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noteで投稿した小説をまとめています。
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#日記

掌編小説「としをとる」

掌編小説「としをとる」

 普段は降りない駅で降りた。職場への定期券内なだけで、いつもなら通り過ぎてしまう駅だ。
 イヤホンで両耳を塞ぎ、よく分からない街中を歩く。そうするだけで、自分がミュージックビデオの主役になれた気分だった。商店街も、高架下も、よく見かけるコンビニエンスストアでさえ、いつもとは違った風に映るから不思議だ。
 ランダムに再生される曲が切り替わる瞬間、歩いている街並みもまた違った角度で見える。明るい場所を

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短編創作「無題」

 近所の公園のベンチで昼下がりを過ごすのが、いつしかわたしの日課になっていた。何をするでもなく、ただぼんやりと、雲の流れとか、ボール遊びをする子供たちとか、ジョギングをする高齢の夫婦とか、池の鴨が獲物をついばむ姿なんかを眺めている。決まっていつも、池に沿った遊歩道に等間隔で並ぶベンチの一つに座る。眺めが特別いいとかそういうわけではなくて、大した理由はない。あえて理由をつけるなら、等間隔に配置された

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短編創作「夜のコインランドリー」

短編創作「夜のコインランドリー」

 夜のコインランドリーが好きだった。
 金曜日の午前0時前のその場所には、何かの終わりと始まりの間にある特別な時間があった。そして、それには彼の存在も大きく関わっていた。
 彼を知ったのは梅雨入りした関東に雨の気配がぼんやりとはびこる時期だった。洗濯機を持っていないわたしは週に一度、金曜日の夜に近所のコインランドリーを利用している。残業の多い仕事なので、どうしてもこの時間帯になってしまう。
 彼は

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短編創作「遮断機」

 その日、わたしはいつもより早めに家を出た。
 十一月下旬の朝六時、ブレザー越しでも伝わる寒さに身を縮こまらせながら歩く。青白い帯の掛かった空を見上げると、夜明けはまだ少し遠いのだと実感する。きちんとした朝を迎えないまま外を歩くのは初めてかもしれない。纏う空気がどこか違う。わたしは朝練習がある部活には所属していないから、こんな早い時間に家を出ることは本来ない。
 つい気持ちが前を行く。
 冷たい風

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