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その姿はまるで今まで見てきたものとは別物のようで #髪を染めた日

#髪を染めた日

人はなぜ、ある日突然髪を染め、あるがままの黒髪を脱ぎ去ってゆくのだろう。その意味を私は見いだせなくて、また無駄に質のいい自分の髪を加工して弱めてしまうことに抵抗があり、今まで一度も髪を染めたことがない。

別れを語るには少し遅い気がする、そんな4月。
久しぶりに高校時代の同級生に連絡をしてみた。

彼女は、高校の部活動で3年間共に切磋琢磨した仲である。それ以上でもそれ以下でもないのだが、LINEなどの連絡先が徐々に途絶えていく中で唯一彼女だけが当時からずっとゆるく繋がり続けている同級生だ。


彼女は、黒髪がとても綺麗な女子だった。
今でもその黒さをこの眼が覚えている。

他の女子が少し茶色混じりだったり、痛んだ髪だったりしたところ、彼女の髪は混じりっけのない根っからの黒髪だった。そのサラサラとして艶のある髪が、私は凄く好きで、いつもすれ違うたびに目で髪が揺れるのを追っていた。もしあの髪を手で優しく撫でられたら、と思う一方、どうせ自分なんて釣り合わないし、相手にされるわけがない、という自分の卑屈なところが、彼女と自分を恋愛感情から遠ざけていた。

卒業式の後、部活の追い出し会のようなものがあって学校で久しぶりに再開した。もちろんその中に彼女の姿もあった。同級生たちがこぞって卒業後すぐに髪を染めたのと同じように、彼女も髪を茶色く染めていた。

正直、その髪があまり魅力的でなくて。
私は少し肩を落としてしまった。

よくいる女子の中に埋もれてしまったような感じで、大事な個性が一つ失くなっているような欠落感を私は覚えていて、だがそんなことを面と向かって言うわけにもいかず、言葉を喉の奥へ飲み込んだ。でも、本当は言いたかった。「黒い方が好きだよ」って。

それ以来、彼女には会っていない。いつかあの頃の仲間達にもう一回会って、昔話に花を咲かせたい。そう思っているうちにコロナになった。気軽に田舎には帰れず、会食もできず、LINEでたまーに連絡を取る程度。あの頃の思い出どころか今の生活で手一杯な僕らになった。

「久しぶり、元気?」
「元気じゃない、仕事で死にそう」
「わかるよ、私もダルい」

何のことはない、ありふれたLINE。
それでも、ちょっと嬉しかった。

いまでも街で綺麗な黒髪の女性を見ると少し目を惹かれてしまう。もしかしたら、自分の女性観はほんのちょっとだけあの子に歪められたのかもしれない。まあ、それもそれで本望ではあるが。



おしまい。



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