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いつか、今日という日が愛おしくなる

長い人生の中で、
一番最初に人生が変わる経験をしたのは、
父が他界した時でした。

定年間近かだった父が、
末期がんになり、余命を宣告され、
痩せ細っていく姿を見ていても、
父の存在がある限り、
私の生活に変化はありませんでした。

ところが、父が亡くなった途端、
私の人生は大きく変わりました。
まだ実家で一緒に住んでいたので、
家の中の父のいない空間にとても違和感があり、
とても怖くて、
この先、私はどうなるのだろう?と
不安がいっぱいで、
1ヶ月間、仕事帰りの電車の中で、
泣いていました。

電車の中を見渡すと、
電車の中にいる人達全員が
昨日の続きのように、いつもと変わらぬ今日という日を
過ごしているように思えて、憎らしくかったです。
なぜ、自分だけがこんなにも人生が変わってしまうのか、
嘆き悲しみました。

父が生きていた時に、
もっと、父がいた瞬間を大切にすればよかった、という
後悔がずっと胸の奥にあります。

先日、母が83歳の誕生日を迎え、
母の母、私の祖母が亡くなった年齢になりました。
母は毒舌妹家族と一緒に暮らしていて、
働く毒舌妹を支える現役の主婦であり、
一家の大黒柱でもあります。

母は2回乳がんを患い、
最初の乳がんの時に、
余命5年を宣告されましたが、
今でも健在です。

好奇心旺盛で、体力があり、
どこに行っても、
私と同じくらいに歩けるので、
いつも驚かされます。

そんな母が最近になって、
一番下の孫の高校卒業まで、
生きられたらいいなあ、という話しを
していたことを聞き、
ショックでした。

母にしてみれば、
自分の母親が亡くなった年齢に自分が達して、
いつこの世を去ってもおかしくない、と
思い始めたのかもしれません。
自分の母親の寿命よりも長く生きることは、
ある意味、一日一日が貴重な、
生かされているご褒美の時間だと
感じているのかもしれません。

私にとって、
生まれた時から、
ずっと側にいて当たり前だった母。

なんとなく、
母の思いを感じます。
母との時間は、一日一日が貴重な、
生かされているご褒美の時間。

今まで、時間に対して、
そんな考え方をしたことがなかったのですが、

父が生きていた時に、
もっと、父がいた瞬間を大切にすればよかった、という後悔。

この後悔をまた、しないように、
母が生きていて当たり前という考えをやめて、
母との時間を大切にしようと、
しっかりと心に刻みました。










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