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これまでのお話

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noteで投稿した小説をまとめています。
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#創作

ドーナツホール

ドーナツホール

「ドーナツに穴が空いているのはなぜなの?」
 わたしのした何気ない問いに、彼はしばらく沈黙したあと、「なぜだと思う?」と返した。わたしは小さく首をひねる。すぐには思いつかなかったので「知らない」と答えると、彼は「そっか」とつまらなそうに呟いた。わたしの注文したフレンチ・クルーラーを無愛想に手渡しながら、「じゃあまた今度だね」と言い残して彼はカウンターの裏へと消えてしまった。もどかしく靡く暖簾を見つ

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じもとランデヴー

じもとランデヴー

 九月の終わりごろだった。ぼくは地元の土手沿いを歩いていた。小中と通学路で何度も通った道だけれど、こうして歩くのはだいたい十年ぶりくらいになる。
 東京と違い、高い建物がないだけ視界が広い。街を囲うようにして連なるあの山は、なんという名前だっただろう。遠くで学校の予鈴が鳴る。もうすぐ昼休みも終わるころかもしれない。こんな風に、気ままに時間を送るのは久々だ。煙草の代わりに、胸いっぱいに空気を吸い込ん

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掌編小説「としをとる」

掌編小説「としをとる」

 普段は降りない駅で降りた。職場への定期券内なだけで、いつもなら通り過ぎてしまう駅だ。
 イヤホンで両耳を塞ぎ、よく分からない街中を歩く。そうするだけで、自分がミュージックビデオの主役になれた気分だった。商店街も、高架下も、よく見かけるコンビニエンスストアでさえ、いつもとは違った風に映るから不思議だ。
 ランダムに再生される曲が切り替わる瞬間、歩いている街並みもまた違った角度で見える。明るい場所を

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短編創作「11/25」

 旅先で映画を観た。
 その内容が思いのほか今の自分と重なって、鈍く感傷的な気持ちを引きずったまま映画館を後にした。
 まっすぐホテルに帰る気にもなれず、そのまま知らない街の初めての夜を迎えた。あてもなく商店街を歩く。思えばこの旅も、そんなふらついた気持ちのまま始まったように思える。映画なんて見るんじゃなかったと少し後悔した。知らない街で知らない映画を観る。そのとりとめのない行為に、どこか自傷的な

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短編創作「いつも考えていること」

 最寄り駅からわたしが通っている高校までの道のりには、マンションがいくつか建っていた。薄く切って平らに伸ばしたみたいに小綺麗な住宅街で、マンションはどれも似通った高さで待ち構えている。この辺りには割かし裕福な部類の人たちが暮らしているので、建ち並ぶ家々と同じくマンションも、配色の少ない整然としたフォルムでたたずんでいる。
 ときおり、その白さを汚してやりたくなった。特に、駅を出て南に続く住宅街の道

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短編創作「無題」

 近所の公園のベンチで昼下がりを過ごすのが、いつしかわたしの日課になっていた。何をするでもなく、ただぼんやりと、雲の流れとか、ボール遊びをする子供たちとか、ジョギングをする高齢の夫婦とか、池の鴨が獲物をついばむ姿なんかを眺めている。決まっていつも、池に沿った遊歩道に等間隔で並ぶベンチの一つに座る。眺めが特別いいとかそういうわけではなくて、大した理由はない。あえて理由をつけるなら、等間隔に配置された

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短編創作「夜のコインランドリー」

短編創作「夜のコインランドリー」

 夜のコインランドリーが好きだった。
 金曜日の午前0時前のその場所には、何かの終わりと始まりの間にある特別な時間があった。そして、それには彼の存在も大きく関わっていた。
 彼を知ったのは梅雨入りした関東に雨の気配がぼんやりとはびこる時期だった。洗濯機を持っていないわたしは週に一度、金曜日の夜に近所のコインランドリーを利用している。残業の多い仕事なので、どうしてもこの時間帯になってしまう。
 彼は

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短編創作「遮断機」

 その日、わたしはいつもより早めに家を出た。
 十一月下旬の朝六時、ブレザー越しでも伝わる寒さに身を縮こまらせながら歩く。青白い帯の掛かった空を見上げると、夜明けはまだ少し遠いのだと実感する。きちんとした朝を迎えないまま外を歩くのは初めてかもしれない。纏う空気がどこか違う。わたしは朝練習がある部活には所属していないから、こんな早い時間に家を出ることは本来ない。
 つい気持ちが前を行く。
 冷たい風

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