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STORY Vol.2 恋愛短篇

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読み切りの恋物語をどうぞ
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さよならは約束だろうか

さよならは約束だろうか

【強制送還】国外退去処分が下されると五年間は入国許可が下りない。

レストランで店長をしていたころ、僕はひとりの中国籍男性をアルバイト採用した。なんでも語学留学で日本に来ていて、「中国にいる両親に負担はかけられない。アルバイトをすることで、何とか少しでも学費の足しにしたい」と、話してくれた。

僕自身こういう人情的な生い立ちに弱く、話し途中にもかかわらず履歴書に採用の判を押していた。もちろん日本語

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藍色の夜

藍色の夜

いつもと変わらぬ朝。
おもむろに一眼レフカメラを手に取った僕は、ノロノロと窓を開けテラスに踏みだした。
雲の切れ間からスポットライトのように差し込む陽の光が、寝不足の身体を突き抜けて窓に反射する。

ふいに緩やかな風が首元を撫ぜていった。まだ九月半ばだというのに少しだけ肌寒く感じる。あんなに騒がしかった蝉たちは、なぜか数日前からだんまりを決めこんでいた。急ぎ足でやってきた秋という季節は、大切な夏の

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約束

約束

誰もいない展望台から夕陽を眺める。少しだけ錆びついた白い金網の柵には、たくさんの南京錠がかけられていた。
「懐かしいな」と絢子は目を細め、遠く水平線を見つめた。
金色の空はやがて薄紫色のグラデーションに浸食され、気が付けば絵の具を溶かすように藍色が深く夜へと導いてゆく。いつのまにか、周りにはチラホラとカップルの姿が増えていた。

「私もこんなだったかしら」と胸に問いかけてみる。
絢子は、ポケットの

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携帯電話がない時代、僕らには糸電話があった

携帯電話がない時代、僕らには糸電話があった

高校生だったころ(もう30年以上も前の話だ)用事があって友だちの家に電話をした。文化祭の代休とかで平日の昼間……たしか月曜日だったと思う。夜に文化祭の打ち上げをどうする?とか、そんな他愛のない話だったような、うろ覚えな記憶ではあるけれど。
電話はおじさんが出て、

「注文じゃないなら後にしてくれるか!」

と、こっ酷く叱られた。そう、友だちの家はラーメン屋で、店の裏にある高校の先生方から昼の休憩時

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二.一四事変

二.一四事変

◇◇ たけし編 ◇◇

営業という仕事に終わりはない。

膨大なノルマのため右に左に奔走し、月末ギリギリまで追われ続け、なんとかノルマを達成したところで月が変わってしまえば、また月のノルマはゼロから始まる。
営業マンが、数字に追われない日など永遠に訪れることなどないのだ。

ーーその日はだいぶ疲れていた。

つり革を掴んだ手の甲に額を擦りつけて寄りかかり、電車の揺れに身を任せたまま薄眼を開けた

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