みわこ

徒然なるままに

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  • 『一陣』

    中編小説『一陣』の連載です。江戸末期、秩父の一揆を発端に烈しく悲しく生きる女性と、それを見つめる者たちのお話です。

  • 夢一夜

    見た夢を忘れられない時、取り留めもないショートショートにします。

最近の記事

『一陣』第八章

(前回はこちら)  父の遠島を知らされてから、俺は考えることを辞めた。空は高く、空気は冷えてきた。ただ寝て、食べて、仕事をすることにしていた。心がどこかへ消えてしまったような、締まりのない気分でいるのに、不思議と仕事ぶりは褒められた。いま俺にできることは、これしかないと、体が必死になっているのかもしれない。何かやることがあるのはいいことだ。それに集中していれば、頭の奥など死んだままで問題ない。いつぞや変な女に言われた言葉を思い出した。「人間泣けなくなったらなんにも無くなる」

    • 『一陣』第七章

      (前回はこちら)  蕎麦屋に入ってきたその女は、やけに目を引く容姿だった。取り立てて美人だというわけではない。いや、涼やかな細面の顔は確かに整っていたが、彼女を言い表すとき一番に出てくる言葉は、その鋭い空気だろう。子を守る熊のように刺々しく、緊迫した、必死な空気を纏っていた。紋治郎は昼間から酒をかっくらいながら、女から目を離せずにいた。その女が近づいて来たので、無意識下で緊張した。まるで賊と立ち会うときのように。 「もし、ここ、いいかい。」 相席の了承をとるさっぱりとした口

      • 『一陣』第六章

        (前回はこちら)  「豊松、手紙だ。」 子供頭から渡されたそれを受け取るとき、俺は刀を振り下ろされるような心地がした。 「読んできても、いいですか。」 「おい、行かせてやれ。」 子供頭は渋い顔したが、庄助がそう声をかけてくれたので、豊松は店の裏に回り、周囲に人がいないことを確認して、そうっと開いた。短い手紙だった。兄からだった。 「父、遠島に処されたし。他はみな息災なり。」 暫く眺めたが、それ以上の言葉はどこにもなかった。おそらく、兄も言葉が見つからなかったんだろう

        • スパンコールの女は憂鬱

           「姉さん、ここシガーバーなんですよ……。」 私の目はカウンターの女性にくぎ付けになっていた。赤いドレスに身を包み、豊かな黒髪、スパンコールのハイヒール。肩には狼の刺青。みなが思い思いの煙草や葉巻を燻らせる中、彼女は棒付きキャンディをからころ言わせながら気だるげにシャンパンを煽っていた。 「禁煙中なの。」 「ならほかの店行きましょうよ……てか、本来持ち込みの飲食は…あ……そういうことする……。」 挑発的な目といたずらっぽい笑みで、女がキャンディーをシャンパングラスに突っ込む。

        『一陣』第八章

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        • 『一陣』
          9本
        • 夢一夜
          1本

        記事

          オートマチックな涙

           薬を切らした。自業自得である。 月1の精神科通院を少しの体調不良程度でサボり、その間に薬が切れ、調子は闇の中へ……ということを何度繰り返せば済むのか。ばか。  今回は薬が切れても、離脱症状のめまいや吐き気頭痛はあったものの、割とメンタルは耐えてるぞ!と思ったところ、なんでもない瞬間になぜかもわからぬ涙がつーっと垂れて、はらはらと泣き続けるという失態。なぜ失態なのか、人前だったから。  もうこれだから鬱ってイヤだ。自分一人で病んでるなら良いのだけれど、こうして周りの人を困惑

          オートマチックな涙

          カテゴライズの安心感

          MBTI、今じゃもう結構人口に膾炙しましたね。 人は何かに属したり自分の性質に名前がつくと安心する。それは言葉の魔力でもある。 でも、果たしてそれでいいのだろうか? 私はあの診断テストを何回やってもINFPと出るんだが、あんなもん答えるときの精神状態でも変わると思ってるし、そもそも自意識というフィルターを掛けてしか自分を見つめられない(=真の客観などありえない)中で、ポチポチと回答していく診断になんの意味があるのだろう。 話の種に、とか、暇だから、とか、そういうのでやってみる

          カテゴライズの安心感

          代替可能な精神

          なんてSFでもあんまり描かれない(伊藤計劃を除く)と思うけれど、そう、まさに私は伊藤計劃を読んで「もしかして精神こそ代替可能なのでは?」と思い始めているふしがある。 例えばADHDの特性が薬を飲むことによって抑えられたり、抗うつ薬で希死念慮が薄まったり、すでに人間は脳に影響を及ぼす手段を手に入れ始めている。 脳とは人間の神秘にして最大の難関、などという意味合いのことはよく言われるが、それでも人の知的好奇心は尽きず、研究も止まないだろう。いつかその全てが解明される時が来るかも

          代替可能な精神

          芸術に愛を

          音楽は時間芸術、では文章は? テクストは読まれることによって初めて成立する。作者からの一方的なメッセージに見えて、実は読者との対話なのだ。 かげろう、カゲロウ、蜉蝣、蜻蛉日記。 あの揺らめく地平線を見て、藤原道綱母の心情を思い出す。文章表現は生活に散りばめられ、視覚に彩色をし、嗅覚にスパイスを加える。 言葉とは人間が社会的動物であるために生まれたツールでもあるが、自我を見つめるために活用される針でもあると思う。 そのまやかす力は荒波の中で一片の板になる。 私は文章が好きだ

