に誕生したのかは解明されておらず,現在は,地球上の全生物の共通祖先として LUCA (Last Universal Common Ancestor) という仮定の生物が置かれています. また,真核生物は一部のアーキアから進化したことが示唆されています. 細菌もアーキアも真核生物もべん毛を持っています.べん毛は細胞から生えた毛のよう

        • べん毛① 生物と動き

          ある日,道を歩いていると一匹のバッタをみつけました.私はそのバッタをみてすぐに死んでいると思いました.なぜなら,そのバッタは横向きに倒れていて動かなかったからです. 私たちは普段動いている生き物が動いていないと、死んでいる可能性を考えるようです. その一方で,電力で動く金属製のロボットや風力で動くプラスチック製のストランドビースト(テオ・ヤンセン氏の作品)は「まるで生き物のようだ」と表現されることがあります. これらのことから「動き」は生き物らしさを特徴づける因子の一つ

        べん毛⑤ 真核生物の鞭毛

          突然変異⑤ 脱塩基による突然変異

          自然に発生する突然変異の三つ目の事例は,脱塩基反応です. DNAの骨格であるデオキシリボースと塩基を繋いでいるN-グリコシド結合が活性酸素により開裂することで、塩基が消失する脱塩基反応が起こります。 アデニン(A)やグアニン(G)の欠損である脱プリン部位(apurinic site)や,チミン(T)やシトシン(C)の欠損である脱ピリミジン部位 (apyrimidinic site) の発生は日常的に起こっており,ヒトでは1日あたり1万~2万か所にも及ぶと推定されています(

          突然変異⑤ 脱塩基による突然変異

          突然変異④ 塩基の酸化による突然変異

          自然に発生する突然変異の二つ目の事例は, 塩基の酸化 です. 塩基の酸化は 活性酸素 によって起こることが知られています.様々な酸化塩基が知られていますが,突然変異に繋がりやすいのはグアニン(G)の酸化とアデニン(A)の酸化です. グアニン(G)の酸化 グアニン(G)が活性酸素によって酸化されると,8-オキソグアニン(8-oxoG)と呼ばれる化合物に変化します.8-オキソグアニン(8-oxoG)は, グアニン(G)の本来のペアであるシトシン(C)ではなく,アデニン(A)

          突然変異④ 塩基の酸化による突然変異

          突然変異③ 脱アミノ化による突然変異

          突然変異が起こる仕組みには様々なものがありますが,ここでは自然に発生する突然変異の代表的な3つの例について紹介します. 一つ目の例は, 塩基の脱アミノ化による突然変異です.  塩基の脱アミノ化は,水分子の作用によって起こることが知られています. 特にシトシン(C)や5-メチルシトシン(5mC)は脱アミノ化を起こしやすく, シトシン(C)はウラシル(U)に変化し, 5-メチルシトシン(5mC)はチミン(T)に変化します. DNAの塩基のメチル化についてはこの記事では詳し

          突然変異③ 脱アミノ化による突然変異

          突然変異② DNAとゲノム

          DNAは遺伝子を構成する生体分子で,A (アデニン), T (チミン), G (グアニン), C (シトシン)の4種類の 塩基 と呼ばれる化合物が縦に連結したバイオポリマーであり,さらに2本のバイオポリマーがAはTと,GはCと,というように決まった相手と横の繋がり(塩基対)を形成しており,鉄道のレールのような構造をしています. ひとつの生物が持つ遺伝子の情報全体を ゲノム 呼び,ゲノムはその役割から「生命の設計図」と称されています.ゲノムを構成する塩基の総数(ゲノムサイズ)

          突然変異② DNAとゲノム

          突然変異① ダーウィンと進化論

          「突然変異」という言葉を聞くと,ほとんどの生物学者が真っ先に頭に浮かぶのは,1859年に出版されたチャールズ・ダーウィンの著書『種の起源(原著タイトル:On the Origin of Species by Means of Natural Selection, or the Preservation of Favoured Races in the Struggle for Life)』ではないでしょうか. 現代に生きる私たちにとっては意外なことに『種の起源』は,出版当時

          突然変異① ダーウィンと進化論

          窒素固定④ 細菌の窒素固定を助ける植物

          ダイズなどのマメ科植物は成長に必須な窒素源を確保するために,根粒と呼ばれる器官を根に形成し,その中に窒素固定を行う細菌(根粒菌)を共生させています. マメ科植物は根粒内部の酸素濃度を調整するために,酸素を吸着するタンパク質 レグヘモグロビン を根粒内に投入することが知られています. レグヘモグロビンの調整によって,窒素固定を担う酵素であるニトロゲナーゼが高濃度の酸素に曝露しないように保護しつつ,根粒菌にある程度の酸素を提供することで根粒菌の呼吸を保障しています. 素晴らし

          窒素固定④ 細菌の窒素固定を助ける植物

          窒素固定③ 窒素固定と光合成の両立戦略

          多細胞性シアノバクテリアであるAnabaena属やNostoc属では,光合成による酸素発生型有機物合成と,酸素によって不活性化される窒素固定を同一生物内で行っていることが知られています. この矛盾を克服するために細胞の一部を ヘテロシスト と呼ばれる窒素固定に特化した細胞に分化させることが報告されています. (https://www.jstage.jst.go.jp/article/seibutsukogaku/99/8/99_99.8_421/_pdf) ヘテロシスト

          窒素固定③ 窒素固定と光合成の両立戦略

          窒素固定② 酵素ニトロゲナーゼ

          窒素固定とは窒素ガスをアンモニアへと変換する反応であり,化学反応式を書くと以下のようになります. N2+8H++8e-+16ATP → 2NH3+H2+16ADP 1分子の窒素をアンモニアに変換するために16分子ものATPを必要とする非常にコストのかかる反応です. この反応を担う酵素は,ニトロゲナーゼと呼ばれます. ニトロゲナーゼは内部に鉄-硫黄クラスターや鉄-モリブデン-ホモクエン酸クラスターを持つことで窒素固定を可能にしている一方で, 酸素により瞬時に不可逆的に不活性

          窒素固定② 酵素ニトロゲナーゼ

          窒素固定① 窒素固定って何?

          先月,科学誌Scienceに “Nitrogen-fixing organelle in a marine alga(海洋藻類における窒素固定細胞小器官)”というタイトルの論文が発表され,アカデミアの生物学界隈で話題になりました(https://www.science.org/doi/10.1126/science.adk1075). なぜ話題になったのかというと,これまでに報告されている窒素固定を行う生物はすべて原核生物であり,真核生物では窒素固定を行う生物が知られてい

          窒素固定① 窒素固定って何?