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手帳類図書室に行ってきた話

手帳とは、ひどく私的で、プライベートなものだと思う。
持ち主が現実でどこに行き、誰と出会い、何をするのかを記入する、それはつまり、持ち主がどのように生きているのかの記録だ。

私は手帳を誰にも見せたくない。
私にとって手帳とは予定を管理するためのノートである以上に、思考を垂れ流すためのツールであるからだ。
高校生時代から10年間弱、1日1ページタイプの手帳を使っているが、悲しくてやりきれないことも、恥ずかしい野望も、誰にも言えない秘密も、全てを手帳には打ち明けてきた。手帳はカバンの隠しポケットか奥底にしまうようにしているし、なるべく人前では開かない。人の手帳も絶対に見ない。社会人になってからは仕事用とプライベート用に分け、自分の個人予定や思考垂れ流しパートを間違っても社内の人に見せないようにしている。


だからこそ、「手帳類図書室」を知った時には大きな衝撃を受けた。
手帳という、あまりにも個人的なものを、あたかも一般書籍のように広く一般に公開してしまって良いものなのか。そんな、人の秘部を覗き見るようなことが可能なのか…...。

いつか必ず行きたい、と思っていたその場所をとうとう訪れたので、今日はその話をしたい。




参宮橋のアートスペース「ピカレスク」の奥に、それはある。


丸眼鏡をかけた黒髪の女性に図書室の利用を告げると、レジの奥に通される。特に案内は出ていないので、知る人ぞ知る、という感じだ。純粋にアートを見に訪れた人は、そこに人の手帳を覗き見るための図書室があるなどと思ってもいないだろう。

図書室自体はほんとうに狭い。椅子は一列に4つだけ並べられ、席が埋まると入れてもらえない。

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机には手帳の目録が並べられている。
ひとつひとつの手帳に番号と解説がつけられており、その中から読むものを選ぶ。
机に置かれた銀色のベルをちりんと鳴らせば丸眼鏡の女性が選択した手帳を持ってきてくれる。丁寧に番号のシールが貼られ袋に詰められた手帳類は標本のようであり、丸眼鏡の女性もなんだか学芸員然としている。

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まず手にしたのは、こんな手帳である。
ある女の子が社会人になる年の、赤い手帳だ。

毎日手帳を書くの大変だね、などとぼやきながらもビジネス書から学んだことや英語での日記で毎日が埋められており、意識の高さが伺われる彼女の手帳。社会人になる前日、大学時代の4年間がいかに楽しかったかを振り返って少し暗くなりながらも「絶対、憧れられる女性になる!」と書いている。

けれど社会人になってから記入が少しずつ減り、6月のある日「まじめ、ちゃんとしてるなどと言われるけれど、わたしにとっては苦痛だ」「もっとコミュニケーション能力をつけないといけない。どうしよう。」と苦しみが述べられ、唐突に記録が途絶えている。目録を見返すと、手帳類図書室への寄贈も代理の男性によるもので、後日本人に連絡を取ろうとしたが叶わなかった、と書かれている。彼女が今どうしているのか、社会でうまくやっているのか、心配になった。


そして最もわたしが惹かれたのは、A子さん(仮名)という女性の17年間の記録だった。

「これからどんなことを書いていくんだろう。まさか、Hした、なんて書かないよね?ハイ。」

そんな書き出しで始まるA子さんの日記帳は、彼女が短大生だった1998年頃からびっしりと、ハイテックCと思われる細いボールペンで綴られている。分量もものすごく、単行本サイズの日記帳9冊と、スケジュール帳10冊以上が寄贈されていた。

最初は短大生だった彼女もしばらくすると就職し、転職のために専門学校に通い、看護関係に再就職している。
しかし彼女はそれらの人生の転機についてはそれほど記載せず(ボーナスがないのはあり得ない、みたいな記述はあった)、日記にひたすら恋愛のことばかり書いている。17年間変わらずだ。

いや、恋愛というより性愛の方が正しいのかもしれない。
最初は「まさか、Hした、なんて書かないよね?」と書いていたA子さんだが、巻を追うごとに「Cもしてないのに、F?」「シックスナインまでしたし、もう試してないことなんてないんじゃないかな」などと過激な内容になっていく。スケジュール帳にもデート内容とともに「Hあり」「えっちなし。」と執拗に記録されている。目録には「最初の一文が象徴的」と書かれていた。

最後の記録は2015年だった。
最初は2ヶ月で単行本1冊程度の日記を書いていた彼女も頻度が落ち、最後の巻では人生の転機を記録するのみとなる。1年、数年と時間をおくようになり、ずっと付き合っていた男性との結末を語ったところで記録は途絶える。彼女の性格の変化、手書き文字の変化、友人関係の変化、恋愛観の変化。彼とのデートの話ばかりしていても、確実に見える彼女の変化。17年もの記録を通読したとき、ひとりの女性の人生をすべて見たようで、ぼうっとしてしまった。


1時間で出るつもりだったのだけれども、A子さんの物語を見届けたくて閉室まで居座ってしまった。それでも目録にはギャンブル親父の懺悔日誌や「ドグラ・マグラ」を読む小学生の手記、収集家ご本人の手帳など、まだまだ興味深いものが多く掲載されており、全てを読み尽くすことができなかった。また近いうちに必ず、時間を作って行きたいと思う。



注1)「手帳類図書室」は撮影禁止のため、上記の内容は記憶をもとに書き起こしたものです。間違いも多いと思いますので、ご自分で実際に図書室に訪れ、確認していただけたらと思います。
注2)図書室内は撮影禁止のため、公式HPより写真をお借りしています。


【このnoteを公式さんにご紹介いただきました!】

うれしいです!!!ありがとうございます。
そしてお恥ずかしながら、最後の方は斜め読みとなってしまっております.....。
でも通読して読書会(?)するの、ものすごく楽しそうですね。ぜひ参加したいです。

【わたしはこんなふうに手帳を使ってきた、というnote】


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