          芸術に愛を

          喪失の特権

          マイナスなことは無い方がいい。 負の感情は出来るだけ脱ぎ捨てて、軽やかに生きていたい。 そう思ってしまう時もあるけれど、人生には喪失の特権がある。 街並みがセピア色に見えたり、ふと去年の匂いを感じたり、後ろ姿を見間違えたり、捨てられない片方だけになったピアスみたいな、哀しみを抱いているのも悪くないのではなかろうか。 そういう切なさを何かで上塗りして良いのだろうか。 それって実は、とっても勿体なくない? 刹那的な大波に押し流してしまいたくもなる。一時の感情で溺れてしまいたく

          喪失の特権

          共感と保身と傲慢

          私は人に興味がある。 私とは違う人間ーーそれは全ての人達だが、彼ら彼女らがどんな信念を持ち、どんな心情で間違いを犯し、どんな贖罪を望んでいるのか。 何を愛するのか。何をどう愛するのか。何も愛さないのか。愛とは何なのか。 全てに疑問がある。 人間への知的好奇心は尽きない。 私はよく人の話に共感するが、例えば正反対の2人の人間の話にも、どちらにも共感してしまう。だってどちらにも理由があり、理解できるから。 でも、それは八方美人の保身でもあるし、自分がさも上手い聞き手であるかのよ

          共感と保身と傲慢

          「遊歩者」『パサージュ論』(ヴァルター・ベンヤミン)について

          「遊歩者」『パサージュ論』要約と考察1,「遊歩者」とは まず、ヴァルター・ベンヤミン(1892―1940)が言うところの「遊歩者」(flaneur)には次の三つの性格がみられる。[1] i) 遊歩者は群衆に紛れるが、一方で群衆の一人ではない。そうして集団とは一段違う立場から批判的な視線を周囲に向け、思考に耽る。 ii) 遊歩者は自在に群衆の中に溶け込み、都市の中に自由に入り込むことが出来る。 iii) 遊歩者は街中のあらゆる事象を観察し、解釈し、その断片

          「遊歩者」『パサージュ論』(ヴァルター・ベンヤミン)について

          愛は尊いだとか

           幻想だよ、って思ってしまう。  執着だし醜いし苦しみだしエゴでしょう。理性とはもっともかけ離れたところにある感情だと思う。でも、それは「先生」が言うように「罪悪」だろうか。  なにかと合理性が求められ、健康管理すら外注し、自分で選択するということがどんどん減っていくこの世の中。伊藤計劃の『ハーモニー』のように、AIが指示する生活を送る日も近いのではなかろうか。  そんな中で、人を愛するということは、もっとも非合理的で人間性の発露でもあると思う。芸術に通ずるものがある。

          愛は尊いだとか

          『一陣』第五章

          (前回はこちら) 第五章  上尾宿から中山道をずっと、後ろをついてくる女がいる。いや、江戸を目指すならこの街道しかないのだから、「ついてくる」という言い方は正しくない。ただ一定の歩幅があってしまっているのか、つかず離れずずっと背後にいるのだ。まだ若い尼僧はいささか気まずい心持になっていた。常ならば向こうから軽い挨拶をしてきたり、旅は道連れ、なにがなし話に花が咲くようになり説法の皮をかぶった旅話をしてやったりするものだが、当の女はひりついた空気を纏い、ただ江戸への道しか見え

          『一陣』第五章

          親友であり恋人であり

          相棒でもある存在について書こう。 その人と出会ったのは子供の頃。最初は怖くて怖くて仕方なかった。だって私から大好きな人を奪っていってしまうから。意地悪だって思うでしょう。でもそれがしょうがない事なんだって、いつの間にか理解出来たと思う。人は誰しも受け入れなきゃいけないことに直面する時が来るし、どうにかこうにか乗り越えて、もしくは乗り越えられず重石として抱えて生きていく。 その人に温もりを感じるようになったのは、高校生の頃だったと思う。一人でいるとふらっと現れて、何となくそば

          親友であり恋人であり

          スタートラインはドトール

          初めて行く場所って緊張しませんか。 初めてじゃなくても、誰かと待ち合わせとか、まあとにかく予定があって行動するの、私は時間配分がめちゃくちゃに苦手である。 遅刻する方では無い。 下手したら一時間前行動あたりまえ。 そんなわけで今、有楽町のドトールでココアを飲んでいる。ぐずぐずに崩れたクリームが乗っかって出てきたけれど、別に気にしない。どうせ混ぜて飲むし、そもそも猫舌だから飲む頃には溶けてるし。 ドトールに入った理由は簡単、喫煙ルームがあるから。 「〇〇 喫煙可 居酒屋」

          スタートラインはドトール

          『一陣』第四章

          (前回はこちら) 第四章  豊五郎が捕まった、そう聞いたのはあれから一月以上経ってからの事だった。やっぱり、と、思った。父は皆に慕われていた、きっと皆の分まで憤るし、皆の分まで声を上げる。そういう人だからだ。だから尊敬していた。でも危うくも思っていた。死罪になるのだろうか。悪いのは俺たちを先に苦しめたお上の方なのに、そんな彼らに裁かれるのか。一揆は成功したと聞いているし、なにやら他の地も呼応するように騒がしくなっているらしい。父は偉大だ。なのになぜ裁かれる。行き場のない怒

          『一陣』第四章