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『線は、僕を描く』 砥上裕將 作 #感想

あらすじ(公式サイトより)

両親を交通事故で失い、喪失感の中にあった大学生の青山霜介は、アルバイト先の展覧会場で水墨画の巨匠・篠田湖山と出会う。なぜか湖山に気にいられ、その場で内弟子にされてしまう霜介。反発した湖山の孫・千瑛は、翌年の「湖山賞」をかけての勝負を宣言する。
水墨画とは筆先から生み出される「線」の芸術。描くのは「命」。はじめての水墨画に戸惑いながらも魅了されていく霜介は、線を描くことで回復していく。
そして一年後、千瑛との勝負の行方は。


公式サイト


この物語にはかなり詳細に「水墨画」のことが描かれている。なんてったって作者の方が水墨画家だからねぇ。読み終わったときにまず感じたのは、「水墨画、描いてみたい」ということだった。
水墨画を描いているときに浸れる世界の中で1人になりたい、なんていうふうに感じた。

80ページより

「才能や技術を超えるものがあるのですか?その二つって絶対的なもののような気がしますが………」
(略)
「何も知らないってことがどれだけ大きな力になるのか、君はまだ気づいていないんだよ」
「何も知らないことが力になるのですか?」
「何もかもがありのまま映るでしょ?」

才能や技術を超える何かって普通(何に対しても)あるものなのかね?センスは才能だし。能力は技術かな。
まっさらなまま、何にもまだ染まっていない状態だからこそ見える世界、なんていうものがあるのかもしれない。


西濱という水墨画かが、主人公(青山)に対して言ったことがある。
164ページより

「君はなんていうか……、自分のことはまるっきりわからないけれど、自分の周りの人のことはよく分かってる。自分以外のもののことは、必死に見ようとしているっていう気がする」
(略)
(青山)
ただガラスの部屋の中で、両親の記憶を見つめていたが、いつのまにか外の世界を見つめるようになっていた。僕は自分がうまく関わることのできない世界をいつも遠くから見ている。だから、分かることがたくさんある。

なんか青山くんの気持ちがよく分かるなぁ、って思ってしまった。この何気ないシーンが1番印象に残っている。おそらく私もそうだから。

徐々に孤独じゃなくなっていく青山くんのことを(物語の世界の中で)眺めていられるのは、なんだか幸せなことだと感じてしまった。この本は文章の雰囲気が"優しい"から、青山くんの幸せを望みすぎて欲求過多になりそうだ。

青山くんが"自分のことを幸福だ"と思えた瞬間が最後に訪れたこと、そのことに対して私も幸福な気持ちを抱けたような気がしている。


青山くんは"生きる意味"を運命の中で探し続けている。その答えを探す術が、水墨画だったのだ。小説だから1ページも絵は描かれていないし、実際に青山くんが描いた水墨画を見ることはできない。
それでも、想像できてしまうのだから不思議だ。
湖山先生が言っていた、「心の内側にある宇宙」なんていう、空想とも言えるような世界のことを。
青山くんの心の内側には確かに、宇宙があるんだろうな。現象は外側にあるだけはなくて、内側にあるってことを、彼自身が1番体感しているのだろう。



288ページより

何もかもに投げ捨てられて、とても孤独だったはずなのに、とても孤独だったことがこんなにも広く大きな世界に繋がっていた。
僕はあのとき、湖山先生から水墨を手渡されたのだと思った。

"生きる意味"を見出してほしい、ということを"水墨"を通して青山くんに伝えようとした湖山先生の思いが、痛いほど分かった気がする。


青山くんをずっと応援し続けたい、彼の人生をずっと見ていたい、そんな気がした。


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